第3話 陛下と魔女の気楽な回転ダンス


「心配することなかったね。もっと堂々と自由に動いても大丈夫だよ。君の動きはとても合わせやすい」

「そうですか? わたくし、誰かと踊るのは慣れてなくて、経験不足ですからきっと下手ですし、優雅に踊られる陛下には、相手しづらいのではないかと心配しておりました」

「いや。あまりお茶会にも顔を出さないと聞いているし、友人もそう多くないとも聞いていたからね、もっとこういう場は苦手なのかと思っていたけれど、なかなかどうして、上手いじゃないか」


 オブラートに包むように言って下さるのはありがたいのですが。本当に「友人は多くない」のではなくていないんです。 

 領地管理のお勉強や語学学習、礼儀作法、刺繍や詩作などの淑女のお習いごとよりも、ダンスの方が好きだったのは確かだけど。褒めて貰えるほどではないと思う。

 私が硬くならないように、リップサービスかな?


 この日デビュタントのためにお父さまが仕立てて下さったドレスは、深い森のような緑色の艶のある生地で、踊りながら裾を捌くたび、折り目や襞の部分が光を反射して、まるで宝石を縫い付けたかのようなキラキラしたドレスで、私が襞の艶を楽しんでいるのが理解わかっているのだろう、陛下はこの曲のスタンダードなステップよりも多めに、ドレスの裾が広がるように私を回転させてくれる。


「君と踊るのは、とても気が楽だし、楽しいよ」

「そう言っていただけると、嬉しいです。今日も何方どなたも誘って下さらないだろうから、父と1~2度踊りましたらおいとまするつもりでしたの。思いかけず、陛下と踊ることができて、とても素敵なデビュタントの思い出になりまし……た? ……え? 、……楽?」

「そう。気が楽。なにせ、こんなでも王様だからね。王妃になりたい女性の眼が怖くてね、震えてしまって好きに踊れなくなってしまうんだよ」


 ああ、ワカリマス。震えるっていうのは比喩かおどけて面白おかしく言っているだけだろうけど。

 ギラギラした肉食系。野心家の自意識過剰。畏れ多さに脅えた子鹿のようになりながらも期待した上目遣い。きっと、親からも陛下を落としてこいとかって送り出されたんだろうな~って手に取るように解る、力の入ったメイクや髪型にド派手な高級ドレスに装飾品で身を固めた、宮廷の花と言うよりは南国の極彩色の鳥のような令嬢達。

 ちょっとやり過ぎに見えるけれど、彼女らも必死なんだろう。

 

「わたしがいつまでも独り身でいるのが良くないのだろうけどね。大臣や宮宰達もうるさいし、未婚の令嬢達が期待してしまうのは仕方ないとはいえ、あからさまに秋波を送られてもね」 

「陛下は、ご結婚なさらないのですか?」


 それまで優雅に私をリードしていた陛下の足が、一瞬止まる。けど、周りには気付かれない程度の隙で、すぐにダンスを再開させる。恐らく気付いた人は殆どいないだろう。


「あ、あの、立ち入ったことを失礼しました」

「いや。未婚の令嬢でなくても、国民なら誰でも気になる話題だろうね」


 数秒間困った表情かおをされたけれどすぐに微笑んで、誰もが気にすることだから構わない、この場限りの話だよと仰って下さった。


「今はまだ、結婚する訳にはいかないんだよ」


 まだ、なすべきこと、なるべく早くやらなくてはならない事案が残っていて、時期尚早なのだそうだ。


 なんだろう、さっきまでと違って固い声。

 「なすべきこと」を終わらせたら、国王を辞めるのかと錯覚するような言い方だ。さっき、『』をやって来たなんて言ってたし。


 気のせいかな…… 時期が来たら、やるべきことが達成出来たら、お妃さまを娶るってことかな。


「それに、さすがに奥さんをもらったらバ⋯⋯いや、何でもない。いいかい? わたしがまだしばらく独身でいるつもりなのは、内緒だよ? いいね」


 軽くウインクして、私をくるくると2回転させる。

 ドレスが広がって、シャンデリアの光を反射させるのが、スパンコールや宝石を縫い付けていなくても襞に沿ってキラキラと美しかった。



「陛下。とても素敵な思い出が出来ました。ありがとうございました」

「いや。私も楽しかったよ。デビュタントのファーストダンスのお相手をさせてもらって、婚約者に怨まれてしまうかな?」

「バスティアンは、妬いたり陛下を怨んだりなんていたしませんわ。わたくしにはこれっぽっちも関心などありませんもの。少しでも婚約者だと思ってくれていましたら、今日のデビュタントも、エスコートしてくださってるはずですもの」

「確かにね。わたしからもっと未来の奥方を大切にするようにと言ってやろうか?」

「いえ。その必要はありませんわ。却って、意固地になるか陛下が出て来たことに恐縮してパニック起こすかのどちらかでしょう」

「それもそうだな。夫婦間のことは、第三者は口を挟まない方がいいに決まっている」


 それまで朗らかに話されていたのに、どこか遠くを見るような、でも何らかの意思を持った目をされたけれど、すぐに隙のない微笑みを浮かべられる。


 ああ、この人は、ずっとこうやって、笑顔で自分の中に誰も踏み込まれないようにガードして来たんだなと思った。


 パートナーを務めて頂いた陛下に深く礼をして、ホールの壁際でビクトリア朝アンティークっぽい肘掛けアーム椅子チェアに座って待っていた父の元へ駆け寄る。優雅に歩いて行きたかったけれど、陛下と踊るという思いがけない幸運に高揚して、つい小走りで駆け戻ってしまったのだ。淑女としては失格である。

 チラッと振り返っても、陛下は微笑んで見守って下さっていた。


 椅子から立ち上がったお父さまと私が並んで深めに頭を下げると、陛下が微笑んで片腕を上げて応えてくださった。

 すると、私達との時間は終わりとばかりに、それまで遠慮していた周りからドッと、我先に陛下に挨拶をしたい主役のデビュタントする令嬢に付き添ってきただけの脇役の筈の当主や、声をかけて欲しいしあわよくば陛下と踊りたい肉食系令嬢が詰め寄って、あっという間に取り囲まれた。

 貴族社会の頂点に立っていらっしゃる陛下に、触れるくらい近くに詰め寄ったり許可無く臣下から話しかけてアピールするなんて不敬なのでは? 夜会って無礼講なのかしら。初めて参加するからよく理解わからないわ。


 煌びやかな飾り物を盛り込んで結い上げられた令嬢達の髪の上から頭ひとつ分高くて、男性達の隙間から見えた陛下の、困惑を隠せない表情かおでそれでも笑みを浮かべた姿が、少し可哀想になった。


 

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