第2話 国王陛下とダンスを


「未来のマグニフィクス伯爵にご挨拶申し上げる」


 なんて、陛下から声がかかった。


 確かに、その年デビュタントする令嬢の中では、私が一番家格が上だった。前年なら侯爵家の令嬢が二人いたし、翌年なら王族の遠縁、公爵令嬢が陛下のファーストダンスのお相手になっただろうけど、この年は、私が一番上だったのだ。

 同じ伯爵家の令嬢もいたけれど跡継ぎではなかったし、建国からの忠臣であるマグニフィクス伯爵家より古く家格が上の家門の令嬢はいなかったのだ。


 少しおどけたように、明るくお声をかけていただいたのは、きっと、翠眼の嫉妬の悪女令嬢だの赤毛の厄災の火種の魔女だのと周りから敬遠される私を擁護する意味もあっただろうし、緊張している私を気遣ってくれたのだろう。


 婚約者は成人済みでこの場には居ない。


 それに、たくさん居る令嬢の中で私を最初に選んでくれたという事実は、それが譬え家格のおかげだとしても、周りのご令嬢方に対して多少の優越感のようなものがあって、胸がすく気がした。


 ファーストダンスのお相手に選ばれて胸はすいたけれど、周りの眼が怖い。痛いほど視線を感じる。


 なぜあの子が? というのもあるだろう。それが一番かな?

 でも、もっと肉食系令嬢達の悋気が厳しいのは、陛下のせいだ。この若見えイケオジ陛下が独身なのが良くない。

 みな、我こそ王妃に、それは無理でも公娼(我が国では側妃や寵姫は認められていない、一夫一婦制だ)にという腹づもりなのに、彼女達の中では最も王妃から遠い女が、何故!?ってところなのだろう。

 本来は、家格なら、おかしくないんだけどね。伯爵家とはいえ、そこらの侯爵家や公爵家より古く、忠臣として名のある家なのだから。まして、私の母は隣国の大公様の娘で、いわば小国のお姫さまだった人なのだ。本来は、何もおかしくない。


 煉瓦色や赤みを帯びた金髪は、お祖父さまの国の人には少なくないというのに、この国では、翠眼は嫉妬深さから染まった魔の色だとか、赤毛は魔女の証の色だとか、迷信が浸透している。

 異世界転生なんてファンタジーな事をしてしまった私が居るけど、前世を憶えている人はたまにいる世界だけど、魔法使いは存在しない。しないのに、魔女はいるだろうと、隠れ住んで人々に徒成す存在だと、多くの人に思われている。

 たぶん、前世の記憶からの知識を使って何らかのチートしちゃった人が、その内容によって畏れられた結果、魔女や妖術使いが居るという迷信になったのだと思う。その人は、赤毛だったのかも。


 さすが、陛下は父さまよりも巧みに、私に合わせて尚且つとても優雅に踊られた。


 

 

 陛下が、緊張して震える私の手を柔らかく握り微笑みかけてくれることで、自分がついてるから安心して踊りなさいと言ってくれてるような気がした。


「わたしは、職業柄、ダンスは得意なんだ」


 そう言ってウインクして、ダンスホールの真ん中へと促してくれる。


「職業柄、ですか?」

「そう。成人前から王様業をやって来たからね、招待客や労うべき臣下のご夫人などと踊るのは、殆ど義務のようなものでね。さすがに、生まれて初めて踊ったのは母上だったけれど。以後は、賓客のホスト役に徹してきたから、お相手のリズムに合わせるのは得意なんだ。だから、心配しないで、いつも通りに踊ればいいからね?」


 王様は職業だと言い切る陛下は、少し変わっているのかもしれない。


「偉い立場だと、身分階級の最上位だと思ってしまうと、自分は何でも持っている赦された人間だと勘違いしてしまいそうでね? わたしは、キュクロスの国民と、周辺の連合諸国を幸せにするための纏め役、代表者に過ぎない、奉仕活動に従事する者だと思ってるんだ。王冠はね、ただの代表者としての目印なんだよ」


 そう言って笑う陛下は、やはり変わり者なのかも。


「わたくしやお父さまと同じですね」

「そうだね」

「お父さまも、領地を良くし、周りから守っていくために権力の一部を使える立場として爵位を持っているだけで、領民から搾取して豪遊するために貴族なのではないと、わたくしに説かれました」

「立派なことだ。わたしも、君の父君の意見は、いつも真摯に受け止めて拝聴させていただいてるよ」


 そうか。ただ、家格がこの中で一番上だと言うだけではなく、陛下が、優良な領主としてお父さまに一目置いてるからこそ、私も、陛下のダンスのお相手として許容されているんだ。


 少し、気が楽になった。


 変かな? でも、ストンと落ちたのである。

 

 何かの思惑があるとか、気をつかって下さっているのではなく、お父さまのこれまでが認められているから、私も陛下と踊れるのだと、納得したのだ。


 

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