経営者頑張ります‼

第1話 嫉妬深い翠眼の赤い魔女


 男子と違って、宮廷に出仕するご令嬢方はあまりいない。


 高位貴族家の令嬢は行儀見習いや結婚前の箔付け、領地を持たない(領地の税収の見込みがない)法衣貴族(文官・法官貴族)や下位の帯剣貴族(軍事家系)のご令嬢などは、他家や宮廷内の侍女やメイドをして生計を立てることもあるけれど人目につかない場所で働いているし、基本、令嬢たちが宮廷内でドレスの花を咲かせるのは、舞踏会や園遊会の時くらいで、あまり宮廷内や王城内で彼女達を見かけることはない。


 帯剣貴族出身の女性騎士や法官貴族出身の女性文官もいないでもないらしいけれど、私はあまり会ったことはない。

 まあ、嫉妬深い魔女だとか厄災の火種だとか言われて嫌われているからね、向こうからも敢えて寄ってくることはないし、挨拶をしてくることもない。

 私は伯爵令嬢だから、子爵家や男爵家の令嬢達から声をかけることはマナー違反。

 かと言って、私から声をかけても芳しい返事は貰えない。卒の無い、当たり障り無く定型文で頭を下げるけれど、ドレスの裾を捌いてカーテシー(敬意を払う挨拶)で返してくることは無いし、そこから会話が膨らむこともない。


 ただ、私は伯爵家の一人娘で、婿をとって継ぐ立場なので、父と共に出仕して、朝議に貴族院の一議員である父とその後継者として補佐官役で参加することはあった。

 王立貴族学校パブリック・スクールに通う生徒として王都の学生寮に暮らしていたので、朝早い朝議に参加するのはさほど苦ではなかった。

 平成令和の女子学生だった記憶がある身としては、早朝から身支度をし、通学列車に揺られて午前中机に着くのは日常生活の一部だったのだから。

 馬車は貴族用の板サスペンションの効いた物とはいえ、現代の自動車や電車に比べたら乗り心地は良くないけれど、耐えられる程度ではある。こういう時は、貴族の娘で良かったと思う。一度、城下町へ出て、学生寮まで辻馬車で帰ったことがあるけど、二度と乗らない、と思った。


 この日は、領地で手が離せないお父さまの代わりに伯爵代理として、独りで朝議に参加していた。


 議会の纏め役として宰相が議長を務め、けれども最終的な決定権・拒否権は、国王陛下にあった。

 陛下は近辺の国々の中では比較的若い国王で、先代陛下が若くして亡くなられた折、代行者を立てず、叔父である公爵閣下や四方の辺境伯各諸侯らを後見に、自らまつりごとを敷かれた。


 中々のイケオジで、蓄えられたお髭もきっちり整えられていて、お顔立ちも綺麗めの整ったノーブルなイケメン。あちらで海外ドラマや映画なんかでいい役どころの俳優さんにいそうな感じだ。

 実はこっそりファンである。


 マジな恋心だとか王妃になりたいとかではなく、ただ、気の抜けない宮廷内に於いての心の潤いというかちょっとした推し活みたいなものだ。

 この世界にはカメラ撮影技術はないのでブロマイドとかは売ってないけれど、貴族向けの精密肖像画ミニチュアールは出回っているし、平民用にも、グラフィックデザイン画的な版画の肖像画は売られている。

 勿論、貴族用の、上等な、豪奢な額縁に入った手のひらサイズの精密肖像画ミニチュアールを入手済み。今も、スカートの隠しポケットに納められている。


 お父さまと亡くなられたお母さまのツーショットな精密肖像画ミニチュアールと共に、いつも陛下が側にいてくれる、的な、心の支えでもある。


 以前、デビュタントの折に、陛下ご自身から、陛下は国民の父であり、家臣も宮廷で働く人達も町や村で暮らす民草も、そのすべてが陛下の子である、と仰っていたので、愛すべき陛下の子らとして、相談事があり、こうして朝議の後、午後からの公務に向かう陛下を待ち伏せしているのである。


残念ながら『嫉妬の魔女』で『厄災の火種』であるらしい私の、陛下への謁見申請は、恐らく握りつぶされている。

 何度か申請書を出したにも拘わらず、何日待ちだとか、いつ頃ならいいとか、先を期待できる返事は来たことがない。

 カッチリした感情も個人を特定出来そうなクセも読めない、活版印刷のような文字で『貴殿の申請は、許可不成ナラズ』とのメモと共に返却されてくるだけ。

 もしかしたら陛下に拒否られてる可能性もØではないけれど、以前の様子からは違うと確信があった。

 


 私が十五で淑女教養フィニッシング学校スクールを卒業し十六でデビュタントした際、ファーストダンスはお父さまではなく陛下だった。


 

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