第8話 私の町は居心地が微妙なので出たのは失敗だったし姫様は止めて


 普通の人達は、うちの領地マグニフィクスにある国境検問所を通って、荷あらためや身分証の確認などを受けて、隣国へ抜けていく。


 でも、私は、違う。


 今日まで知らなかったのだけど。


「姫様、この街は活気があっていいでしょう? ぜひ一泊して行かれませんか?」

「姫様のおかげで、この街も住みよくなりました」


 ここは、私名義の鉱山のある街。というか、鉱山に纏わる人達のために拓かれた街というべきかしら。


 鉱夫とその家族が暮らす住宅街。彼らのための、食品を売る店、古着を売る店、食堂や雑貨屋などの市場や看護士や薬師のいる診療所。

 困ったことを相談して皆の暮らしが平穏に幸せになれるように設置した番所。


 その幾つかは、私の発案だ。というか、現代日本で当たり前の物を、なぜ無いのかと、鉱山町の管理を任せている執事に尋ねてみたところ、目から鱗が落ちるような衝撃を受けたらしく、さっそく設置に向けて調整したらしい。


 それが、市役所の民生窓口のような生活相談所と、交番や警察署のような役割の番所。

 薬師も、迷信アリの民間治療レベルだったので、王都からちゃんとした薬師をお招きして、内科や外科の得意な各科の医師と看護士も男女平等に雇い入れた。

 鉱山なんて、怪我が多そうな所なのに、診療所がないなんて、私の方がびっくりよ。


 怪我は当たり前なので、自分達で簡単に手当てしていたみたい。それで膿んでしまったり、曲がって接骨されてしまったり、結果手足を失ってしまったり。

 鉱山のガスや鉱物の毒性で病になる人も居て、生産効率悪いし離職率も高くて、社会の仕組みをよく知らない女子高生ながらも、私の鉱山で働いてくれる人達のために福利厚生をなんとかしたいと思った。

 執事達と案を出し合ってみても、費用面や案を形にするために必要な物が何なのか、正解を見いだすのが難しくて、当時はまだお元気だったお父様に内緒で、陛下に助けを求めたのだ。



「わたくしは、何もわかっていない子供だったのに、偉そうにあれをしろこれはないのかと無理を言うだけでした。なんの力にもなれていなかったですわ」

「とんでもない。姫様が言ってくださったからこそ、私達が暮らしやすい街が出来たのですよ。いくら感謝してもしたりませんとも」 

 


 あまりにも町の人が持ち上げてくれるので居心地が悪くて、結局先を急ぐからと、町を出ることにした。


 だって、私は、文句をつけるだけ。実現したのは、陛下の調整と、陛下が遣わしてくれた宮宰や執事達の手腕である。



「ここから町を、っていうかキュクロスを出るの?」

「そうです。この町は、お嬢さまの所有する鉱山とその鉱山に関わる人達のための町ですので、南東側の鉱物資源開発鉱山がキュクロスの一部となっていた訳ですが、元は隣国サヴォイア公国の土地でした。ので、お嬢さまが開発したアストゥリアス町だけが、キュクロス王国のマグニフィクス伯爵領とされています。その領地も、ここを残して国王に返還するとのことなので、元のサヴォイア公国に戻されると思います。

 そして、この向こう、北西側の宝石採掘場側の鉱山町サピヴィディアスは今もサヴォイア公国の土地なのです」


 坑道の一部が繋がっているのと、鉱山を迂回しながら国境とされる地点を通る林道。それらを抜けると、自然とサヴォイア公国に入るのだという。

 それも、マグニフィクス伯爵家がなくなると共に、国境はアストゥリアス町がサヴォイア公国に吸収返還される形で国境に戻るとのこと。


「もちろん、林道にも関所は一応ありますが、地主の大公やお嬢さまはフリーパスで通り放題です」

「え? じゃ、せっかく用意したこの在住証明は?」

「まあ無駄ではありませんが、この町に限り、国境を越えるのに証明書はお嬢さまには必要ありませんね」


 随行の我々は一応検められますが。それも、騎士団や使用人をぞろぞろ引き連れての行列でも無い限り、形だけのものでしょう。


 ──と言うエイナルの言葉通り、鉱山を迂回しながら通る、地面も整えられて散歩道のような爽やかな林道は、途中の関所でも、私の顔を知っている守衛番人だったせいか、そのまま通れた。


「ここ数ヶ月、追い剥ぎや野伏せりなどの報告はないですし、定期的に騎士の巡回もありますが、それでも絶対ではありませんので、気をつけてお進みください。なんなら、向こうの町まで騎士を付けますが」


 一応は断ったものの、騎士達と守衛が譲らず、公国側の町サピヴィディアまで護衛してもらうことになってしまった。


「まあ、妥当な線でしょう。伯爵家の騎士を連れてこなかったのですから、予想される事態ではありましたよ。俺だけで進めるのは、国内の主立った街道や街中くらいですね」


 騎士達の前だからか、屋敷の外だからか、エイナルが従者らしい言葉遣いで話す。


 彼の言うのももっともなので諦めて、馬車から顔を出して騎士達に挨拶をする。

 姫様に労ってもらった!とか言って沸きあがる騎士達。


 『姫様』 レーギーナはやめてくれないかな。まだ伯爵令嬢だと思っていたにしても、せめてお嬢さまかクローディア様くらいにして欲しい。

 一応、お父さまやお母さまの付けてくださった名前はサヴォイア公国風にクラウディアなのだけれど、この国キュクロスの発音だとクローディアになる。伯爵家のみんなはお父さまにならって『クラウディアお嬢さまダームェ・クラウディア』と呼んでいた。


 そういえば、陛下もクラウディアと呼んでたな。


 夜会やお茶会に出ると、みなクローディア嬢ドーミエ・クローディアと呼んでいたので、今更クローディアと呼ばれても違和感はない。


 騎士達はしきりに、クローディア姫様レーギーナ・クローディアと唱え合う。なんかの宗教かしら。


「姫様が、この町の設備や福利厚生を整えてくださったおかげで、鉱夫だけでなく、鉱山を護る騎士達の生活環境も、格段に上がったのですよ! みんな、感謝しているのです。嫌だと仰っても、我らは自主的に護衛しますからね」


 ……だそうだ。



 * * * * * * *



 街で泊まるように言われたのを無理に出て来た私が悪いのだけど。


 林の中の、管理人小屋付近で野営することになってしまった。


 私とカロリーネとアルベリータは、荷馬車から真綿(シルク100%!!)の毛布を出して来て、管理小屋で火を焚いて一夜を過ごすことに。真綿って吸い付くように身を覆うからか微妙に重く感じるのよね。ポリエステル繊維のマイクロフリースや羽毛布団が恋しい。


 けっこう進んだと言うか、何時間も馬車に乗って揺られていたのに、思ったより距離が出ていなかった。

 自動車クルマだと一時間ほどの距離なのに、馬車って、人が歩くよりかはマシ程度なのね。

 駅馬車はもう少し早いらしいけど。郵便馬車や急行馬車はもっと速いけれど、揺れが酷くて緊急時でなければ、利用する人はいないらしい。


「馬車の中でもいいのに⋯⋯」

「そんな訳にはいきません」

「足腰が痛くなるのはもちろん、巡りが悪くなって、体調を崩されますよ」


 

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