第5話 令嬢止めちゃうから、みんなも私の侍女、侍従をやめちゃお?


 カロリーネはいつもの通り真顔ですまして、私の身支度を手伝い、昨夜アルベリータが纏めた私の数日分の荷物と、母の薔薇の鉢と子供の頃からの思い出の品を詰め込んだ桑折こおりを従僕に馬車に運ぶよう指示している。


 カロリーネとアルベリータの荷物も既にまとまっていた。

 特に、カロリーネ。もはや、大公家に戻る気満々なのか、伯爵家にある私物はすべて、持っていくものと処分するものに整理され、持っていく物と言えば、死別した旦那様の形見と、私の亡くなったお母様から頂いたというドレスや装飾品などで、その他の物は処分──この邸宅のメイド達に払い下げ、或いはバザーや寄付──の手はずは整っていた。


 一日でそこまでやりきるのか⋯⋯


 アルベリータも、必要最低限の物──私の昔のドレスを私服用に直した物や褒美や祝いに贈った宝飾品、数日分の下着と帽子を数点のみで、王都の街屋敷タウンハウスには私物は一切残しておらず、この邸宅で マナーハウス私と共に過ごしてきた間に増えた細々した物は、小さい長持ちに入れて、持っていくらしい。


 つまり、私たちが乗る馬車と、私たち三人の荷物を運ぶまるで一人暮らしの引っ越しのような荷馬車と、二台仕立てで隣国へ行くのである。


 馭者は、荷馬車に執事見習いの従僕 フットマンと、私たちの馬車に子供の頃からの従者の青年エイナル。

 エイナル(Einar=ただ一人の騎士)とはよく言ったもので、従者で サーヴァントありながら護衛騎士の真似事までしてしまうとんでも従者である。


 彼は、私の侍従の チェンバレンようなもので、王立貴族学校パブリック・スクールにも私専属の従者と サーヴァントして、アルベリータと共に学院までついて来ていた長い付き合いの、近所の世話焼きお兄さんのような関係である。我がマグニフィクス伯爵領に暮らす領地を持たない男爵家の三男坊で、継ぐ家がある訳でもないので、生涯私の専属の侍従を チェンバレン務めると宣言していた。

 彼自身王立貴族学校パブリック・スクールを卒業後は私の従者を続けながら伯爵家の騎士に師事して剣を習い、勉強室付き従僕スクールルーム・フットマン近侍(貴人付きエキュパージュequipage侍従武官)を兼ねるほど忠信が強いので、今では、家令の管理下から外れて私個人と契約を結んだ侍従な チェンバレンのである。

 侍従は チェンバレン、普通は紳士(男性主人)に仕える専属の、身の回りの世話をする従者や従僕のことを言うのだけれど、先日までは私がマグニフィクス伯爵だったから、ただの従僕 フットマンじゃなくて近侍とか侍従って呼んでも個人契約だし、名称は何でもいいよね。どう呼ぼうとも彼の立ち位置は変わらないのだし。

 伯爵令嬢をやめると言ってもそれは変わらず、自分の食い扶持は自分で稼ぐから側に仕えさせろときかなかったので、取り敢えず、お祖父さまのところまでは一緒に行くことにした。

 本人は私の面倒をみるつもりのようだけれど、それじゃ私の世話に時間をとられて、自分の食い扶持を稼ぐ事は出来ないでしょうに。サヴォイア公国に着いたらまずはサピヴィディア家に行くので、会ってみてお優しい方のようならお祖父さまにうまく言って、大公家で雇っていただこう。と思っているのだけど、今から口にすると反発を受けそうだから、向こうに着くまでは内緒。


 カロリーネは元々大公家の上級使用人として所属したままのようなのでそれでいいとして、アルベリータである。

 彼女には、本当は幸せな結婚をして欲しい。


 には、たくさん兄弟姉妹がいた。と思う。ボンヤリしたイメージしか憶えていないけれど、たくさんの家族に囲まれて暮らしていた印象が残っている。今の私は一人っ子で、カロリーネは母代わりの親戚のおばさんで、アルベリータが姉で、エイナルがお兄さん、のような気持ちで共に育ってきたのだ。

 この国でも、お祖父さまのところでもいいから、アルベリータに良縁があれば、本当は側にいて欲しいけれど私のことはたまに会うくらいでも我慢するから、自分の幸せを考えて欲しい。




「お嬢さま、確認のためにもう一度伺いますが、本当に、大公の元へ行った後はこの国に戻らないおつもりですか?」


 家宰(執事長ランド・スチュアート)のモーリッツが、早朝にも拘わらず髪をきっちり撫でつけカッチリとモーニングコートを着こなして後ろ手に組んで、部屋の前に立っていた。

 家宰であろうとも男性である以上、女主人の寝室には入れない。近習で護衛官でもあるエイナルでも、緊急時でなければ、学習室とリビングまでである。

 子供の頃、母を亡くして不安定だった私を寝かしつけるのに、カロリーネとアルベリータとエイナルが交代で付き添ってくれたけれど、あれは例外である。


 厳しい──というよりは、寂しそうな眼をして、こちらを見ているモーリッツ。


「ええ。まだ決めたわけじゃないけれど。爵位は返上する請願書は提出したから、今のところ陛下の承認待ちだけれど、貴族の生活を続けるつもりはないわ。そして、わたくしの気持ちの中では、請願書を提出した瞬間からわたくしは平民なの」


 この国で貴族でいるかぎり、紅い髪と緑の瞳を持った私は『嫉妬の魔女』『厄災の紅い火種』と呼ばれ、表向きの被害は受けなくてもさりげなく貶められたり無視されたりし続ける。それは、伯爵としても、私を会頭とする商会にとっても、喜ばしいことではない。

 むしろ、私が原因で、没落の一途を辿るだろう。


 そして、目立つ紅い髪が多くの人の美意識から大きく外れ、緑の眼が不吉のしるしとされる考えは、土着の信仰や文化慣習からの迷信ゆえに、この国にいるかぎり平民になっても同じこと。

 お母さまが隣国の貴族出身だったのと、平成令和の女子高生の意識が芽生えたことからの私の考え方の違いが、周りの忌避感に拍車をかける。


 行ったことがないので解らないけれど、隣国では、お祖父さまと伯父様がいらっしゃるのだから、嫌われて追い出されでもしない限り多少の後ろ盾にはなるだろうし、もしかしたら容姿の色味に似たものがあるかもしれない。だったら、隣国では、厄災の紅い火種だとか嫉妬の魔女などと呼ばれたり無視されたりはしないのかも。


 そういった期待もあって、早く平民になって隣国へ行きたいのだ。


「だから。元々大公家で雇われているというカロリーネはともかく。アルベリータとエイナルに確認したいの。本当に、私についてくるの?

 アルベリータ。あちらでは、お祖父さま伯父さまにご挨拶したら、街で一人暮らしして平民として働くつもりなの。侍女として、今と同じ条件で雇えるとは思えないわ。

 エイナルも。私の面倒を見ると言うけれど、私に関わっていたら、自分の生活基盤が作れないでしょう? どうするつもりなの?」


 アルベリータはにっこりと微笑んで私の手を取る。


「お嬢さまが平民に混じって働くとおっしゃるのなら、私も、同じように働きます。ご迷惑でなければ、お側にいさせてください」

「俺も同じだ。生涯、お前の侍従を チェンバレン務めると誓約しただろう。俺を嘘つきにするつもりか?」

「エイナル。言葉遣いを改めなさい。お嬢さまに対して失礼ですよ」


 カロリーネが眉を顰める。


「なんだよ。平民になったってんだから、元伯爵令嬢と男爵家の部屋住み以下の三男で対等だろ?

 とはいえ、侍従と チェンバレンして主従関係は続けるんだから、それなりの態度にしなきゃだめか。すまないな」

「もう。エイナルは、ずっと側にいてくれたお兄さんのような大切な人なんだから、そんなの気にしないでいいのに」

「ダメです」×4


 うっ モーリッツやカロリーネは仕方ないとして、エイナル当人にまで言われるとは。

 普段は気をつけているけれど、もう平民になるんだと思ったら、つい令和女子高生の私が表に出すぎてしまう。お祖父さまとお会いして、街に生活基盤を築くまでは令嬢クラウディアの顔を保たないと。



 とにかく、この国に戻る戻らないは向こうに行ってみての話ではあるけれど、伯爵令嬢──お父さまは亡くなったんだから私が女伯爵か──には戻る気はないのだと念を押すと、モーリッツはため息をついて、後ろに控えていた宮宰秘書の青年から昨夜の書類を受け取る。


「では、私はこれから登城して、これらの書類に陛下のサインを頂いたら宮宰の承認を取り次第、私も追いかけますので」

「へ? なんで?」


 モーリッツは、陛下が私の鉱山管理のために派遣してくれた、会計処理に強い宮宰だったから、これで縁は切れるのかと⋯⋯


「何を仰っ おっしゃ ているんです? 私は、伯爵家の家宰ではありませんよ。昨日も申し上げましたが、貴女様の財産と、権利や生活環境を守るために陛下から遣わされた、貴女様のための家宰です。私の職務に必要な物品や購入代金などの幇助は宮宰局から必要経費として認められておりますし、俸禄は陛下から直接、年俸の小麦とシャガ芋、年二回の仕立て券を頂いております。が、貴女様の家宰としての職務への手当は、鉱山の収入と鉱山町の運営で得られる税から出ております。そして、私の雇い主は陛下です。陛下が解雇なさらない限り、私は、貴女様の財産と権利と環境を守るために最大限尽力するのが職務です。

 ゆえに、貴女様がいる場所が私の勤務地であり、貴女様の環境を整える事が、私が心地よく働くために必要な事案で、それらを行うに当たって手を抜くことはありませんし、職務を放棄するなどということもありません。当然、貴女様の側を離れるなどと言うことはあり得ません。陛下直々の命による職務ゆえに、例え主人である貴女様であっても、私を解雇することは出来ません。精々、陛下に別の宮宰とすげ替えるよう訴えるくらいですね」


 とはいえ、その要望が通るようないい加減な仕事をしてはいないと自負しておりますので、起こり得ない譬え話でしたね。


 昨夜小父様と作成した書類を小脇に、なにやら圧を感じる笑顔で、モーリッツは言い放った。


 

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