白雲くじらは叫びたい!

首領・アリマジュタローネ

白雲くじらは叫びたい!


 急にわたしの消しゴムがぷかぷかと浮かび始めた。超能力で操られているみたいに左右に揺れている。手に取ってみると彼は大人しくなった。そこからなんにも動かなくなったので、今はほんの少しだけ寂しい。カバーを外すと「ハズレ」と書いてあった。


 ※


 テストの点数は芳しいものではなかった。だから、紙飛行機にして飛ばすことにした。窓際の席なので、すぐに飛ばせる。椅子を引いて、紙飛行機を飛ばす。そのとき、強風がふいた。わたしの紙飛行機はぐしゃっと丸くなって潰れ、落ちてった。航空圏に引っかかったのかも。未だに運動場からは発見されていない。


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 喫茶店が好きで足繁く通っている。暖房があまり効いてないから、ココアを注文する。マスター手作りのシュガーポットを開き、角砂糖をひとつ落とすと、ココアはぷくぷくと泡を立てて、蒸発してしまった。ぜんぶ消えて、マグカップの底には空洞だけが残った。


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 段ボールは冷たいから好きじゃない。一人暮らしを始めた際、小さな段ボールを玄関からリビングに運ぶだけでもうヘトヘトだった。部屋は埃っぽくて、電気もつかない。カーテンもなく、夕陽が部屋を照らしている。ベランダに出ると、そこは知らない場所と空気に包まれていた。車が行き交っている。段ボールを椅子代わりにしようと思ったけど、冷たすぎて、長く座ってはいられなかった。


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 憧れの男性有名人は高田純次だ。あんな人が親戚にいればな、って思う。昨日、夢に高田純次が出てきた。わたしは彼の膝の上に座っていた。高田純次は「くじらは可愛いねぇ」と頭を撫でた。「うそだ」と言うと「いや、ホントだよ、だってオードリー・ヘップバーンとおんなじ性別だもん」と笑った。高田純次の膝の上は段ボールよりは温かった。


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 昨年、祖父が死んだ。わたしが面白いからと無理やり押し付けた本を「面白かったよ」と読んでないのに言うような人だった。棺の中で祖父は眠っていた。なぜか十字架を持たされていた。肌に歴史の痕跡があった。祖母は祖父が死んだワケを「ヴァンパイアハンターにやられた」と語っていた。「どうして」と聞くと「お父さんはにんにくが嫌いだったの」と笑った。その半年後、祖父の後を追うように祖母もヴァンパイアハンターにやられた。


 ※ ※



 街灯の下で、わたしはギターを鳴らしている。

 楽器は嫌いだけど、音楽は好きだった。


 段ボールを敷いて、寒空の下で歌った。

 お尻も指先も、声も冷気で枯れてきた。


 19歳、モラトリアムだった。

 現実を見るよりも、架空の世界を信じていたかった。

 自虐を言って、不幸ぶるのにも飽きてしまった。


 大人になんかなりたくなくて、でも子供のままじゃいられなくて、冷たさとか温かさとか、そういうのぜんぶ混ぜ合わせて、わたしは歌いたかった。

 下手くそなりに体重を乗せた。

 苦しまみれの叫びだった。


 あの頃、窓際の席から見えた空は叫びたくなるほどの「青」だった。


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こちらは『余命3千億5千万字』

https://kakuyomu.jp/works/16818093079103844129

という短編集にも掲載しております。

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