第7話 バトルの余波でこの惨状+パンドラボックス
ただひたすら憎かった。どこかで犯人に会えたら必ずリターンチャンスを果たして殺してやろうと思ったが、配属先の第一独立空挺死人旅団に先に隊員として所属していたのがディーウェザーだ。こいつこそ真っ先にぶっ飛ばしたい犯人で間違いない。
「確かに僕たちは死人になる前から友達さ。僕らの友情は永遠なんだ。どんな時でも君は勝って、そして僕は笑う。友達なんだ」
へらへらと笑うディーウェザーを見ていると途端に力が抜ける。こんな軽薄な態度だが、リディエンハルトは一度もディーウェザーに勝てたことが無い。
真の強者。それがディーウェザーだ。
「はぁあああ……俺がお前を友達と呼べるかどうかは今のところ俺の中で未確認発言だよ」
深いため息をつくと、ディーウェザーはケラケラと笑った。
「きっと僕に勝てたとき、友達だと確信できるよ」
それはつまり今のところリディエンハルトが負け続けているからディーウェザーの友達ということなのか。
「……もういい。どうせな、負け犬がピーピー言ったところで負けた俺が悪いんだよ。俺が強ければ記憶だって失わずに済んだんだ」
「ふははは! 雑魚め!」
「そのセリフを言う奴は絶対友達じゃないだろ!!」
「友達。ちゃんとリディエンハルトが強くなるまで見てるし。見てるだけだけど」
もうなんでもいい、どうだっていいと肩の力が抜けた。
周囲を見渡せばおよそ五分間、剣を振り回し、ディーウェザーの弾丸が火を噴いた戦場はすっかり焼け野原になっていた。
「あれが噂の神騙り……」
「これが死人のみに発現する能力。まるで化け物じゃないか……」
「当然だ、魔王だぞ。聞こえたら俺たちが八つ裂きにされちまう……!」
塹壕に隠れて避難していた白の国の兵士たちから、恐れの声と侮蔑の声が飛んでくる。
「はぁ……」
聞いた者の気分まで落ち込みそうなほど深いため息が漏れた。
上陸作戦で奇襲を仕掛けてきた黄の国の敵兵士たちはいつの間にか死体になっていた。
「ひぃっ!」
怪我をしている兵士はいないかと、声をかけようと思った。振り向いて、目が合った。
それだけで白の国の兵士は青ざめた表情でライフルを地面に落とす。
まるで、武器を持っていることが、リディエンハルトから攻撃を受ける対象と誤認しているかのような態度だ。
自分は怪我人の確認すらままならないのか。嫌でも、苦い思い出が蘇る。
『無駄なんだよ。どれだけ強さを磨いても、お前は最上になれはしない。結局、何も守れず、何も救えないなら、戦ったところで迷惑でしかなく、生きていたところで邪魔でしかない。あまつさえ、返り咲いたところで無駄としか言いようがない──』
別に正義のヒーローを目指しているわけじゃない。これは単なる私怨だ。ディーウェザーのいう通りこれこそ私怨だった。
何も役に立たないゴミだから殺されたというのならば、この世界を取り巻く怪奇事件を解決してやろうじゃないか。その道の途中で救われる者もいるはずだ。
守られる世界もあるだろう。そしてこのムカつく記憶にも返り咲いた意味を突きつけてぶん殴れる。無駄ではなかったと。
「あ、ああ……『死人』は、化け物だ……!」
けれど、今はまだディーウェザーに復讐も果たせない弱い自分が生き返ったことは本当に無駄だと、迷惑だと、邪魔だと思われているように感じてしまう。
青い空を見上げ、太陽の眩しさに目を細めた。生き返ってから確かに一度だけ大きな過ちを犯していた。思い出す度に口の中が苦くなる。
──殺されたのは存在しないはずのレジスタンスだったのよ!
なぜあの時、ノエの言葉を言葉通りに受け止めなかったのか。
──逃げて! その作戦は敵に伝わっているのよ!
彼女は逃げろと警告していた。それを曲解して解釈したのは自分だった。
あの日計画を実行した部隊は今も自分を恨んでいるだろう。自分の判断ミスが招いた最悪の結果だった。
──夢の一つも抱けない?
いいや、一つでいい。求めている答えは一つだけだ。正義と呼べるような生き方を見つけたい。魔王ではなく人として生きていく。リターンチャンスを果たすにはそれだけで十分だった。
ディーウェザーはどうしているかなと海の方に飛んでいき、眼下を見渡せば漏れ出した石油に火が移ったのか、辺り一面炎の海と化していた。
洋上にやって来た黄の国の駆逐艦五隻にはもれなくハチの巣のように弾丸が上から撃ち込まれている。
沈みゆく大型駆逐艦は爆発を繰り返し、真っ二つに折れると角のようににょっきりと海面から顔を出したが、やがてゆっくりと沈んでいった。
たまにディーウェザーのように広範囲で派手な能力も羨ましく思う。
剣一本で全て片付くが、やはり近接武器だと一対一の戦闘に特化しており、数多の敵を排除するには自身がハエのようにブンブンと飛び回るしかない。
それが適した生き方だと承知の上ではあるが、やるせない部分もある。
空中で愉快そうに機関銃を振り回すディーウェザーは最初からその場で浮かんでおり、自身は機関銃の引き金を引いただけで五隻の駆逐艦を沈めたのだ。
もう敵もいないか。そう油断した時だった。目を疑うほどの数の戦闘機がこちらに向かって飛んでくる。
黄の国の無線機がすべてバグったわけでないなら、正気で死人の英雄級が待ち構える戦場に飛び込んできていることになる。
目を凝らした。戦闘機の中央、単なる輸送機と思われるデブな機体が四角い黒い箱をぶら下げてこちらに向かってきていた。
「パンドラボックス……! っち、よりによって怪奇を引っ張り出してきたか……!」
単に英雄級が戦闘に参加してくれる方がよっぽどマシだった。
パンドラボックスとはノエのように異能力とはまた違う、発動を止められない怪奇を宿す死人を一時的に眠らせておく特殊な箱だ。
パンドラボックスに入っている限り、怪奇現象は起きない。
しかし、いってしまえば箱が開いたとたんに怪奇は始まる。
雷を体にまとうリディエンハルトはパンドラボックスが開かれる前に輸送機の前へと一瞬で躍り出る。
「こいつ!? 英雄級!?」
「ハッチを開けろ!!」
他国の言葉なのでリディエンハルトには操縦席で何を喋っていたのかはわからない。
だが、操縦席を目にした瞬間には剣を振り払い、音速を超えた斬撃は輸送機を真っ二つに割った。
同時に周囲を飛ぶ戦闘機から機関銃の銃弾が嵐のように襲い掛かってくる。
リディエンハルトは戦闘機の周りをぶんぶんとハエのように飛び回り、縦に一閃、横に一閃、目に映る鉄の塊を真っ二つに叩き斬りながら、ものの数秒で二十機の戦闘機を煙を上げた鉄くずに変えた。
せわしなく動かす赤い相貌が追うのは機体の残骸と共に地面に落ち行くパンドラボックス。
しかし、それは不幸なことに既にハッチは開けられていた。
空中でパズルが分解するように四角い箱がバラバラに開閉される。
即座にリディエンハルトは中身に向かって剣を構えて突進した。
キラキラと光を反射した金粉が舞う。一瞬、豪奢な金のカーテンが揺れたのかと思った。
だが、違う。刹那の先に見えたのは白銀の刃。巨大なハルバードがリディエンハルトの剣を迎え討つ。
ガキンッ!! 金属のぶつかり合う音が響いた。
驚いたことに力は拮抗している。つまり、つばぜり合いとなり、空中でようやくリディエンハルトはパンドラボックスから出てきた死人の顔を真正面から見ることになる。
プラチナブロンドの長い髪から覗くのは透き通るほどの青い瞳。年齢で言えば十七歳ほどの絶世の美少女がそこにいた。
即座に予定を変更。手首の動きだけで力の向きを横へ逸らすとハルバードを弾いた。
「っあ!」
少女が驚いている隙にリディエンハルトは少女のみぞおちに容赦なく膝蹴りを叩き込む。
「きゅぅ……」
「悪いな。事情も分からねぇし、いったん寝てくれ」
気を失った少女を抱えたリディエンハルトは、意識を失ったと同時にハルバードが姿を消したことを確認して、少女の異能力の方はハルバードの自由自在の創造かと当たりをつけていた。
しかし、問題はパンドラボックスに少女が入っていた事実だ。間違いなく少女は怪奇を宿している。
そして、この青みがかったプラチナブロンドのヘアカラー。少女は純血の黄の国の人間だ。
怪奇だけは問題だが、上手く利用できるなら捕虜としての価値は高い。
本国に持ち帰り丁重に保護する必要がある。
そう考えていると、傍観していたディーウェザーが棒付きキャンディーを口にくわえながらこちらに向かって飛んできた。
「このあと予定ある?」
「そのセリフは可愛い女子のみ受け付けているんだよ」
ほぼ毎日顔を合わせている男に予定を聞かれたところで嬉しい要素は何一つなかった。
「今、緑の国で新型戦闘機のお披露目パレードが行われているんだ」
「興味ねぇな」
単独で飛べるリディエンハルトもディーウェザーも戦闘機を必要としていない。
「軍事用では初のレールガン搭載だってさ。超短距離で超小型で超真っ直ぐにしか飛ばないけど」
「超いらねぇな」
「早速見に行こう」
ディーウェザーはリディエンハルトの腕を掴んだまま超高速で飛行を始めた。
「うおおおおい!! その感じで連れて行くなら俺の予定を聞いたのはなんだったんだよ!!」
風がびゅんびゅんと吹き荒ぶ上空では大声を出さないと相手に聴こえない。
「は? 予定があったらキャンセルするしかないねごめんって言おうとしたんじゃん」
ぼそぼそと喋るディーウェザーの言葉はなぜかハッキリと聴こえてくる。
「謝るとしたらそこじゃねぇよ!! 予定があったら俺の予定が優先されているわボケ!!」
しかし、文句を言っていると今度は右耳にはまるインカムから緊急の連絡が入る。
「なんだよ!!」
『緊急の救助要請が二件だ!! 一つは第三十一偵察死人小隊の船が緑の国のラスクール飛行場上空でロストした!! もう一つは』
「ノエが優先だ!! 俺が分身できるわけねぇわ!!」
インカムを強引に切ると、腕の中の少女がもぞもぞと動き出す。
「ダメ……大事な人なら……みんな不幸になる……ルヴィを殺して……」
しかし、そこで力尽きたのか、ルヴィと名乗った少女はまた気を失ってしまった。
「殺してとか願っちゃう子は助ける主義だ」
リディエンハルトはルヴィの頭を撫でて、ディーウェザーを追い越す勢いで先を急いだ。
「……命を狙うのは二度目か……」
後ろの方ではディーウェザーがぶつぶつと独り言をつぶやいていた。
☆☆☆
後半に新エピソード追加です!!
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