第4話 不測の事態は大体重ねて起こる

「あの魔王か……」

「神の名を騙るだけ蘇っても豪胆であるとも言えますが……」

「あんな化け物と我らの神を一緒にされては困る。しかし、そうとはいえ……」


 呟く参謀本部面々の顔は冷や汗が滲む苦渋の表情だ。

 しかし、その神騙りとも化け物とも呼ばれる男の直属の上司であるイルマールの悲鳴に近い怒号は止まらなかった。


「まままま毎日毎日、団長格に命令を出す度にリディエンハルトの名が出てくる!! 奴から素直に了解と聞けたときは戦場が地獄になる覚悟を決めねばならない!! 渋ったときは予備戦力などありはしない!! 護衛にリディエンハルトを付けましょうか!! 機密文書ごと地獄の炎に呑まれて人の生きる街など残りはしないでしょうな!!」


 ぜぇはぁと肩で息をするイルマールは、しんと静まり返った会議室を見渡し、項垂れる面々を見て我に返り、椅子に座り直した。


「と、ともかく、リディエンハルトは現在、白の国に侵攻してきた蛮族どもを追い払う任務に就いており、我らが同胞である白の国の防衛は本土防衛と等しく最重要であると御慧眼な皆様もその点においては御理解を頂けていると」


 国土も黒の国より小さく、また軍事力も乏しい白の国は少しの損害でも大ダメージを食らう。

 白の国が攻められた場合には、可及的速やかに敵軍の排除と三重の防衛線を築くことが求められている。イルマールは黒の国民に叩き込まれた防衛ドクトリンについて冷静に語っていたのだが、ばんっと会議室の扉が開かれた。


「失礼します! 緊急の伝令です!」


 入ってきたのは若い通信兵だった。


「緊急? まさか白の国が地獄に呑まれたとでも言うつもりかね」


 後半、わずかに震えた声になったバルシュタインの内心は冷や汗ものだったことだろう。


「緑の国ラスクール飛行場近くで第三十一偵察死人小隊がロストしました!」


「馬鹿な! 旅団の船が落とされただと!?」


『死人』たちが属する旅団の空中駆逐艦艇は見た目には大きなバルーンで浮かぶ飛行船である。

 しかし、動力は『死人』たち能力者のみが使える天然資源の魔石であった。また防壁としても魔石は使用されているため、まず普通のミサイルでは撃ったところで貫通どころか直に爆発したとしても穴一つ開けられない。


 唯一、攻撃できるとすれば、それは同じく旅団の船から発射された魔法の砲弾のみである。

 声を荒らげたバルシュタインより、遥かに動揺していたのはイルマールだ。


「まずい、まずいぞ。ノエは元より第三十一偵察死人小隊は小隊長を筆頭に、数多くの白の国出身者で構成された部隊なんです!」


 目を見開いたのはそれまで黙って聞いていた参謀本部参謀総長であった。


「至急リディエンハルトを救援へ向かわせろ!! 白の国のみならず我が国の敬虔な信者どもが怒りで参謀本部までも燃やす前に!!」


 それは即ち、黒と白の国、全国民の怒りの導火線に火が付くことを指す。

 しかし、悪い知らせというものは二度三度訪れる。

 開け放たれた扉から、またしても若い通信兵が飛び込んできた。


「失礼します! 白の国より苦情が殺到しております! 沿岸部は火の海! 積まれた死体の山で景観が著しく損なわれているとのことです!!」


 胃が急速に痛み出したイルマールは懐から胃薬を取り出した。

 さらに、参謀本部参謀総長は苦言を呈す。


「惨状と損害に見合う働きをさせてこそ『リターンチャンス』という制度にも価値が出る。フェニックス作戦はなんとしてでも成功させねばならない。君の胸にぶら下がる勲章が、ただの飾りでないことを願うばかりだ」


 はらりと落ちたのはサイドの黒い髪。胃薬を鷲掴みで飲み込むイルマールは内心で大声を張り上げていた。

 神がこの国にいてくれたら『リターンチャンス』などという馬鹿げた制度を破り捨てることだろう!

 悪魔が人間になれるものか! 生者を喰らいつくす化け物が!!  

 



☆☆☆

 救援要請を受けて現場に到着した刹那、リディエンハルトの視界に映るのは二千名を超える敵兵士の姿だった。

 上空から視線を動かせば味方の兵士の姿が目に映る。その数、五百名余り。

 それも、味方の方、白の国の兵士はほとんどが歩兵部隊で構成されていた。


 一方、西側の海岸から上陸作戦を決行した黄の国の兵士は戦車部隊まで引きつれて戦っていた。白の国の戦艦は二隻が沈められ、徐々に兵士たちは内陸へと押し込まれた様子だ。

 白の国の兵士たちもトーチカの地対空ミサイルや機械化歩兵のランチャー部隊などでどうにか戦車部隊を押しとどめているが、巻き返すほどの戦力はない。


 早めに加勢しなければマズいな。そう思ったのだが、手を動かす前に隣からのんびりとした笑い声が聞こえた。


「これっぽっちの数で国を守り、これだけの数で弱者を食らい尽くそうとわざわざ海の向こうから遥々と」


 ぷふぅーっと口から笑い声を漏らしている副団長。リディエンハルトの手は剣の柄にかかる。

 右半分が金髪、左半分がピンクのヘアカラーの両耳ピアス全身タトゥーという見るからに異常な風貌を持つディーウェザーは空中で両腕を広げて高らかに笑った。


「慎ましくて欲張りな君たちヒトはなんだ!」


 こめかみに青筋が浮かんだと同時に稲妻を纏う刀身は地上まで割ってディーウェザーの頭上に振り下ろされていた。


「うっせぇボケ!! てめぇに言われたくねぇんだよ!!」


「……ええ? リディエンハルトはなんでキレてるのさ」


 光速を超えた斬撃を軽やかに避けながら、ディーウェザーは機関銃を構えた。

 そのまま稲妻のようにジグザグと動きながらディーウェザーに斬りかかって来るリディエンハルトに向けて容赦なく魔法弾を光速乱射。

 地上は流れ弾により激しく土埃を舞い上げて爆発四散していく。


のはてめぇだろ!! 死人は犯人の喋り方と言葉くらい覚えてるんだよ!!」


 地面に向かって逃げるディーウェザーを追いかけながら、リディエンハルトは邪魔な障害物を薙ぎ払い、機関銃から銃弾を撃ちまくる相棒を追いかけ回した。


「僕がリディエンハルトを殺すなんてそりゃ全然あり得るよ。だけど、それでなんでリディエンハルトにキレられるのかわからないな」


 ぶちぶちと血管が音を立てて切れていく。思い出されるのは殺される直前に聞いた犯人の声。


『──御大層な夢を抱いて結果が犬死。なのに、生まれてきた意味があるという君の存在はなんだ!』


 丸っきり同じではないか。この喋り方、この言葉の選び方。

 歴史では黒の神は魔王と一騎打ちした後、自らの命の火を燃やして魔界に封印の扉を設けたとされている。

 死人は犯人の名前以外ほとんど、死ぬ寸前の記憶以外全て失っており、故に死人が名乗るのは犯人の名前だ。ということは──


「俺を殺したお前が憎いっ!!」



☆☆☆

そういえば、ここに出てくるディーウェザーと同時連載中の「ごちシス」に出てくる男主人公のレニは特徴がよく似ていますが、ディーウェザーをモデルにしてレニを誕生させたので似てて当然ですね。


オリキャラからオリキャラを生成する作業をパラレルワールド界隈では精神的双子の爆誕と呼びます←呼ばねぇよ


ちなみにディーウェザーのモデルは女性向けムフフ本の男主人公でした(/ω\)

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怪奇廻焉の死人旅団(かいきかいえんのしびとりょだん) 6月流雨空 @mutukiuku

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