第36話 団長と脱走?

 なんだか見張りさんがいる場所よりもう少し奥の方が騒がしい気がする。足湯を堪能しながら私はその騒がしい声に耳を傾ける。


「困ります。いくら第一近衛騎士団の団長といえどもここは第二近衛騎士団の管轄区域。お引き取りください!」

「いや、それは出来ない。ここにオレの命の恩人が連れていかれたと聞いたんだ。すぐにでも確認し、本人であればうちで引き取らせてもらう!」


 あれ、片方は聞いたことある声だな。でも第一近衛騎士団団長なんてとても偉そうな方のお知り合いなんていたっけ……。


「ユウカ!! そこにいるか!?」


 ちょっと遠くてくぐもって聞こえてたけど、いまの叫び声で気がつく。


「あれ? そこにいるのってソラですか?」

「――ッ!? やはりユウカだったか。通るぞ!」

「ちょッ――ソラスティアだんちょ――」

「ユウカ無事か!? ひどい事はされてな――」


 ソラがピタリと足を止め、片手で口を押さえ、もう片方でお腹を抱えながら笑い出した。声をだいぶ殺してるけど全力で笑ってる。


「えっと、別に何も――?」


 むしろ、牢キャンと足湯を存分に堪能していました。たぶんそれがツボにでも入ったのだろう。笑いすぎて苦しそうだ。二人いるおそらく見張りさん達も唖然としてる。私そんなに面白い姿をしているのだろうか。


「あの、そこまで笑わなくても……」

「いや、すまない。ふふッ――、不安で泣いてないかと飛んできたんだが……」

「そりゃあ不安でしたよ。でも、グミやライがいるから泣いてなんかいられないし隙があれば逃げ出せるようにとお腹を満たして足湯で足の状態を完ぺきにしておきました」


 足湯を消して立ち上がる。そろそろ笑いを止めてもらえませんかね。


「この女、脱走をはかっていたのか!」


 見張りさんA(仮)が怒ろうとするとソラの顔が一気に冷たくなった。眼光で人を凍らせることが出来そうなくらい。


「先程も言ったと思うが彼女はオレの命の恩人だ。知らなかった事とはいえこの様に辱め苦しめ、知ってからもなおそれを続けるというのか? なら、こちらも第一、第二近衛騎士団全面対立のつもりで動こう。いいな?」


 わー、それって職権乱用ではー? 別に私はそこまで辱めも苦しみも受けてないんですけど。まあ、連れて行かれる時ちょっとまわりの視線が痛かったくらいで……。あー、あとちょっと変な人とかに絡まれたかな? とにかくその見張りさんAとBには何もされてないんです。ほら、二人は可哀想なくらい縮こまってしまってる。


「あの、私は別に大丈夫なのでとりあえずここから出してもらえることだけお願いできませんか? ライとグミが心配で……」

「はいっ、ただいま!!」

「ソラスティア団長。全面対立だけはどうかっ! どうかっ!」


 下の子が謝る姿は心が痛い。桃香の失敗で私は上司やその上に何度謝っただろう。

 鍵束をソラに渡し、格子扉が開かれる。


「出てもいいんでしょうか?」

「当たり前だ。とりあえずオレのところに行こう。そこからどうするか話をしよう」


 ソラに手を引かれ外に出る。


「あの二人、怒られませんか?」

「……ユウカはあんなところに入れられていたのに人の心配をするんだな」

「あの人達には何もされてませんから……」


 さっきまでの冷たい顔がほころび笑顔が戻ってる。


「気にしなくていい。あとはオレがなんとかするから。それよりも本当に何もされてないか? 怖くなかったか?」

「あはは、見た通りですよ。何もされてません。怖くなかったかと聞かれたらちょっとは怖かったけど、でも――」

「でも?」

「ソラが守ってくれるって言ってくれたので、きてくれるんじゃないかなってそう思ったらちょっと心強かったんです」

「――ッ、ユウカ……」

「ユーカァァァァ!!!!」


 勢いよくライが飛びついてきた。もう少し優しくしてくれないと、また腰にダメージがきそう。かなりの勢いだったからソラが何か言いたそうだったのに止まっちゃった。


「ライ! 良かった。無事だったんだね」

「まったク、あそこで待ってロと言ったダロ!」

「グミ! ごめんね。待ってたんだけど色々あって」


 二人とも建物から出てすぐのところで待っていたみたい。クーもすぐそこでお座りしていた。


「良かった。ソラが二人と合流してくれてて。心配したんだよ。ライってば一瞬でどこかに行ってしまったんだもの」

「ごめんなさい。ユーカに美味しいモノ食べて欲しくて夢中で探してたから」

「ありがとう、でも出来れば今度からは迷子にならないようにしてね」

「うん。でも迷子になったのってユーカもじゃない?」

「あはは、そうかもね。気をつけます。ごめんね、急にいなくなっちゃって。怖かったよね」

「ううん、ユーカは違うってわかってる。僕もグミも。だから――」


 涙が出そうなライをぎゅっと抱きしめる。不安だったよね。ごめんね。


「置いて行かないよ」

「うん」

「さあ、面倒なヤツが帰ってくる前に移動してしまおう。ここで顔を合わせてしまったら本気で全面対立を宣言してしまいそうだ」


 ソラの言葉に苦笑いを浮かべながら頷いて私達は移動を始めた。

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