第29話 昼がきて、人のいる場所へ。

 黒くなった神獣達をもとに戻したあと、温泉をいったん消した。改めて指輪を指にはめる。温泉で血行が良くなったようで今度は抜けないということはなさそうだ。なのでしっくりくる薬指。右手の。


「出来ればずっとつけていてくれないか?」

「そうですね。そうさせてもらいます」


 頷いて苦笑いを浮かべる。意思疎通は大事だね。指輪がなくて、言葉が通じないながらもソラに大丈夫な事をわかってもらうのにはとても苦労した。うん、ちゃんとつけておこう。

 左手薬指は私の世界では婚約や結婚指輪だから、右手にね!

 なのに、ソラは何を思ったのか私の指から指輪を外し、左手の薬指にまたはめる。何で? こっちでもやっぱり何か意味があるの? そうなのかわからないけれど、恥ずかしくて顔が熱い。


「あのー、どうしてこの指に?」


 恐る恐る聞いてみる。あれ、でも意味があったらどうしよう!!


「ユウカの利き手は右だろう? 右に指輪があると何かと邪魔にならないか?」

「あ……そうですね。右が利き手です。はい、その通りですね」


 一人ドキドキしていたのが恥ずかしくて私は両手で顔を隠す。


「どうした? ユウカ?」

「何でもないです。何でもないですー!」

「ユウカ、うるさいゾ」


 グミに怒られた。落ち着くように大きく息を吸って吐いた。よし、もう大丈夫。


「本当、何でもないです。ソラさん」

「……そうか。ならいいんだが」


 あれ、何だか怒ってる? 考え事してる? ちょっとだけ不満そうに口が尖ってるような……。

 あ、そうだ。忘れないうちに渡さないと。

 無事洗濯出来て真っ白になったソラの服を本人に返した。


「……すごいな。きれいに落ちている。どんな魔法を使ったんだ?」

「えーっとコインランドリーの魔法?」


 首を傾けながら私は答えた。温泉召喚で呼び出した施設が使えるのはもう少し詳しく調べておく価値がありそう。もしかして、あれも? あれも!?

 試すのが楽しみすぎて、この時私はふふふと怪しげな笑みを浮かべていたかもしれない。


「ユウカ、そろそろ時間だと思うがどうする?」

「え? もうそんな時間なんですか?」


 そういえばお腹が空いてきた気がする。これ以上は待っててもしょうがないかな。うん、きっと桃香も同じ場所に向かったんだと信じましょう。向こうで会えるといいけれど。


「連れて行ってもらえますか?」

「わかった。馬を呼ぶから少し離れていてくれ」

「馬を呼ぶ?」


 よくわからないがソラから一歩二歩と離れて様子を見る。

 背中のポーチから小さな笛を取り出す。ピイーと高い音が響くと足音が近付いてきた。だんだん足音が大きくなってきて、すぐに美しい毛並みの白馬が姿を見せた。


「この子もソラさんの神獣なんですか?」

「いや、ネルは普通の動物だ」

「え、どこが違うんですか?」

「ユーカ、神獣は体に神獣石がある。あとマスターがいる」

「そう、クーはここだ。この角のような石が神獣石」

「僕達にもあるよ」

「あるけド、見えにくい場所ダゾ」

「そうなんだ。どこだろ」


 ライに石なんてあったかな。髪の毛の中とか? そういえば、グミには鱗の一枚だけ少し浮いていたような場所があったな。


「触られるとくすぐったいから内緒」


 ライはそう言って笑っていた。くすぐったいんだ。なら、触らないように気をつけてあげないとだね。


「さて、馬上に乗るのは二人までなんだがライとグミは足に自信はあるのか?」

「ある!」「あルゾ」


 小さな体で二人は大きく頷く。だけど、クーはともかくグミとライは蛇と亀。私はソラがこちらを見た時、顔を横にふるふると振った。きっとライはどう頑張っても追いつけない。うん。だって、亀だし。


「ユウカ、ひどい」


 しまった。声に出さなくてもライには伝わってしまうんだった。


「えええ、でもライは小さいし無理でしょう?」

「大きくなれば……」

「大きくなってモ、ライはおそいゾ」

「グミ!!!!」

「あー、わかった。ライ、グミ、大きくならなくていい。そのままで、クー二人を頼むぞ。二人はしっかり掴まってろ」


 ソラの言葉を聞き、クーはさっそく二人を咥え背に乗せるために放り投げた。


「うああああ、……おお!」


 弧を描き見事着地。クーの背中の上にしっかりとまたがっていた。大きな長毛種犬のふわふわしてそうな背中。少しうらやましい。


「グミはライに、ライはクーにしっかり掴まってるんだぞ。さあ、行こうか」


 ソラが馬に乗る。上から手を差し出された。


「乗れるか?」

「乗れます!」


 父と旅行先なんかで乗馬体験を何度かしている。乗るぐらいなら出来るはず。えっと、手綱をしっかり握って左足をかけて、右足を思いっきり……そういえば私、スカートね。


「ソラさん、前を少しの間見ないで下さいね。恥ずかしいので」


 一言、お願いして馬の上に一気に飛び乗る。無事座れたのだけれど、ぴったりと背中にソラがくっついている。こうなるのはわかっていたけど、――近い。ソラの吐息がすぐそばで聞こえるんだもの。


「よし、行こうか」

「はい。よろしくお願いします」

「…………」

「ソラさん?」


 ソラがまた何か考えている? 馬が出発しない。


「その、ソラさんというのはやめてくれないか? ユウカ。オレはユウカと呼んでいるのにこちらだけというのは」

「あ、そうでした。で、では……ソラ」


 そういえば恥ずかしくて結局「ソラさん」とずっと呼んでいた。

 呼び捨ては少し気が引けるのだけれど――。


「よし、では行こうか。ユウカ」


 ソラがさっきまでの不満そうな顔から笑顔に戻ってくれたので、まあいいのかなって思うことにした。

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