第10話 もう一つの魔法

 迎えに、……こないね。

 桃香と別れた場所に戻り待ち続けている。リュックサックをもう一度呼び出して必要な物を取り出し適度に待つ場所を快適にした。

 アルミシートで寒さ対策。レジャーシートを倒木に敷き椅子代わり。小型コンロと小鍋も出して、お湯を沸かしコップに温かい飲み物を注ぐ。インスタントのコーヒーとライとグミ用にココア。それと、またさっきのチョコクッキー。

 リュックを出し直すとチョコクッキーの箱が復活していた。どんなからくりなのかはわからないけれど、魔法だからねと納得しありがたく食べる。もしかして出して消して出してをすれば永久機関なのでは? まあ、これは次のリュックサック呼び出しでわかる事だ。

 これ以上は動けなくなる。日が落ち真っ暗になったら誰だって危険だ。迎えがくるとしても日が昇ってからだろう。


「そろそろ移動しようか」


 ライとグミが頷く。

 使った道具を消して、シートは巻いて持って行く。すぐ使いたいのに出せないとなったら困るから。

 まだ少し痛む腰をさすりながら先ほど見つけた洞窟に向かう。


「ここなら雨風凌げるね」


 ひと休みするのにうってつけの洞窟。奥に行くほど広くて大きい。動物が作った巣穴ではなさそう。寝床になりそうな場所に寝藁や巣材はない。

 出入り口が一つじゃないのもポイントだ。片方の入口に危険な動物がきてももう一方から逃げられる。

 両方から同時にこない事を祈りつつ洞窟の中に進む。

 もしかしたら誰かが作った休憩場所なのかもしれない。入ってすぐ人が数人寝転がれるくらいのスペースがある。中は湿っぽいが風が直接当たらないので思ったより暖かく感じる。

 空気は動いているから火を使うことは出来そうだ。


「ユーカ、ここでいい?」

「うん、いいよ。ありがとう」


 レジャーシートを敷き、その上に座る。地面の硬さが腰に響く。明日、動けるかなと不安になる。あぁ、一日の終わりにお風呂に入りたい。お風呂に入って温まれば腰だってきっと良くなるのに。

 あぁ、温泉入りたい……。温もりたいよう。


「ユーカ、温泉って何?」

「え?」


 私そんなに顔に出てた? そういえば、精神会話だから考えてることもわかっちゃうのか。


「温泉はね、あったかーい水がいっぱいあってそこに肩まで浸かってあったまるんだよ。入ると気持ちよくてぽかぽかするの」

「それもユウカの好きナものか?」


 ん、そういえば……。私ここに来る前に聞かれたな。そうだ、確か入力した。


「え、もしかして、もしかして!?」


 温泉も魔法で出たりする!? それなら今すぐ出して入りたい!!!!

 頭痛との戦いになりそうな気がするけれど、温泉に入りたい欲が圧倒的に勝つ。入りたいっ!!!! いますぐに!!

 洞窟の中なら、洞窟風呂。うんうん、いいじゃない。ちょうど温泉になりそうなスペースもあるし――。


「やってみよう。ライとグミは後ろにいてね」


 温泉温泉♪今入りたいのは、そうね、よーし!

 手を前に突き出し叫ぶ。


「温泉召喚!!」


 あ、呼び出す時の言葉は【温泉】だけでもよさそうだけど召喚をつけたほうがカッコいいかなって思って。

 私の言葉に呼応するように目の前の景色が一瞬で変わる。あれ、なんだかすごく見覚えがあるような。

 目の前に広がるのはいつもお世話になっているから間違えようが無い。近所にあるスーパー銭湯だ。入場が終わったところ。後ろを見る。ライとグミがいる。前を見る。よく見る景色。後ろを――、うん、夢だったわけではなさそうだ。

 女湯の入り口の中に立っていた。外側はいらないなと、目を閉じて中だけのこして消えるように考えた。

 目を開けるとそこは浴場内。

 ……あれ、どうしてだろう。何だか体がスースーする。

 いや、合ってるのか?だって、お風呂の中では服は着ないもんね。って、えぇぇぇぇぇぇぇっ!?

 服が消えた。浴場内なら正装である。正装であるんだけれど!!早足で洗い場のしきりの陰に隠れる。まあ、ここにいるのはライとグミだけだけど……。なんとなく、ね。


「ユーカ? なんで隠れる?」

「おい、なんでお前まで素っ裸になってルんダ?」


 近付いてきたライの服も消えた。グミ……は最初から服を着てないから変わらないけれど。


「ユーカのイメージなのかな? ここは裸になる場所なの?」

「そう、そうなんだけど」

「だからだナ。これを消せバ服も戻ってくるだロ」

「……そうなの?」


 服がちゃんと元通りになるかわからないけれど、このまま消してしまうのはもったいない。だって、お風呂に入れるんだよ!?

 私の手にはいつの間にかタオルが握られている。心もとないけれど、何もないよりはいい。タオルを前で押さえながら私は陰から出て洗い場を見る。

 いつも通りの洗い場。隅っこに椅子と桶。


「一緒に入ろっか」

「うん」


 子供用の椅子にライを座らせ、グミには少しだけ湯を張った桶に移動してもらう。


「洗いますねー」


 どこから水が出ているのかは今は置いておいて、私達はあったか〜いお風呂を堪能した。

 腰の痛みは、お風呂に浸かった瞬間どこかに飛んでいったからびっくり。温泉パワー、侮りがたし!!

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