第8話 先輩なんて大嫌い(夢花桃香視点)

◇◆◇◆◇


「ごめん、夢花さん。オレ好きな人がいるんだ」


 放課後の誰もいない教室でその男は言い放った。高校生、好きになった人に桃香は初めて告白した。普段は告白されるばかりだった桃香にとって、特別なその日になる。――はずだったのに、特別な彼氏のいる幸せはそれまで築き上げたモテるという自信とともに粉々に砕かれる。


「へぇ、それって誰……?」

「えっと、それは――」


 先輩。年上の女。信じられなかった。


(桃香は先におばさんになるような年上の女に負けたの?)


「あはは、そっかぁ。じゃあお幸せに」


 アイツは見る目がなかったんだ。そう思い込むことでなんとか自分を保つ。だけど、何度も何度もその女が夢に現れては嘲笑してくるのだ。


(負けない。絶対に負けないんだから……)


 大学では、告白される事はあっても告白しようと思える人間はいなかった。違う、告白させたい男は出来たのだ。

 先輩……、年上女達が付き合ってるという男達。

 桃香はそんな男達に手を出しては手に入れた途端振り続けた。そうする事で徐々に自信を取り戻していった。

 時が進み再び訪れたその日までは――。


「浪野さぁん!」


 浪野春樹なみのはるき六つ上の会社の上司。桃香の先輩、泉優花いずみゆうかが狙っている男。会社の中で信頼も厚く人望もある。好きなのに目の前で先に付き合ったらがどんな顔に歪むのかと心の中で笑みを浮かべる。

 断られるなんて想像はこれっぽっちもない。

 ほら、告白してくれていいんですよ。二人きりなんだから。


「夢花、ちょうどよかった。今度の仕事なんだが……」

「え、あ、はい――」


 浪野は仕事の話しかしてこない。これでもかと色仕掛けをしたところでまったく反応しない。

 何この男……。おかしいんじゃないの?

 こんなに可愛い子がアタックしてるんですよ?気付かないわけないですよね?

 ところが彼は気が付くどころか華麗に躱し続ける。


「何なのよ、もぉ!!」


 やっぱりおかしい。だって、桃香を見る時の目と先輩を見る時の目、全然違う。

 違う違う違う!!

 桃香が先輩になんか負けるわけないでしょ。


「浪野さん、好きですぅ。桃香と付き合って下さぃ」


(ほら、ほら! 桃香が付き合ってあげてもいいって言ってるんですよ? 断りませんよねぇ!? ねぇ!?)


 ――付き合い出したと先輩に報告した。だけど思ったより全然反応が薄くてつまらなかった。

 やっぱり、付き合ってから盗らないと意味ないのかなぁ。でも、奥手の先輩が告白するなんて待ってたらおばあちゃんになりそうだし、何より――――。

 あー、ムカつくムカつくムカつく!!


 …………。


「大丈夫ですか? モモカ様」


 少し癖っ毛の茶色い髪の男が桃香に声をかける。兜を被っていた二人組の片方だ。兜を取るとかなり童顔だった。名前はヒージェ。もう一人がユージュ。兄弟なのか少し似ているところはあるがこちらはヒージェに比べて随分大人びた顔と大柄な体格の持ち主。


「大丈夫ですぅ。心配ありがとう」


 全然大丈夫なんかじゃない。なんとなく思い出してしまって気分は最悪だった。


「いえ、それでは先に進みますね」


 彼の体が小さいから、二人乗りでも負担が少ないだろうと一緒に乗っているのは馬。桃香はいま生涯で初めて馬の上にいる。

 揺られるせいでよりいっそう気持ち悪いのだ。そうだ、別の事を考えよう――。


 それにしても……。

 今頃、先輩はまだあそこで健気に待ってるんだろうなぁ。そう考えるだけで面白くって気持ちがスッとする。


「彼女は探し物があるからここに残りますと言っていますぅ。大丈夫ですから、桃香だけ連れて行って下さいぃ。必要なのは小鳥この子と持ち主の桃香なんですよねぇ?」


 先輩は言葉が分からないらしく、三人のリーダーのユナーに都合のいい嘘を言い、置いてきた。迎えになんて行くわけない。目障りだから、さっさとあの黒い獣にでも襲われていなくなっちゃえばいい。

 また、先輩……。桃香の肩にとまる鳥。もともとは先輩の卵から出てきた。この鳥が彼らには必要なのだ。

 どうやら国の偉い人の病気治療にこの子の力がいるそうなのだ。

 絶対に返さない。もう桃香の鳥なんだから。

 先輩には可愛くないのをあげたし、桃香のものだよね。

 偉い人を治療出来れば、桃香ってば英雄になっちゃうんじゃない?

 贅沢三昧の日々!? 治療した人がイケメンの王子様で求婚されちゃったりぃ? きゃぁー!!

 もう先輩に悩まされる事なんてなくなるよねぇ!?


 三人の美青年に囲まれながら桃香は彼らの国スナンザークの城へと向かった。


◇◆◇◆◇

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