第6話 おしゃべり神獣は名前が欲しい

 ――はぁぁぁぁ。こんなため息も出るってものだわ。

 忘れてた。桃香という女は仕事の報連相出来ない女子ナンバーワン、ツーを争える人材だということを。

 言葉が全然違う人達相手にどこまで説明やお願いが出来るのだろう。

 信じてあげたいけれど体感で2時間はここにいる。本当に迎えに帰ってくるのだろうか。

 そろそろ喉の渇きなんかも限界がきそう。ここにきてから叫んで冷や汗かいて水分は大量に消費している。


「水探しに行こうかな」


 ぽつりとつぶやき空を仰ぐ。日がだいぶ落ちてきている。日があるうちに最低限、安全な場所の確保と水、出来れば食料も確保しておきたい。


「よしっ。動こう!!」


 二時間で腰の方はなんとか動けるようになった。少しズキズキするけれどなんとかなりそうだ。

 蛇亀は泣き疲れのようで、眠ってしまっている。膝の上からそっと地面におろし起きないように手を離す。


「お水探してくるから、ここで待っててね」


 手のひらより小さいのだから連れていっても問題はなさそうだけど寝ている子を起こすのは可哀想だ。近場をぐるっと回って帰って来るまでなら寝かせてあげていたほうがいいかな。卵から出てきたばかりだし、きっと赤ちゃんだろうから。

 一歩足を踏み出す。二歩、三歩……。

 四歩目で落ちた小枝を踏みパキリと音がなってしまった。

 後ろを見ると顔をあげている。


「あー……あのね、ちょっとお水を……」

「クー」


 蛇亀の亀の方の顔が再び泣きそうになる。


「わぁあぁぁぁ!! 置いていかない置いていかないよ!?」

「ぴえぇぇぇぇぇぇん」


 泣き声が響く。同時に驚く現象が起きた。目の前で蛇亀が小さな子どもになったのだ。黒髪の幼稚園くらいに見える男の子。腕に蛇亀と同じ蛇が巻き付いている。男の子はめそめそ泣き続け、蛇がそれを叱っている。


「おい、何泣いてんダ!」

「だって、だってぇ、また僕置いていかれるの?」

「だからー、置いていかねぇって言ってるだロ。なぁ、おイ!!」


 蛇から私に厳しい視線を送られ急いで首を縦にふる。


「置いていかない置いていかない!!」

「ほラ、さっさと泣き止メ!!」

「ほんとう?」

「置いていかないよ。だから泣かないで」


 男の子は口をキュッと結びながらなんとか涙を止めようとしていた。鳥の雛は刷り込みがあるけど、亀にもあるのかな? もしそうなら、蛇亀の母親は桃香。だけど彼はいらないと言われ置いていかれた。桃香が迎えに来るかもしれない私にまで置いていかれたらどんな気持ちになるかなんてすぐわかるじゃない。胸がズキズキする。親がいなくなる気持ち、私だって知ってるじゃない……。


「ごめんね。置いていかないよ」


 男の子のそばに戻り、視線を合わせる為にしゃがむ。


「お水を探しに行くつもりだったの。私のどが渇いてしまって。歩けるなら一緒に行ってくれるかな?」

「……うん」


 男の子はまだ少しうるうるしている大きな黒い目をこすり頷く。蛇はまるでお目付け役のようにやれやれとため息をついていた。


「おイ、女!」

「え? 何?」


 立ち上がろうとする男の子に手を差し出していると蛇に呼ばれる。え、あれ?


「って、えぇぇぇ!! 蛇が喋ってる!!」

「今さラ!? さっきから話してるだろうガ!!」

「うわぁ、蛇が喋ってるぅぅ! しかも日本語!?」

「高位の神獣なんだから当たり前ダ! 直接精神で会話してるんだからナ」

「精神……会話……テレパシーってこと? だから日本語? えーっと」

「そうダ。話したい相手にしかこの言葉は届かないけどナ」


 蛇はえっへんと得意気に舌を出した。


「で、女……あー、名前はあるのカ?」

「え、私? あるよ。ユウカ」

「ユーカ!!」


 男の子が名前を呼んでくれる。それに笑顔で応える。


「そうだよ。ユウカだよ。君たちも名前あるの?」

「なイ」「ない!!」


 二人が同時に答える。


「え、ないの?」

「生まれたばかりだからナ!」

「その割に饒舌じょうぜつでいらっしゃる」


 日本語で話せる相手が出来てホッとするけれど、名前がないととても不便だ。なんて呼べばいいんだろう。


「そこで女ユウカ!」

「女いらないから! 男ユウカとかいないからね!」

「ユウカ! ボク達に名前をつける名誉を与えよウ」

「え? えぇ!? 名付けなんて……、私がしていいの?」


 二人は一応桃香が持っていた卵から出てきたから、そういうのは彼女が……。

 そこまで考えて二人が悲しそうな顔になった。そうだった。二人は桃香からいらないと言われてしまったんだった。その後、私にあげるとまで言ってたっけ。


「よーし、任せて! 名付けは自信あるの」


 なにしろ私、出会う動物(他人のペット以外)すべてに勝手に名前をつけていたのだから。

 よーし、男の子は黒色の髪……クロは安直すぎるよね。うーん、ブラック……チョコ……チョコ食べたいなー……。そう最近食べたあのチョコ……。そうだ!


「決めた! ライ。キミがライでー」


 蛇……、紐びよーん、ひもみたいなグミ食べたいなー。目の色そういえばグミみたい。


「決めた、キミはグミ。グミね!」


 男の子にライ。蛇にはグミと名前をつけてみる。


「どうかな?」

「ライ! 名前! 僕の名前!」

「グミ……。考え方が微妙だったように思うがまあいいだろウ。間違ってもボクを食べるなヨ?」

「あはは」


 まさか頭の中まで読まれてたりするのかな。少し引きつりながら笑ってみせる。

 精神で会話するって便利だけどちょっと変な事考えたら向こうに伝わってしまうのなら気をつけないと、気を引き締め二人に再び話し始める。


「それで、グミは私に何を言うつもりだったの? 名付けのために呼んだのかな?」

「それもあル。だが……」

「ユーカ、お水飲みたいなら先に探そう」

「そうだナ」


 ライとグミが頷き合い私を引っ張る。ライの小さな手はひんやりと冷たかった。

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