第5話 置いて行かれる
ハイハイで進むこと五分くらいかしら。草かげから何かを観察する桃香がそこにいた。
何もわからないのに突撃するほどお馬鹿ではなかった事に安堵し、同時に大きなため息をついた。
「あ、先輩。遅いじゃないですか。っていうか、何してるんですか? ダサいですよぉ」
言い返す力もなく、私はその場で座り込んだ。隣に一緒に追ってきていたのか、蛇亀もきていた。ちょうど私の後ろに隠れている。ちょこんと座り桃香の事をじっと見つめている。まるで母鶏の後を追いかけるひよこみたいだ。
さてと、桃香には言いたいことが山ほどある。けれど、とりあえず無事であることがわかったなら話し声の主達を確認するのも手ではあるかな。
話し声、やっぱり聞き慣れない。いったいどこの言葉なのだろう。
「あの人達が声の主ね? なんて言ってるのかしら」
「えぇー、先輩わからないんですか?」
「え? むしろ桃香さんはわかるんですか?」
「あの人達、何かを探してるみたいですよぉ」
流石は語学短期大学卒業って事? 彼女の知っている国の言葉なのかしら。
「桃香さん、彼らは何語なの?」
「えっ、先輩……。本気で言ってます?」
「え、だって英語じゃないわよね? 英語なら私だって少しは――」
私の言葉を聞き桃香はくすりと笑った。
「わかりました。先輩、任せてください。桃香が話してきてあげますぅ」
「え、だから桃香さん、何もわからないのに危ないって」
さっさと桃香は前に進みだした。三人の男の人達のもとへ。銀色の甲冑を纏い、細長い剣らしきものを腰に据えた物語に出てきそうな格好の人達。兜のせいで二人は顔がわからないけれど、顔を出している一人は金髪碧眼の美青年だ。
あの姿で山賊……なんてことはないよね。ただ、現代で甲冑? 着る事あるの? あ、さっきみたいな獣対策で?
いよいよ、地球でさえないのかと思ってきてしまう。
ほんと、ここはいったいどこなの?
桃香がいた場所から彼等の様子を見る。桃香は普通に日本語で話しかけているように見える。剣を突き出されたりはしていないから、大丈夫……だよね?
――というか、普通に日本語だよね? でも、むこうの言葉はやっぱりわからない。もしかして、もしかしてだけど強すぎる方言!?
そんな事を考えていると急に森がざわめいた。鳥が飛び立ち木々が揺れる。続いて大きな咆哮。
男の人達が剣を構える。桃香は首を傾げキョロキョロしている。背後に大きな黒い影が近付いてきていた。
まさか、また? だけど、それは形が違った。大きな熊のような黒い獣。ただ見知った熊と違って二本の大きな牙がセイウチのように口からのぞいている。
「桃香さん!!」
あれが熊なら背中を見せちゃ駄目だ。だけど、そんな事言ってられないだろう。だって、知識として知っていたとしてもやっぱり私だって目の前にすれば桃香と同じ行動をとってしまうだろう。
「きゃあぁぁぁ!?」
桃香が背を向けてこちらに走ってこようとする。
三人の男達は慌てて桃香の前に立つが遅かった。桃香に襲いかかろうと熊らしき獣は突進を始めた。
「ダメ!! 守らなきゃ!!」
桃香には帰りを待つ人がいるんだ。それに出会ったばかりの人達とはいえ、目の前で人が亡くなるのを見たくないよ。
いつものキャンプ装備なら、熊除け道具くらいあるのに、今ここにないのが悔しい。何かないのか。彼女達を助ける事が出来る何か――。
まるで私の思考に反応するかのように大きな光がまわりを包み込む。この光はあの小鳥の?
光に驚いた熊が歩みを止める。
眼前に赤色の大きな鳥が羽を広げ飛んでいた。
「こ……とりさん?」
大きな鳥はゆっくりと獣に向かって羽をはばたかせた。光の粒が火の粉になり炎が巻き起こる。
炎は人を避け、黒い獣に降りかかる。
グォォォと低い唸り声をあげ黒い獣が逃げ出した。
「もしかして、また助かった?」
私がホッと胸をなでおろした瞬間、大きな鳥はまた小鳥の姿に戻り桃香の肩にとまり直していた。心なしか小鳥が胸を張っているように見えて少しだけ笑ってしまった。
「✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕!!??」
またわからない言葉。顔を見せている男の人が桃香に詰め寄り何かを聞いているようだ。
「あー、はい。そうですぅ」
桃香が頷くと残り二人の男達がかしこまり、頭を下げる。顔を見せている男は桃香の手を握り何かを訴えている。
なんだか、とっても入り辛い&声掛け辛い雰囲気。いったい何を話しているの?
でも桃香は日本語で話しているのだから、私の言葉も伝わるのかもしれない。
「あのっ!!」
大きな声を出す。気がついた三人はこちらに顔を向ける。そして桃香に確認するような素振りを見せた。
「私たち、ここがどこかわからなくて! どこなのか教えてもらえませんか!!」
通じただろうか。顔が隠れた二人がこちらにやってくる。私の姿を確認するようにじっと見られた。そのまま何も言わず、桃香のところへと戻っていく。二人が顔を見せている男に何かを報告すると、優しそうだった表情が一変きつくなった。
「桃香に任せてくださいぃ」
得意気な顔をした桃香がそう言ってからこちらに一人で戻ってくる。
「先輩、桃香は一足先に彼の馬に乗って助けを呼んできますね。だから、ここにいて下さい。すぐ戻ってきますから」
「え、ちょっと? え?」
「今連れて行ける人、一人だけみたいなんですぅ。だから、先輩はここでお留守番――」
「は? え? ここで?」
さっき危険だったばかりのここで?
「だって、先輩歩けませんよねぇ? 彼らと話せませんよねぇ」
「う、そうなんだけどさ……」
「さっきのだって、通じてませんよ。先輩の言葉ぁ。だからぁ、すぐ戻ってきますから。ここにいて待っててくださいねぇ。桃香がなんとかしますからぁ」
くすくす笑いながら桃香は走り去って行く。男達と合流すると振り向きもせずそのまま森の中へと消えてしまった。
私はそれをただ眺めて見送った。信じていいんだよね?
小さな鳴き声がした。蛇亀が悲しそうに鳴いていた。
そっか、キミも置いていかれちゃったんだね。
「一緒に待ってようか」
蛇亀を隣に引き寄せる。私達は二人で桃香の帰りを待つことにした。
小鳥も桃香の肩に乗ったまま一緒に行ってしまった。ありがとうを伝えられないまま。帰ってきたらすぐありがとうって言ってあげよう。
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