第4話 不思議な卵
どこまで落ちるんだろう。痛くないといいな。
怖さで目をつぶってしまったからどれくらいの高さから落ちてるのかわからない。けど、どうやら落下が終わったみたい。下から感じる風が止まったのだ。
全然、衝撃がなかったのはどういうことなのだろう。
目を開ける。地面は確かにある。けど、私と桃香は地面に叩きつけられていなかった。そう……。
「先輩ぃ、浮いてますよ」
失礼ね。私は世間から浮いてなんてないんだからっ。ちょっと地面から浮いてるだけよ!!
――そう、私達は地面から数センチ浮いていた。どういうこと?
魔法……とでもいうものが存在するのだろうか。見えない力で支えられている感覚。
「あ、いたっ」
「いったぁぁぁーい!!」
とにかく、痛くなくて助かったと思ったのも束の間。私と桃香が同時に落下する。尻もちと腹側ぺしゃ状態で。桃香は顔を上げていたからダメージは少しだけかな。お尻から落ちた私とどっちが痛かっただろう。
動けない訳ではないけれど立ち上がるのは少し時間が欲しい。
「うぇぇぇぇん」
年齢不相応に泣く桃香。子どもじゃないんだから、そんなに泣かないで。今泣いたら、その声を聞いてまたさっきみたいな獣が集まってきたらそれこそ危ない。
「桃香さん、お願いだから泣きやもう?」
「うぇぇぇぇん、いたぁぁぁぃ」
「桃香さん、ね。大丈夫、ほら落ちたのだって数センチだったじゃない……」
一向に泣き止まない桃香をとりあえず抱き起こそうと近づくため足に力をこめる。駄目だ、私ももう少し腰のダメージ回復タイムが欲しい。腰に手を当て頭を抱えていた。すると、ここに来た時のような小さな光が二人の間を飛びまわりだした。
光は二つに分かれ一つは私の目の前、もう一つは桃香の目の前に浮かぶ。
光のおかげで桃香が泣き止みきょとんとしていた。ありがとう、小さな光。
「何これぇ」
「私もわかりません」
目の前の光に目を凝らす。小さな光はだんだん大きくなって鶏の卵くらいの大きさになる。というか、光の中に卵が現れた。
「卵だぁ」
「そうね、卵ね」
落ちたら割れてしまうのでは?そう思ったので両手でそっと卵を包み込む。
「先輩、これ食べられますかね?」
桃香も手で卵を捕まえていた。いつの間にか起き上がり卵とにらめっこをしている。
自分で起き上がれるんじゃない……。なら、ダメージは少ないだろう。私は腰の回復が出来ると足の力を抜いた。
「知ってる卵の色じゃないでしょう……」
私の手の中にあるのは赤色の卵。赤色と言ってもスーパーで売ってる赤たまご色ではなく、本当に赤色。桃香の手の中にあるのは黒色の卵。温泉たまごで黒たまごは聞いたことあるけど、それである可能性はあるのだろうか。なら、桃香の卵はもしかしたら食べられる? いやいや、そんな突然現れた卵を食べるなんて危険すぎる。
「あ、先輩の卵割れてる」
「え?」
そんなに力をいれて握ってないのに?
桃香側の殻が確かに割れていた。むしろ、何かが出てこようとしてる!?
びっくりして手を離そうとする時間もないまま、先ほどより強い光とともにそれは出てきた。
「ピィ」
燃える炎みたいな赤い羽の小さな鳥の雛。小さな冠羽や目まで赤色。こんな鳥いたかな。でも、オウムなら赤色がいるし、こういう鳥もいるのかな?
でもこの鳥、卵から出てきたばかりなのにもう空をパタパタと飛んでいる。んん?
現実ではありえない出来事に首を傾げていると桃香が叫び出した。
「かわいぃぃぃぃ」
確かに丸くて小さくて可愛い。けど、可怪しくない?
小さな赤い鳥はパタパタと小さな羽を動かし私の右肩にきてとまった。確かに可愛い。顔を近づけてきてくちばしで唇にツンと軽くつつく仕草をする。もう、可愛すぎる!!
可愛いから、難しい事は考えなくていいか。頬を緩ませ肩にとまる可愛い鳥を見ていると、視線がちくちくと刺さる。桃香が羨ましそうに睨んでいた。
この視線、何度もあったな。何に対してなのかわからないけれど何度も会社で感じた。
噛みついたり暴れたりする感じもしないので、「触ってみる?」と桃香に聞こうとしたその時――。
「桃香さんの卵も割れてない?」
「え? あ、ホントだぁ」
ピキピキと上から殻が剥がれる。ただ、赤い卵の時と違って光はない。
「ピュキ」
顔が出た。鳥じゃなくて爬虫類の顔。
「きゃぁぁぁ!!」
出てきたのは黒色の小さな蛇と小さな亀。蛇と亀が絡み合ってる? 一つの卵の中から別の種類の生物が?
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
桃香は手を振り小さな蛇亀を私に向かって投げてきた。それを上手くキャッチする。そりゃあ、びっくりはするけど生まれたばかりの命を投げるなんて……。
小さいけどきちんと蛇の形をしているから肩の鳥が苦手かなと思い、地面にそっとおろしてあげる。
すぐに蛇亀は桃香のもとに戻ろうとする。
「やだ、こっちこないで!! なんで桃香のたまごからこんなのが出てくるの?
桃香じゃなくて私でしょう?と思ったけれど口にしなかった。そう、ここは会社ではないのだから言わなくてもいいだろう。それよりいらないと言われた蛇亀が言葉を理解しているかのようにショックを受け固まってしまっていた。よく見るとお目目はくりくりしていて、かわいい。爬虫類が苦手ではない私にとってはこの蛇亀も小さくて可愛く見える。
「先輩にこの亀あげますから、そっちの小鳥を桃香にくださいよぉ」
「桃香さん、あのね……」
別に私のものではないし、あげると勝手に決めるような事でもない。赤い鳥も桃香から距離をとるように私の頬にすり寄ってきている。
「先輩、いいでしょう。ねぇぇー」
「はぁ……」
こうなるとなかなか譲らない桃香の質はよくわかっている。
「ごめんね、小鳥ちゃん。少しの間、桃香のところに行ってあげることって出来るかな」
つぶらな赤い瞳にお願いしてみるとこの子も言葉を理解したみたいで、パタパタと羽ばたき桃香の肩にとまった。
「かわいいー!」
小鳥がきてくれて嬉しかったんだろう。そう思いたい。ただ、桃香の笑みが前に見たことのあるものだった。浪野と付き合いだしたと聞きもしていないのに言ってきた時の表情と同じ――。
ううん、気のせいだ。それにあの時は私だってうじうじしてたのが悪かったんだし、もう気にしないって決めたじゃない。
もやもやと考えながら桃香が小鳥と戯れる様子を眺める。ぱちりと目が合った。
「先輩ぃ!!」
「な、なに!?」
複雑な気持ちが顔に出てないか心配になり少し顔を背ける。そんな事を気にもせず桃香は続けた。
「さっきの声、ほら! 近づいてますよ」
「え?」
確かに、数人の声が聞こえる。けど、日本語や英語とも違う言葉の響き。
「桃香見てきますね。はやくこんなところから出たいしぃ」
「ちょっと桃香さん!!」
さっきそれで落ちたのに彼女は懲りない。
それに言葉のわからない数人の男の人。どういう人間なのかわからないのに不用意に近づいていいものだろうか。
さっさと立ち上がり桃香が走り出す。小鳥は彼女の肩にとまったままだ。
私も立ち上がろうとするけれど腰へのダメージはかなりのものだったようだ。
「桃香さん、ちょっ……と、まって……!!!!」
腰を押さえながら必死でハイハイ移動をした。まさかこの歳でハイハイ移動をするなんて、誰が想像するだろう……。
「桃香さーん!! もぉー!!」
私は牛。今、牛なんだわ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます