第3話 大きな黒い獣と銀色の髪の男
ガサガサと音が近づいてくるのがわかる。かなり大きい。もし熊なら、終わりだ。逃げるまわれる場所はあるけれど、森の中に他の熊がいないとは断言できない。
そんな中、桃香を連れて? 無理だ。
「なんか、ガサガサ言ってますね。何でしょうか? あ、もしかしたら浪野さんじゃないですかぁ?」
なんて呑気に桃香が前に出ようとする。
「駄目よ! 桃香さん。もし危険な動物だったら!!」
葉を揺らす音が小動物のそれではない。不穏な音に嫌な予感しかしない。
私の顔色を見た桃香は何かを感じ取ったようだ。後ろに隠れた。私の!!
先輩あとよろしくと言わんばかりのテヘペロスマイル。いやいやいや、私だって無理なものは無理よ!?
「桃香さん――」
とりあえず服を掴むのをやめさせないと逃げる事も出来ない。そう思って声をかけようとした。けどそれ以上続けることが出来なかった。
音の正体、黒い大きな動物が姿を見せたからだった。
(――何あれ? 犬? いやいや、大きすぎる)
見上げるサイズの大きな黒い犬。額に同じ黒の角が生えている。
(こんな生物、地球に存在するの? 私の知識にはないんだけど!?)
私達を視界に捉えたのか黒い犬は牙を剥き、今にも飛びかかろうとする体勢をとっていた。
(無理無理ムリむりぃぃぃ!!)
体格差、犬の脚力、逃げ切れない。頭の中がいっぱいだった。だけど、私の後ろで震える桃香がいた。何で、こんなときまで……。
それでも私は先輩だ。彼女には浪野さんがいて、帰りを待ってるかもしれない。私とは違って――。
「桃香さん、ごめんなさい!!」
無事を祈り後ろへと突き飛ばす。この距離があればきっと彼女に牙は届かないはず。
私は黒い犬に向かい合い手をひろげる。止められるなんて思えない。ただ、そうしたのだ。
黒い犬が飛び上がる。狙いは私で間違いなさそうだ。
上手く逃げてね、桃香さん。無事帰って、浪野さんとお幸せに。
怖い。ぎゅっと目を閉じる。落ちてくるまでの時間がながく感じる。くるなら何も感じないまま一瞬で……。
やっぱりヤダよ!! まだ父との約束を果たしてないのに死にたくなんてない――。
「✕✕✕✕✕✕ッ!」
聞き慣れない言葉で叫ぶ男の人の声とドンッと何かがはね返る大きな音がした。自分の体に牙がかかったような感触もない。目を開けると、目の前には黒い犬の口ではなく銀色の髪の男の背中があった。
「助かった……?」
黒い犬はいったい何があったのか、再び飛びかかる前の位置まで戻されている。
「✕✕✕✕✕✕✕✕!!」
銀の髪の男が聞き慣れない言葉を発すると、黒い犬は体の向きを変え森の中へと走り出した。
それを追うように銀の髪の男も走り出す。
「あのっ――、あなたは!?」
たぶん助けてもらったのだ。お礼を言わないと。そう思い声をかけたが言葉が違う事にハッとする。
背中しか見えていなかった男がこちらを向いた。吸い込まれるかと錯覚するような綺麗な青い瞳にとても驚いた。ここは外国?
言葉も違う、どう見ても日本人じゃない男の人。
「✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕!!」
男は「すまない急いでいる」とでも言っているようだった。黒い犬が消えた方へと走り出し姿を消した。
「……いったい何だったの、あれ」
あの人にありがとうぐらい言いたかったな。伝わらないかもしれないけれど。
ふぅと息をつく。すると、恐怖を思い出したようだ。体が震えだし、急に立てなくなった。しゃがみ込み震える体を必死に擦る。
「せんぱいぃ、ひどいですぅぅぅ」
桃香がここ擦りむいたじゃないですかと腕を見せてきたがそれどころではない。ほんと、今はそれどころじゃないんだから。お願いだから、わかって。
願いも虚しく桃香は文句を言い続ける。
「桃香さん、あのね……」
説教なんてしてる場合でもない。ここは危険だ。とりあえず人がいる場所、住んでる場所を探して移動しないとだ。
恐怖で笑う足を押さえつけ立ち上がる。人がいたのだから近くに他の人もいるかもしれない。
「近くに人がいないか探しましょう」
「え、無理ですよぉ。あんなのがいるのに歩きまわるなんてぇ。先輩だけで探してきて下さいよぉ」
私は顔に笑顔を貼り付けて、嫌がる桃香を連れ黒い犬が走っていった方向と逆に歩きだした。お礼は言いたいけれど同じ方向はさすがに行く気にならない。
またどこかで会えるかなぁ。
「先輩ってばぁ、桃香はここで待ってるからぁ」
正直、私だって彼女は置いていきたい。けど、ここで置いていったら死んだお父さんお母さんに会うときに顔向け出来なくなっちゃうよね。
はぁぁとため息を吐きながらぐるりとあたりを見回す。どうか人に出会えますように、と願いながら。
「ねぇ、せんぱい」
「なあに? 桃香さん」
「声しません? むこうから」
桃香が指差す方向に耳を傾ける。確かに人の声がする。
「桃香見てきますねー」
ちょっと!? さっき待ってるって言ってたじゃない。走り出す桃香を捕まえる為慌てて私も追いかける。
「……あれ? えーっと」
足の下に地面がない!?
「きゃぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」
「うきゃぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!」
二人ですごい声を出した。そりゃあもう、びっくりするぐらい大きな声。
私達はどうやら落ちたみたい。
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