第2話 ここどこ?
◇◆◇◆◇
私は少し焦っていた。
短い春も終わり、白いワイシャツやブラウス姿が増えてきたオフィス。少しずつ夏が近付いてくる気配を感じる。
「せんぱぁぁいぃぃ」
またか。甘えるような、なんとなく人を不快にさせる声が響く。まったく今度は何だと私は警戒する。
声の主は私の好きになった人を、その話を私から聞いたあと告白し彼氏にした女。仕事上の後輩
目の前で顔横の髪をくるくるするその仕草を見るたび思い出してしまう。
付き合いますと聞いてショックで一週間泣き続けた。諦めようと気持ちを切り替えたその日、彼女は彼をもうすぐ捨てると言い出した。
いい男じゃなかったですよと言われた時、私は危なく人前で泣くところだった。
「何?
他にも、彼女は色々な事をしてくれたっけ。思い出すのもしんどい。
「わたしぃ、今度新しい彼氏作りたいんですけどぉ。誰かいい人いませんかぁ」
「……いません」
あなた、私が告白しようと思ってた人を横から――。
言いかけて言葉を飲み込む。自分がさっさと告白しなかったのも悪いのだ。先に言っていれば違った未来があったかもしれない。
カツカツと前に進む。玄関が見えた。会社の中から、昼食を求めて外へと向かう集団があった。
その中で一人飛び抜けて背が高い男の人。
「お、泉、夢花。君達も食べに出るのか? ちょうど良かった。今度の仕事の事なんだが少し話しながら昼一緒にいいか?」
「わかりました」
「はーい」
浪野と桃香、まだ付き合ってるなら二人きりで食べに行ってくれたらいいのに。そう思うけど二人の様子を見て自分の子供っぽさを思い知らされる。
仕事に私情を持ち込んだっていいことがない。わかってるんだけどやっぱりつらい。
「それじゃあ、行こうか」
優しい笑顔が眩しかった。
それが最後に見た笑顔の浪野春樹だった。
大きな音がしてそちらに顔を向けるとトラックが暴走しているところだった。
危ない。そう思った瞬間私は浪野を全力で突き飛ばした。
一瞬の閃光。次に目を覚ますと、真っ暗な空間にいた。
どこ、ここ?
真っ暗で動き回るのも怖くて足が動かない。
まさか、自分はあのまま死んだのだろうか。ここはいわゆる死後の世界?
さっと背中に嫌な汗が流れる。
「浪野さん? 桃香さん?」
近くにいるはずの二人の名前を呼んでみる。返事はなかった。
どうしよう。これで終わりなの?
父も母も事故で亡くなった。まさか私まで……。
なんてなさけないのだろう。父との約束を果たす前に死んでしまうなんて。
好きな人に告白することも恋人もできた事ないなんて……。ホント、寂しすぎる人生……。
――――いや、まだ死んだと決まったわけではない。帰らないと。そして――。
現状把握しよう。体に痛みはないんだ。ここがどこかを確かめよう。
顔だけキョロキョロさせてみると小さな光がチカチカとしているのが見えた。
「電気? スマホ?」
小さな光は飛びながらこちらに近付いてきた。
『必要なデータを入力して下さい』
え?
変な声がしたあと目の前に何か入力するような画面が出た。
何これ。
緑色の光の線が文字を描いていく。私みたいな立体映像も浮かんだ。
これを入力したらもとの場所に帰れる?
でも、なんだか怪しい。訳がわからないのに、正確な情報なんていれていいものなのか。私は少し考えて、色々捩りながら入力していく。操作方法は使用している携帯端末と同じだったので問題なく出来た。
『ユウカ・18歳・女』
うーん、身長に体重……。
『158センチ43キロ』
サバはよんでもいいよね。だって、怪しいし。
次は……、趣味? 趣味? 休みにすることよね? なら――。
『温泉巡り、キャンプ』
趣味くらいは嘘つかなくてもいいよね。
入力していくと立体映像もなんだか変わった気がする。
不思議に思い立体映像に触れると瞳の色や髪の色も変えられるみたいな入力画面に切り替わった。やっていくうちに楽しくて、ついつい力を入れながら立体映像の女の子をいじっていく。次に生まれ変わるならこんな感じで明るくて可愛い女の子になりたいな。そうすればきっと自分でも自信が持ててステキな人に自分から告白だって……。
『入力完了後決定ボタンを押して下さい』
(はいはい、完了っと。それで、帰れるんですか?)
心の中で不満気につぶやく。ほぼ同時に小さな電子音が響いた。光が上下に伸び扉のような長方形を描く。どこからか風が吹いてきた。
「外かな?」
太陽の光、緑の草が見えた。さっさとここから出よう。思い切って歩みを進める。そこは会社のビル群なんてどこにも見当たらない自然あふれる景色だった。
というか、森だった。
「いや、どこよ、ここぉっ!?」
「その声、先輩ですかぁ?」
後ろから桃香の声がした。
「桃香さん?」
振り返ると服装は違うけれど桃香がそこにいた。どうしたのその姿。今から冒険始めますみたいな……。ゲームのキャラクターみたいな緑を基調にした格好。可愛いけど、スーツはどこにいったの?
「え、先輩……?」
「そうよ? それ以外の誰だっていうの?」
そういえば私も服装が変わってる気がする。桃香と同じような色違いの赤い服。え? あれ? 髪の毛もなんだかピンク色になってない? なにこれ?
この色ってさっき入力したキャラクターの髪色じゃない?
そして私のスーツもどこいった?
「えー、冗談でしょ? だって、どうみてもあなた先輩より若いじゃない。誰? 先輩の妹?」
「だから、泉優花! あなたの会社の先輩でしょ!?」
「嘘!? 本当に先輩ぃ?」
先輩だからね。というかそれよりも、まずここがどこか気にならないの!?
危機管理大丈夫!?
いや、私もちょーっと浮かれてキャラクター作りしてたけども……。
「そうです。桃香さんは何か入力画面みたいなのは見なかった? それをちょっと弄ってたらこうなってて、出口かなと思った場所に足を進めたらここに出たのよ」
「あ、じゃぁ、桃香といっしょですねー」
「桃香さん、【私】でしょ?」
「えー、先輩カタスギィ。ここはどう見ても会社じゃないですよぉ」
「それでもねぇ」
後輩の一人称の
よくわからない状況下でいつも通りの桃香に頭を抱えていると後方の茂みからガサガサと不穏な音がした。
――――えっ、これってまさか。……熊っ!?
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