火狩鎌世は踏み外す
「――よくも火狩の名に傷をつけたな。
そんな言葉とともに鎌世は火狩家を追い出された。
順風満帆な人生だったのだ。
名家の長男で才能に満ちた麒麟児。幼少の頃から誉めそやされ、望めばすべてを与えられた。
多少の悪いことをしても家の権力で揉み消され、金も女も何もかもが思いのままだ。
当然だった。
なぜなら自分は世界の中心だから。
努力などせずとも少しの鍛錬で実力が身につき、苦労も挫折もなくあっという間に強くなれる。
火狩家秘伝の術式を手に入れ、先人たちを簡単に追い抜きB級退魔師相当の座にまで登り詰めた。
本当に簡単だった。天に選ばれた才能だった。
火狩家は長らく十二神将を輩出していないが、鎌世ならば間違いないだろうと期待を一身に背負った。
実際、それに応えるほどの
白羽くくりとかいう女が十二神将に至ったと聞いたが、いずれその座から引きずり落として自分のモノにしてやるのだと鎌世は嗤っていた。
女などが上に立つなどあり得ない。
鎌世にとって女は弱者だ。
優れた力があるのであれば、退魔師ではなく母としてその力を子どもに渡せば良い。
鎌世は十二神将になるほどの女である白羽くくりをモノにして、次代の火狩家を強化してやろうと目論んだ。
驕り高ぶった女をぐちゃぐちゃにして、自分の子を産ませてやるのだ。
これほど気持ちのいいことはないだろう。
鎌世は増長しきっていたのだ。
「――クソ!! クソッ、クソクソクソクソ!! クソがァ!!! ふざけるなよ……ふざけるな、あのおっさん!!! 俺をコケにしやがって、すべてを台無しにしやがってッ!!!!」
怨嗟を吐く。
退魔師認定試験、不合格。
それは名家の長男として取り返しのつかないような失点。どうしようもない醜聞。
鎌世の順風満帆な人生はここに破壊されてしまった。
家を追い出され、火狩の名を名乗ることを禁止され、金も女もすべてが手元からなくなった。
悪いのは、あのおっさんだ。
名前を思い出すだけで忌々しい佐野雪村。
あのおっさんさえいなければ、身の程知らずにも自分に立ち塞がろうとしてこなければ。
雪村に突っかかったのは鎌世からだというのに、彼の都合の良いように現実は捻じ曲げられる。
自分は陥れられたのだと鎌世は怨嗟を吐き続ける。
理不尽な怒りを吐き出しその矛先を自分ではない何かにぶつける。そうしないと、順風満帆の人生から突き落とされた彼の精神は壊れてしまうのだ。
悪いのはすべて佐野雪村。
鎌世の中ではそれが絶対不変の真実であったのだ。
「殺す……殺す、殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
佐野雪村を殺す。
殺して、殺して殺して、殺し尽くす。
絶対だ。絶対、絶対的に殺す。
自分を陥れたすべての悪の元凶である佐野雪村。やつを殺すのは、鎌世にとって確定事項である。
そうでなければならない。
佐野雪村は、死をもって罰されるべき存在なのだ。
いや、ただ殺すだけでは生ぬるい。
親類縁者まで含めてすべてを殺し尽くし、その体をぐちゃぐちゃに引き裂き亡骸を路傍に晒し辱める。
そのくらいはするべきだ。否、しなければならない。
「あ? なんだテメェ」
「おいおい! どこのモンか知らねえが、俺らのアジトに乗り込んでくるなんて死にてぇみたいだな?」
「俺ら
「ナメた野郎が! お望み通り殺してやるよ!!」
「殺す……?」
鎌世の肩がぴくりと動く。
そこはとある暴走族のアジトであった。
家を追い出され、怨嗟を吐きながらフラフラと歩き回っていた鎌世はいつのまにかそこにいた。
周りを囲むのは金属バットや鉄パイプで武装した暴走族の集団。数は50ほどいるだろう。
彼らは今、何と言ったか。
あろうことか、殺すと言っただろうか。不遜にも、この鎌世に向かって殺すと。
違う。そうじゃない。
殺すべきは佐野雪村だ。殺すべきは――
「殺す、殺す殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――殺すのは、俺だ」
火が、吹き荒れた。
「!? な、なんだ火が!?」
「あ、熱い! 熱ちいいいいいい!!」
「し、死ぬ死ぬ死ぬ!! 燃えて、ああ、腕が!!」
「やめてくれ、やめてくれ、ぎゃあああああ!!!」
「か、体が燃え――」
「嫌だ嫌だ! 死にたくない死にたくな……」
気がつくと、そこには鎌世しかいなかった。
さっきまでいた50人ほどの暴走族の姿はなく、あるのは
「殺した、俺が。……フッ、殺した! 殺したッ!!」
人を殺すのは鎌世にとって初めてのこと。
しかし、後悔などは一切ない。あるのはえもしれぬ高揚感と、スカッとする胸の内と満足感だけ。
楽しい。楽しい楽しい楽しい。
これで殺した相手が、もしすべての元凶である佐野雪村であったなら。
そう考えるだけで、鎌世は絶頂してしまいそうだった。
誰もいなくなった暴走族のアジトで、鎌世は1人壊れたように笑い続ける。
彼はもう、取り返しようもなく狂っていた。
月明かりに隠れた2つの影がそこにあった。
「彼はいいね」
「醜悪で壊れた人間だ。だが、あのお方の依代としては悪くなさそうだ」
「火狩鎌世。火狩家の次期当主として有名な男だよ。間違いなく歴史に名を残せるほどの才能がある。ただ、努力の才能と相応しい人格はなかったらしいけどね」
「あの男の事情などどうでもいいことだ。依代として役割を果たせるのであればそれでいい」
「ま、そうだね」
壊れた鎌世の姿を見ながら会話する2人。
快活そうにニコニコと笑う金髪の少年と、体中に刺青の入った上半身裸の大男。
大男の額には、2つの角が生えていた。
「おい。くれぐれも裏切るなよ」
「ふふふ……こんな面白い計画。最後まで、しっかりと楽しませてもらうから安心していいよ」
「やはりお前はいけすかない。だけどまぁ、いい」
夜の闇に潜む2つの影が動き出そうとしていた。
「――すべては我らの王を迎えるためだ」
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