おっさん、弟子に指導する
俺は術式を持たず退魔術が使えない。
退魔師認定試験を行うまでの勉強期間中、この問題に対する解決策はいろいろと模索してきた。
そんな中で形となったものが1つある。
「――これが、霊力の固定化だ」
俺の手には一振りの刀が握られていた。
赤黒い光が凝縮するように形作られた、この世のものとは思えない刀だ。
「わぁ……! これが師匠の力なんですねっ!」
目を輝かせる苑珠。
外聞とか諸々の関係で旦那様とかいう呼び方はさすがに看過できなかったので、彼女の弟子入りを認めた代わりに呼び方は改めてもらった。
今日は正式に弟子となった苑珠への指導の日だ。
帰る家が無い彼女は、とりあえず当座の対処として白羽家屋敷の敷地内にある宿舎に住むことになった。
この宿舎は主に住み込みの使用人などが利用するものだ。
最初は未来の嫁なので、とか言って俺の家に転がり込もうとしてきたのを断固拒否した結果である。
実はあの後なんだかんだと小夜姫と苑珠の2人に押し切られて、彼女たちの例の提案を呑んでしまった。
だけどさすがに苑珠は20になるまでダメだ。
ここは厳守してもらう。その間に彼女の気持ちが変わるのであればそれでいい。
変わらなかったら……仕方ない、覚悟を決めよう。
「何度見ても不気味な色じゃの」
「だよな、俺だってそう思う。だが色の変更とかできないんだから仕方ないだろ。最初からこうだったんだ」
「ふむ、それがご主人さまの霊力の色ってことかの。カルマは白いのに霊力は真っ黒じゃ」
小夜姫の言葉に少し落ち込む。
「で、でもかっこいいですよっ! わたしも一時期こういう色が好きだった時期がありますからね!」
苑珠、フォローしようとしてくれるのは嬉しいがそれは多分フォローとは言えない。
厨二病扱いはやめてほしい。
「はぁ、色は関係ないから気にしないでくれ。実用的ならそれでいいんだよ」
俺はため息を吐いてから、手に持った赤黒い光でできた刀を無造作にぶんぶんと振るう。
自身の霊力から作られているからか手に馴染む。
「剣術はまだまだっぽいの」
「霊力をどうこうするのは得意だが……剣術なんて今まで一度もやったことないからなぁ」
これには理由がある。
異世界と言ったら剣と魔法、というのはアニメや漫画が好きならわりと普通の思考回路だと思う。
俺もそう。
異世界にいた頃に仲間の剣聖のやつに剣を教えてくれと頼み込んだことがあったのだが、すげなく断られたのだ。
ムカついた俺は意固地になって徒手空拳の戦闘にこだわるようになり、実戦の中で戦闘術を構築していった。
あの頃は若かったからな。
――じゃあいいわ! 剣なんていらね!
みたいな子どものような反発をしてしまったのだ。
懐かしい。
今度、くくりに剣術の先生を紹介してもらえるか頼んでみてもいいかもな。
「それにしても霊力の固定化とは。さすがはご主人さまじゃの。たとえ退魔術は使えずとも、これだけで大きな武器になると思うのじゃ」
「ああ。やっと退魔師らしくなれて嬉しい限りだよ」
これは、最近になって俺が編み出した霊力の固定化という技術で作った刀だ。
着想を得たのは戦闘時の俺が展開する魔力鎧――改めて、霊力鎧や最終奥義の全解放からだった。
俺は霊力鎧や全解放をすることで、霊力のみによる周囲への物理的な干渉を行うことができる。
霊力による物理的な干渉……実はこれは普通じゃないらしい。
他の退魔師では、例えどれほど霊力が大きくともこんな芸当はできないのだ。
霊力とはその名前の通り霊的なエネルギー。
物理的な干渉力を得るには、術式を通してその性質を変化させてやらなければならない。
しかし俺はなぜか、術式を用いずとも純粋な霊力だけで物理的干渉を行うことができるわけだ。
この事実を試験に向けた勉強の過程で知った俺は驚愕した。
おそらくこれは妖印の霊力を持つのが理由だ。
そして同時に、俺が術式の適性を持たず退魔術を扱えない理由の根幹なのだろう。
術式に過剰な負荷を与えてしまうらしい俺の霊力だが、物理的な干渉力があるならそりゃそうだと納得である。
で、そこで発想の転換をすることにした。
物理的な干渉力があるというのなら、むしろその性質を特化させて最大限利用してやるのだ。
その結果が、霊力の固定化というわけである。
ちなみに霊力の固定化というのは、霊力を高密度に凝縮することで具現化させている状態だ。
ぶっちゃけて言うとただの力押しなので、かなりの霊力を消費するのが難点である。
まぁ、霊力量は無駄に多いから問題ないんだが。
「ちなみに、こんなこともできるぞ」
俺は空中に板のように出現させた霊力へと飛び乗る。
同じものを次々と空中に出現させては、それに飛び乗っていくことで上空へ駆け上がっていった。
「師匠が空を歩いてますっ!」
「空中の霊力板を足場にしてるんだ。空を飛べるわけではないが、これなら空を歩くことができる。空中に留まることもできるし戦術の幅が広がるだろ」
これを使えば空中での複雑な立体起動だってできる。
ただし、一歩ごとに正確な位置に瞬時に霊力板を設置する必要があるので霊力操作がかなり難しい。
もっとも、俺は霊力操作に関してはだけは得意中の得意だから問題なかった。
霊力の固定化だって本質は霊力操作によるもの。
俺の手にかかれば自由自在だ。
「それでここからが本題なんだが、これと同じことを苑珠ならできるんじゃないかって思ってな」
「わ、わたしに……?」
「ああ。苑珠の退魔術は『障壁』だろ。形と強度をコントロールできるなら、やってることって俺の霊力の固定化と同じじゃないかってな」
「…………なるほど」
苑珠はハッとしたように呟く。
わざわざ苑珠にこの霊力の固定化という技術を披露したのは、彼女の退魔術にヒントを与えるためだ。
苑珠の持つ退魔術である『障壁』というのは、霊力の盾を出現させるものだ。
過程は違えども、出てくる結果は霊力の固定化ととても似てるのである。
だからできると思うんだよな。
「試しにやってみてくれ」
「は、はい……えい!」
苑珠が退魔術を発動させる。
すると空中に青白い板状の障壁が出現した。苑珠は意を決したように、その上へと飛び乗る。
障壁の強度は問題なく、壊れたりせずに乗っかった苑珠をしっかりと支えることができていた。
「すごいです! これなら――」
次々と障壁を出現させて空を歩く苑珠。
おっかなびっくりな感じで、慎重な歩みではあるが問題なく俺と同じことができている。
「すごいすごいっ! 師匠、すごいです! わたし、空を飛んでるみたいですっ!」
頭上から嬉しそうにぶんぶんと手を振る苑珠。
見上げる形になると彼女のスカートの中が危ないので、俺は微妙に視線を逸らした。
このままだと良くないな。
俺は苑珠に早く降りてくるよう指示を出した。
「霊力の固定化と違って、ちゃんとした術式によるものなら俺より楽にできるはずだ。霊力の消費もずっと少なく済むはず。あとは障壁の形状を変化させることができれば武器も作れるんだが……どうだ?」
「試してみますね――ううん……難しいかもです」
足場の作成がうまくいったなら、と障壁による武器の作成も試させてみるがどうもかなり難しそうだ。
まぁ簡単にはいかないよな。
空中に足場を作るのは、普通の障壁を出現させてそれを足場として使ってるだけだ。
武器への形状変化とは難易度が雲泥の差だろう。
「今は無理でも、退魔術は術式の鍛錬を積めばかなり応用が効くようになるらしいし努力あるのみだ」
「はいっ! がんばりますっ!」
やる気も元気もあって良いことだ。
苑珠は努力家だからきっと障壁の形状変化もいずれできるようになるだろう。
「えへへ、師匠とお揃い……」
苑珠は頬を緩ませて嬉しそうに笑う。
そんな感じで、新人退魔師のくせに弟子を取るという意味のわからんことをしている俺は、苑珠を指導していくのであった。
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