おっさん、まずいことになる
そこには緊張感があった。
くくりの前を辞した俺たちは、運動ができるような白羽家の広い庭へと3人でやってきていた。
俺、小夜姫、藤峰さん――改め、苑珠の3人だ。
緊張感の元は小夜姫。
ピリピリした雰囲気を存分に出しながら、苑珠を見やる小夜姫の姿は普段の無邪気な様子とはまるで違う。
苑珠はそんな小夜姫を気にしてか少したじろいでいる。
そんな中、苑珠は俺をまっすぐ見据えた。
「佐野さん。もうお気づきかと思いますが、佐野さんのことがわたしは――」
「待て。言うな」
意を決したように口を開く苑珠だったが、申し訳ないが俺はそれを遮らせてもらった。
俺は別に鈍感なわけではない。
ぶっちゃけ原因が不明だが、初対面のはずの苑珠がなぜか俺に特殊な感情を向けているのはわかってる。
だから、遮ったんだ。
その言葉を言わせるわけにはいかなかった。
…………だって犯罪になるし。ブタ箱は普通に困る。
「っ! わ、わたし。やっぱり、わたしは忌み子だから? わたしなんかが、幸せを見つけようなんて……こんな不気味な女が佐野さんとなんて」
「待て待て落ち着け。別にその辺に問題があるわけじゃない。さっきも言っただろ。苑珠は綺麗だ。俺は嘘を言ったつもりは一切ない」
ショックを受けた様子でネガティブ思考に走っていく苑珠を慌てて宥める。
「な、ならどうして、ですか?」
「いやシンプルに年齢的に。さすがにやばいだろ」
「そ、それは…………そうかもですけど。でも、わたしは何年でも待てます。一目惚れ、なんです。こんな気持ち、初めてなんです……諦めたくないんです」
泣きそうな顔で俯く苑珠。
一目惚れかぁ……いや、なんでやねん。こんなおっさん相手にそんなことにはならんでしょ。
「あのな、待てるって言ってもな」
「わたしは今年で18になります! 来年19、再来年で20ですっ! そうなれば問題ないはずです!」
その頃には俺は40を超えてるわけなんだが。
セーフなのだろうか。いやでも、やっぱ歳が離れすぎてると思う。
「待った! ご主人さまと結ばれるのはわらわじゃ!」
おっと、ここで小夜姫が参加してきた。
苑珠をキッと睨みながら、小夜姫は俺と苑珠の間に両手を広げて立ち塞がった。
にしても小夜姫が明確に口にしたのは初めてだな。
彼女の気持ちはわかっていた。
しかし直接それらしいことを聞いたことがなかった今までは、きっと気恥ずかしさがあったのだろう。
しばらくは主人と式神の関係で満足していたと思うし、俺としても今はこのままでいいと思ってた。
そこに苑珠が現れて、小夜姫が焦って踏み込んだ形だ。
まあでも、小夜姫は安心だ。
なにせ犯罪じゃないからな。見た目はともかく、実年齢では俺よりも歳上だ。
余裕でセーフ判定である。
「苑珠には悪いが、ご主人さまのことは譲れない!」
叫んでから、みるみる顔を赤くする小夜姫。
うん、ちょっと声が大きかったよな。
小夜姫はすぐに恥ずかしくなるくせに、やたらとアクセルを踏み込もうとする。
そして決まって後になって後悔するのだ。
契約した日のことを思い出す。
あのときは羞恥心で死にかけてたからな。今日はさすがにあそこまでじゃないだろうけど。
しかし、そんな小夜姫の叫びに苑珠はきょとんと首をかしげた。
「えっと……別にわたし、小夜姫ちゃんから佐野さんを奪い取ろうなんて考えてないですよ」
「む?」
「ん?」
その言葉に今度は俺と小夜姫が首をかしげる。
「小夜姫ちゃんが佐野さんのことを好きなのはわかってるし、佐野さんも小夜姫ちゃんのことを大切にしてるみたいだし……2人の仲を引き裂こうなんて、わたしはまったく考えてないんです」
「す、好きって……っわらわそのあの――じゃなくて! ど、どういうことじゃ。苑珠はご主人さまのことが好きだという話じゃないのか?」
「もちろん、好きですよ」
お、おう。言われてしまった。
さっきはわざわざ遮ったのに。反応に困るな。いやまぁ、一目惚れという言葉は聞いてたけどさ。
「えへへ、簡単な話ですよ。わたしも小夜姫ちゃんも、佐野さんのことが好き。それなら、みんなで一緒になればいいだけですよね。その方が幸せだと思うんです」
「いやあ、それはさすがに」
苑珠の言っていることを要約すると、つまり俺がハーレムを築くみたいな意味になってしまう。
2人でハーレム呼ばわりは大袈裟かもしれんが。
にしてもとんでもない発想の飛躍だ。
あいにくだが俺は生粋の日本人だ。たしかに異世界で6年暮らしたし、向こうではそういうのも普通だった。
しかしここは日本。
社会の倫理や常識や、俺の感覚と照らし合わせてもそれはさすがに……と俺は呆れてしまう。
――しかし、そう思っているのは俺だけだったらしい。
「ふむ。たしかにそれなら問題がないの」
「ゔぇえ゙ァ!? 小夜姫ァ!?」
やべ、動揺して変な声が出た。
「おい、問題しかないだろ!」
「む? まあ、今だと一夫多妻はかなり珍しいみたいだが……わらわの感覚としては別に」
そうだったこいつ平安時代の生まれじゃん!
時代的にハーレムなんて普通だよな。
そんな時代の価値観が根底があるなら、小夜姫は容認するよな。そりゃそうだ!
俺は頭を抱えた。
「むしろ苑珠からその提案があったことに驚いてるのじゃ。苑珠は現代人だから、てっきりご主人さまを独り占めしようとしてるのかと思っちゃって。まったく、苑珠がそのつもりなら最初から言って欲しいのじゃ!」
「わ、わたしなんかが佐野さんみたいな素敵な人を独り占めなんて、そんな大それたこと考えるわけないじゃないですか! バチがあたっちゃいますよっ!」
あたふたとする苑珠。
いやいや、苑珠の考え方はおかしいだろ。当たり前のようにハーレムを提案するとか。
まったく教えはどうなってんだ、教えは。
ああ、藤峰家では苑珠は疎まれ半ば放置されてきたんだったか。まともな情操教育をされてないんだ。
……いや、やっぱそれにしたっておかしいわ!
「実はわらわも、妖魔で式神の身である以上ご主人さまと結ばれるにあたって不便があると思ってたのじゃ。くくりあたりがご主人さまの人間の嫁になってくれたらと……うむ、苑珠がいてくれてちょうどよかったの!」
「えへへ、一緒に佐野さんを支えましょうねっ!」
「うむ! これからよろしくの!」
「いや勝手によろしくしようとするな! 頼むから俺の意思を確認してくれ!」
俺は慌てて声を張り上げた。
明らかにまずい流れになっている。いやこれはまずい。何がまずいって、とにかくまずいのだ。
「くふふ、ご主人さまの甲斐性に期待しておるぞ。まさかこれほど好意を寄せられて、ご主人さまほどの男が応えないわけがあるまいな。わらわも苑珠も、3人で一緒になることを容認しておるのじゃぞ?」
「えへへ、佐野さん――いえ、旦那さま。不束者ですが、改めてよろしくお願いしますねっ!」
とんでもない超展開に俺は呆然と立ち尽くす。
ふいに遠くから視線を感じてそちらを見ると、そこにいたのは一般通過くくりであった。
「こ、これは大変なことになったのだわ……」
開いた口が塞がらない。
なんて言葉で表せるような驚愕の表情を浮かべたくくりが、目を逸らしてそそくさと去っていく。
くくりェ! 目を逸らすな助けてくれ!!!!
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