おっさん、到着

 妖魔が現れるという現場に着くと、そこにはすでに何人かの人が集まっていた。


 立ち居振る舞いや感覚からして、戦闘ができそうなのは4人。白羽家麾下の退魔師だろう。

 全員が男で、退魔師という仕事柄かみんな鍛えられていてムキムキだ。

 加えて、顔に傷があったり禿頭だったりと迫力も満点。明らかにカタギではない見た目をしている。


 あと1人、和装の非戦闘員っぽい人がいる。

 たしか退魔師が4人と結界師が1人、今回の件で対応に向かっているという話をしていたよな。

 ということは、彼が結界師ということか。


「待たせたわね」


「お疲れ様です! お嬢!」


 車から白羽が降りると、その場にいる人たちが並んで一斉に頭を下げて声を揃え出迎えた。

 白羽の後ろからその光景を見た感想としては、どこのの一団かなと。


 というか、白羽はお嬢って呼ばれているみたいだな。

 俺もそう呼んだ方がいいのだろうか。これから彼女は俺の上司ってことになるわけで、態度も考えないとだ。

 白羽って苗字で呼んでたら、単純に他の白羽家の人と呼び分けることもできないし。


「結界師はあなたね。状況報告」


「はっ! 妖魔はすでにこの座標にて観測済みですが、現出のきざしは未だなし。『門』の準備はすでに完了しております」


 白羽が結界師の人に状況を尋ねると、彼は居住まいを正して淀みなく答える。


「ご苦労さま。そのまま頼むわね」


「了解です!」


 なんか、こうして慣れた様子で人の上に立って動く姿を見ると白羽ってすごいやつなんだなって実感が湧くな。


 思い込みが激しく誤解したり、人の話を聞かずに斬りかかってきたり……というのが出会いだったから、こんなちゃんとした姿を見るのは変な感じだ。

 初対面の印象って、大事。


 今この場にいるのも、これまでの会話を横で聞いてる限り白羽の思いつきによる行動っぽいし。

 この即断即決な行動力と勢いが白羽の性格なんだろうな。


「お嬢。そちらの方は?」


 退魔師の1人が、白羽に疑問をぶつけた。

 彼のその視線の先にいるのは俺だ。


「新入りよ」


「はじめまして、佐野雪村と申します。この歳で新人というのも気恥ずかしいですが、先輩方にはご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」


「すーっごく優秀な期待の新人なの。間違いなくすぐに退魔師として頭角を表すわ。佐野さんのことはしっかりと覚えておいた方がいいわよ」


 挨拶する流れだったので名乗る。

 すると白羽が期待してるなんて言葉を付け足したものだから、周囲の目の色が興味深そうに変わる。

 めっちゃプレッシャーかけてきたな。


 その後、その場の全員から名前と退魔師としての等級などを教えてもらった。

 5人分の名前を覚えるのが大変だが、なんとか覚える。


「今回の妖魔祓除は、あたしと佐野さんで行うわ。せっかく集まってもらったみんなには悪いけど、ここは譲らせてもらうから」


「お嬢、B級上位だという話ですぜ。お嬢と2人でとはいえ、新人の佐野にはちと荷が重いんじゃないですかい?」


 白羽の一方的な宣言に疑問を投げかけたのは、サングラスをかけた禿頭の大男。

 たしか源田定理げんだじょうりさん。

 42歳のB級退魔師で、仕立ての良いグレーのスーツ姿がヤクザにしか見えない御仁である。

 口調も何かそれっぽい。


 この中で俺よりも歳上なのは彼だけみたいなので、個人的には比較的接しやすそうだなと感じる。

 見た目は置いといて。


「問題ないわ。この人、退魔師としては新人だけどあたしと戦いが成立するくらい強いもの」


「なっ!?」


 白羽の言葉に、この場の全員が驚きの声を上げた。


「……まじですかい。こいつは驚いた」


「だから、心配は無用よ」


「申し訳ありません。疑問を挟んじまったこと、ご容赦を。佐野、実力を疑うような真似して悪かったな」


「いえ、心配していただいたみたいで。お気遣いありがとうございます」


 どうやら源田さんは、新人の俺がB級上位の妖魔と戦うということで心配して口を挟んでくれたらしい。

 そりゃ普通に考えて無茶だと思うよな。

 源田さんは強面な見た目に似合わず、気遣いができる面倒見が良い人みたいだ。


「さて、佐野さん。これから妖魔との戦闘になるわ。心の準備はできているかしら?」


 白羽が俺に問いかける。


「ああ、大丈夫だ。白羽――っと、俺も敬語とか使った方がいいよな。お嬢、って」


「別に、佐野さんはそのままでいいわよ。あたしはあなたのこと認めてるもの。あたしは立場ではなく、能力で見られたいし見たいのよ」


「実力主義か?」


「女だからって理由で譲られるのも否定されるのもナメられるのも嫌だし、白羽家の娘だからって理由で敬われても嫌なの。あたしは必死で努力してきて、ここまで強くなった。だから他人があたしを敬うなら、立場ではなくあたしの強さを敬うべきだわ。逆に、あたしはあたしで強い人には敬意を表するの」


 実力主義でかつ、反骨精神って感じか。


 陰陽師の世界はどうやら男社会らしいし。

 今この場にいる人が、白羽以外は全員男なのだからそれはたしかなことだ。


 そして女は体の構造的に、どうしても男に勝てない部分が存在する。筋肉量とか体格とかだな。戦いを生業とする退魔師にとって、言わずもがな重要なものだ。

 男社会の陰陽師の世界で、最強を示す称号を与えられるまでいったいどれほどの努力をしてきたか。


 加えて、白羽は名家の娘だ。

 裕福な暮らしの裏側で、厳しい教育や女としてのしがらみなんかもあるはずだ。

 彼女は今年で24歳だという話だが、この若さできっと今まで多くの苦い経験をしてきたのだろう。

 彼女の言葉には、実感が込められていた。


「だから、あたしが認める実力者の佐野さんはあたしを敬う態度を示したり、敬語を使ったりしなくていいわ。お嬢なんて呼び方も無しで――そうね、白羽だと家族と被るからくくりで良いわ」


「わかった。くくりって呼ぶな」


「…………な、なんかちょっと変な感じね。不公平だから、あたしも雪村って呼ぼうかしら。う、うーん」


 どうも落ち着かない様子の白羽――ではなく、くくり。

 そりゃ、14も歳上のおっさんを名前で呼ぶとかそっちの方が変な感じがするだろうよ。

 普通に佐野って呼べばいいじゃん。


 俺からしたら、歳の差的に姪とか親戚の娘を名前で呼ぶような感覚だろうか。

 少し違和感があるが、まぁ慣れるか。白羽呼びもお嬢呼びも無しなら名前で呼ぶしかないしな。


「こほん、話を戻すわね。雪村はこれから、あたしと一緒に妖魔と戦うわよ。ちょうど2体いるから、1体ずつ倒しましょうか」


「ああ、わかった。それで、妖魔はいつ出てくるんだ。このまま待ってればいいのか?」


「ううん、待ってればそのうち現出するけど、そうなる前に倒すのがベストよ」


「出てきてないやつをどうやって倒すんだよ。というかそもそも、出てくるとか出てこないとか……妖魔ってどこにいるんだ?」


 そういえば妖魔について詳しいことはまだ教わっていなかった。

 現出……という言葉からしてこの場に出てくるのはたしかなんだろうけど、それなら出てくる前はいったいどこにいるのかという話だ。

 見渡す限り、それらしい影は形もないんだが。


 そして、出てくる前に倒すのがベストとか。

 存在しない相手をどうやって倒せば良いのだろうか。


「妖魔は、基本的にこことは別の空間にいるのよ」


「別の空間?」


「ええ。似たようでいて、実際はまったくの別物。たしかにそこに同時に存在してるけれど、本来は観測も干渉もできない平行線の裏側の空間――異界」


 白羽は足で地面を軽く叩いた。


「妖魔は、ここの裏側にいるのよ」

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