おっさん、異界を知る
妖魔は異界と呼ばれる空間にいるらしい。
それはこの世界と同時並行に存在する別空間であり、観測も干渉もできない裏側の世界。
「――つまり、その異界ってところにいる妖魔を倒しにこっちから行こうってわけか。……待て、観測も干渉もできないってどうやって異界に行くんだ」
くくりの話を聞いて、当然の疑問を抱いた俺は質問を投げかける。
「異界には、からくりがあるのよ」
「からくり?」
「ええ。そもそも、異界というのは本来はこの日本に存在していなかったのよ。――始まりは妖魔との争いが絶えなかった平安時代、かつての陰陽師たちは争いを終わらせるために日本全国を覆う結界を構築したの」
「結界となると、結界師か」
「ううん、当時は陰陽師の区分なんてなかったわ。今みたいに特化したものではなくて、平安の陰陽師は退魔も結界も、占星術も他の術もまとめてすべて習得してたのよ。今の陰陽師のあり方は、ある意味分業化ね。さっき説明したわよね」
「昔の陰陽師の方がすごかったんだな」
「一概には言えないわ。一般に平和な時代と言われる平安時代は、陰陽師にとっては妖魔との戦争の時代だった。争いの中で陰陽師の技術も実力も高まっていて、伝説に語られるような陰陽師も出てきた。でも、技術は時代が流れることでも成長するものよ。当時の万能な陰陽師と、今の戦闘に特化した退魔師が正面から戦えば退魔師が勝つと思うし――っと、話がそれちゃったじゃない」
こほん、とくくりは咳払いをする。
「異界の話に戻すわ。日本全国に張られたこの結界を『
「
「あら、よく知ってるわね。平安時代の陰陽師によって構築された大結界には、妖魔との争いを終わらせるに相応しい機能があるの。それが、異界」
大結界と、異界か。
「大結界は、実は日本を守るための結界じゃないの。その本質は、妖魔を隔離し閉じ込めるための結界」
「……つまり、異界の正体は大結界なのか」
「そうよ。それは大結界によって再現された本物の日本の複製。雲の動きも建物の配置も風の流れもすべて同じ。ただ、生命の息吹だけが存在しない平行に隣り合う空箱の世界――それが、異界」
すごく、壮大な話だ。
「妖魔にはいくつかの発生のプロセスがあるんだけど、その中でも特に多いのが自然発生。人の様々なものに対する畏れによって妖魔が自然発生するんだけど、その発生先を平安の陰陽師は大結界によって自分たちが構築した異界へと移し替えた」
妖魔の自然発生は初耳だな。
つまり、人の畏れは大結界の機能で異界に集められて、そっちで妖魔が発生することになる。
だから現在の日本では妖魔が自然発生することはない、と。
「だけど、異界へと妖魔を完全に封じ込めることは叶わなかった。際限なく妖魔が増え続ければ大結界が持たなくなるし、時間が経つと妖魔たちは大結界を通り抜けてこっちにやってくる力を身につけ始めたの」
「そうか、そうなる前に異界の妖魔を祓除する必要があるのか。そしてそれが退魔師の仕事か」
「そういうこと。大結界の崩壊を防ぐためにできた組織が陰陽院よ。大結界の管理を担う結界師、異界での妖魔の発生と動向を予知する占星術師、異界へと乗り込んで妖魔を間引く役目を担うのが退魔師。これが、現代の陰陽師のあり方ね」
「なるほどなぁ……」
異界とは大結界によって再現された日本の複製。
大結界は平安時代の陰陽師が妖魔の自然発生を防ぐために構築したもの。
だけど大結界は完璧に妖魔を封じ込められるものではなく、異界の妖魔を間引く必要がある。
そのためにできたのが陰陽院であり、結界師、占星術師、退魔師による大結界の維持体制と。
簡単にまとめるとこうだな。
「上手いこと、よくできている話だ。大結界を作った昔の陰陽師ってマジですごいな」
「本当にね。ご先祖さまに感謝するのよ。……まぁ、その結果として日本は人間同士が争う時代に突入したわけだけど。ままならないわよね」
平安時代を終わりに導いた源平合戦と、それから江戸時代になるまで続いた戦乱の時代のことか。
そうか、そこに繋がってくるのか。
共通の外敵がいれば一致団結して、それがなければ内側で争い合うのはもはや人間の習性だからな。
人間を恐怖に陥れる妖魔がいなくなった結果、お互いに憎み合うんだから悲しい生き物である。
「おかげさまで異界についてはわかった。俺たちがここに来た理由が、異界からこっちにやってくると予知された妖魔の祓除のためだっていうのも。それで、結局のところどうやって異界に行くんだ?」
「そこは、結界師の出番よ」
そう言って、くくりは近くで待機していた結界師へと視線を向ける。
「『門』を開いて」
「はっ!」
くくりの指示を受けた結界師が少し離れた場所まで移動し、手を地面についてかがみ込む。
変化は、すぐに起こった。
「これは……」
結界師を中心に無数の光が地面に描かれていく。
それは広がっていき、やがて方陣のような幾何学模様を地面に刻み込んだ。
「――大結界を越えて異界に行く手段は1つ。結界師の手で大結界に意図的に小さな穴を開けて、異界へと渡るの。それを『門』と呼ぶ」
「大結界に穴を開けて良いのか?」
「人が数人通るだけの穴よ。日本全国を覆う大結界からしたら蚊に刺された程度。すぐに修復されるし、万が一がないように結界師も細心の注意を払って『門』を開くわ」
くくりの解説を聞いていると、作業に取り掛かっていた結界師が立ち上がってこちらへ向いた。
「開門、問題なく! いつでもいけます!」
「ご苦労さま! さ、雪村。準備はいいわね?」
「ああ。いつでもいける」
「結構。こっちよ」
くくりが先導して歩き、俺はその後に続く。
俺とくくりは結界師が作成した方陣――『門』の中央に立ち、その周りを退魔師の源田さんたちが囲む。
そして方陣の外には結界師だけが残った。
「飛ばしなさい!」
「はっ! では、お嬢、退魔師の皆様方。ご武運を!」
直後、目の前の景色が切り替わった。
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