おっさん、初仕事に向かう

「――異世界召喚、ね。それが一般人のはずのあなたが強い理由なのね」


「あまり驚いてないんだな」


 白羽に異世界召喚のことを話したわけだが、意外にも彼女はそれほど驚くことはなかった。


「いえ、驚いてるわ。だけど、あり得ない話ではないと思うもの」


「そうなのか?」


「あなただって、すんなりとこっちのことを信じて受け入れたでしょ? それと同じよ」


 たしかにそうだ。すごく納得した。


 俺は異世界召喚されたという経験があるから、退魔師とか妖魔とかファンタジーみたいな話をわりと簡単に受け入れることができた。

 だけど、その経験がなかったら『そんなバカな話あるか』という疑念が真っ先に来ていただろう。


 白羽にとっても同じだ。

 陰陽の世界に身を置く彼女は、他の一般人に比べて異世界召喚という荒唐無稽な話を信じやすいのだ。


「何にせよ、話してくれてありがと。佐野さんの異常性について理由がわかって良かったわ。まぁ、何もかもをすぐに信じるのは難しいけど、それはこれからのあなたを見てあたしが決めること。でしょ?」


「ああ、しっかり働くよ」


「うん、よろしい」


 俺の返事を聞いて、白羽は満足気に頷いた。


「退魔師としての正式な登録は陰陽院ですることになるから、それまでの間は試用期間みたいな感じね」


「陰陽院の登録の際、試験とかあるのか?」


「あるわ。実技は大丈夫だと思うけど、問題は筆記ね。こっちで教師を付けるから、なるべく多く屋敷に来て勉強なさい。試用期間中も白羽家から給料を出すから、アルバイトも辞めるのよ」


「わかった」


 さて、話はまとまったな。

 退魔師をやることになったのだが、これからどうなるのか不安はありつつ楽しみでもある。


 1週間前では想像もしていなかった現状だが、人生って何が起こるのかわからないな。


「白羽、小夜姫には会えるか?」


「ええ。さっそくだけど、これから式神契約をしちゃいましょうか。約束だものね」


 退魔師にならないかという誘いについての話が終われば、残るこの屋敷に来た目的は小夜姫のことだ。

 善は急げと、俺は小夜姫が軟禁されているという部屋へと白羽の案内で向かう。


 その道中、白羽の隣に急に人が現れた。

 全身が真っ黒な服装で、顔を隠した黒子のような人物だ。上から降ってくるみたいに出てきたな。

 忍者か?


「お取り込みのところ失礼します。陰陽院より通告。勢力圏内に妖魔現出予知、B級上位が2体です」


「へえ、なかなかの大物ね。対応は?」


「近場で待機中のすぐに動ける人員を向かわせております。B級が2人、C級が2人、結界師を1人」


「問題なさそうね。そのまま――」


 ふいに、ちらりと白羽が俺を見た。


「場所は?」


「平塚市です」


「あら、まあまあ近いじゃない。決めた。あたしが出るわ。すでに向かってる者には討伐ではなく、警戒と不測の事態が起きた場合の対応をお願い」


「僭越ながら、お嬢が出るまでもないかと」


「いいから。あたしが決めたのよ。そのようになさい」


「……御意」


 真っ黒な人物は白羽に深く礼をし、跳躍してその場から消えた。目で追いかけると、瓦屋根の上を軽快に走り去っていくところであった。

 やっぱり忍者かな。


「佐野さん、話は聞いてた?」


「ああ。妖魔が出たとか」


「そうよ。正確には出たのではなくて、これから出てくるという陰陽院の占星術師による予知だけどね。今回現れるB級上位は上から5番目に位置する強さの等級。大物ね」


「その等級ってどうなってんだ?」


「上からS級、A級、B級ときて1番下がG級。これは退魔師と妖魔どちらにも付けられていて、妖魔の場合はC級以上だとさらに上位と下位で分けられるわ」


 陰陽師は1000年以上も昔から日本にいたというが、そのくせアルファベットを使ってるのは違和感あるな。

 普通に1級とか2級とかではダメだったのだろうか。まぁ、なんか理由があるんだろうけど。


「全体的な退魔師の平均はD級よ。D級で一人前で、実力者と呼ばれるようになるのはC級から。妖魔の方はF級あたりが平均の等級ね」


「なら、退魔師の方が基本的には強いってことか」


「代わりに数が少ないからあまり余裕はないけどね。妖魔は無尽蔵に現れるけど、退魔師はそうはいかないのよ」


「なるほど。だから協力するんだな。細かい等級分けも実力不相応な妖魔と戦ってしまう事故を減らすため。基本方針は命大事にって感じか」


 人間って育つまで時間がかかりすぎるからな。

 なおのこと、退魔師なんて特殊な仕事は人員の確保がめちゃくちゃ大変だろう。


「ちなみに今回のB級上位だと、ちょうどあたしの式神のぬーちゃん同じね」


「それは強そうだな。白羽はどうなんだ?」


「あたしはS級。1番上よ」


 そう言って白羽はドヤ顔で胸を張った。


 十二神将が退魔師の上位12人に与えられる称号だとしたら、その序列十位である白羽はそのまま退魔師の中で10番目に強いということになる。

 納得のドヤ顔であった。


「さて、話はここまで。さっさと妖魔を祓除しに行くわよ」


「俺もか?」


「もちろん。ちょうどいいから佐野さんの初仕事といきましょう。あたしの見立てでは、あなたの実力は少なくともA級相当。楽な初陣よ」


「やっぱりそういう意図か。あと、別に初陣じゃないぞ。異世界じゃ戦いの毎日だったからな」


「あは、そうだったわね。じゃあ、ただの楽々ね」


 小夜姫と式神契約をするはずだったわけだが、そんなこんなで急遽予定変更だ。

 退魔師としての俺の初仕事とあいなった。


 小夜姫には申し訳ないけど……まぁ、軟禁されているというだけで衣食住はしっかりとした環境にいるらしいので、そのままもうちょっと待っててほしい。


 俺は白羽とともに、白羽家の使用人が運転する高級車に乗り込んだ。

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