おっさん、退魔師になる
小夜姫に白羽。
鬼やら退魔師やら、日本に存在していたファンタジーなやつらと予想外の出会いを果たした夜。
あれから日を改めて、俺は白羽に呼ばれて彼女の家へとやってきていた。
広い敷地を持った時代錯誤な武家屋敷だ。
白羽の家は、激動の戦国時代にとある退魔師一族の分家として始まったらしい。
その後江戸時代に大きく躍進し、今では陰陽師の中で知らない者はいない名家の一つとして数えられているとか。
同時期に生まれ、白羽家の歴史とともに歩んできたこの屋敷は築500年以上。
もはや重要文化財とか国宝ってレベルだな。
白羽くくりは、そんな白羽家の現当主の妹だという。
「――退魔師は主に妖魔との実戦を専門とした陰陽師よ。危険な仕事な分、陰陽院内での立場も確たる花形ね」
「妖魔ってのは、鬼である小夜姫や白羽の式神の大ダコみたいな存在のことを言うんだよな。某ドラゴンを倒すゲームとかで言うところの魔物みたいな」
「そうよ。ついでに言うと、鬼とか
「で、それを倒すのが退魔師の仕事。正確には
「占星術師と結界師ね。他にもあるけど、その2つに退魔師を加えた3つが主要なものよ。昔の陰陽師は区別なく様々な術を使っていたけど、今の陰陽師はそれぞれの役割に特化してるの。退魔師のあたしは結界術は初歩しか使えないし、占星術はからっきしね」
俺は白羽から陰陽師関連の説明を受けていた。
この屋敷に来た目的は、退魔師にならないかという白羽からの誘いについての詳細を話しあうこと。それと、鬼である小夜姫の今後の処遇についてだ。
だけどその前に、そのあたりの知識がまったくなければ話し合うも何もないわけで。
わざわざ白羽が勉強会を開いてくれて、今に至る。
「なるほど。おかげさまで、いろいろわかった」
「これである程度は教えられたかしら? まだ教えきれてないことはたくさんあるし、それはまたその都度ね。質問があるならいつでも受け付けるわ」
白羽から教わったのは主に退魔師についてのこと。
昔からこの日本には妖魔という存在がいて、そいつらは人に害を為してきた。
それを倒す人たちが陰陽師。
厳密には妖魔祓除を担当するのは退魔師という。
それに加えて、結界師と占星術師の2つと他の諸々の術師を加えたものを総称して陰陽師と呼ぶ。
で、退魔師を含む陰陽師が属するのが陰陽院という組織。この組織から発される任務をもとに、退魔師は妖魔祓除の仕事をこなす。
簡潔にまとめるとそんなところか。
「それで、俺を退魔師にって話だよな」
「ええ。あたしの部下としてね」
「退魔師に上下関係があるのか?」
「ないわよ。あるのは実力に付随した格付けだけ。退魔師――というより陰陽師は他の陰陽師と協力するのが普通だから、複数人で固まってその連携をやりやすくするの。白羽家を盟主とした勢力があるから、あなたにもその中に入ってっていう話よ」
「つまり、派閥みたいな?」
「そんな排他的なものじゃないわ。白羽家に限らず各地で盟主となる家とその勢力があって、お互いに協力しあうこともあるもの。そもそも、上が陰陽院なのはどこも同じだし。同じ地域の陰陽師同士で効率的かつ円滑に協力しやすいように、ってだけの話ね」
「なるほど。つまり、神奈川の陰陽師の代表が白羽家だから、その
「そうそう! そんな感じよ!」
話はわかった。
要するに陰陽院って会社の、白羽家という支部で働くみたいな感覚だろうか。
「こっちの方が、1人で活動するより楽よ。命がかかる仕事だもの。協力は大事でしょ?
「白羽家の勢力下に入れば、排除対象からは外れるってわけか」
「仲間だもの。当然ね。他の勢力や陰陽院からも庇ってあげられるわ」
この間話した、俺が極めて怪しい人物であるということについてだ。
今のままでは野放しにはできないが、この話を受ければ排除という選択をすぐに取ることはないと。
白羽は俺に配慮してか仲間という言葉を使ってくれたが、実際のところは鎖に繋ぐとか監視下に置くとか、そんな意味合いが強いだろうな。
「あなたが退魔師になって白羽家の麾下に入る。そうすればあの鬼の主人になることも許可するわ。どう? お互いに得がある素敵な提案でしょ?」
「よく言うよ。拒否権ないだろ」
「あら、心外だわ」
白羽はそう言って、にやりと笑う。
この話を断ったら、俺は討伐対象として狙われることになるかもしれない。
白羽1人だけならなんとかなるかもしれないが、十二神将というからには同格が他に11人いるはずだ。
いくら魔王を倒して異世界を救った俺でも、白羽級の敵が5人も襲ってきたらさすがに死ぬ。
そしたら、小夜姫も死ぬだろうな。
というか現在、小夜姫の身柄は白羽に預けている。白羽家の中で軟禁中らしい。
ひどいことはしないと確約してもらっているが、この話を断ったら真っ先に祓除されるのだろう。
人質ならぬ、鬼質だ。
「選択を強いているのは悪いと思うわ。でも、佐野さんにとってはデメリットが無い話よ。退魔師は命がけだけど、その分給料が良いの。薄給なアルバイト生活で、ずっとこのままというのは嫌でしょ?」
「よく調べているようで」
小夜姫や白羽と出会ったあの日からまだ1週間も経っていない。俺の身の上話もしたこともない。
それにも関わらず、俺の情報をばっちりと掴まれているらしい。
白羽家の情報収集能力。
これを示してきたということは、つまり俺が提案を断り逃亡生活に入ったとしてすぐに足取りは掴めるぞ、と暗に言っているようなものだ。
まったく、怖いな。
だけど、俺にとってデメリットが無いというのも事実。
このままアルバイト生活を続けるより、高給だという退魔師の仕事をした方が良いのはたしかだろう。
命の危険はある。
だけど俺は昔、異世界で魔物から人類が未来を勝ち取るための激しい生存戦争をくぐり抜けたのだ。
それと比べれば幾分かマシだろうし、良くも悪くも戦いに身を置く日々というのは慣れている。
考えるまでもない。答えは一択だ。
というか小夜姫を人質に取られている以上、そもそも答えなんて最初から決まってる。
「――なってやるよ。退魔師」
「その言葉が聞きたかったわ!」
白羽が表情を明るくさせ、笑みを浮かべる。
「それと、変に露悪的にならなくて良いぞ。俺の存在が怪しいということも、そっちの立場も重々承知だ。強いられたような結果だが、恨むつもりも根に持つ気もない」
「そ、そう? 露悪的だなんて、そんなつもりはなかったんだけどね。……まぁ、気を遣ってくれてありがと」
「いきなり勘違いで斬りかかられたことに比べれば、何でもないしな」
「うぐっ」
そんなわけで、俺は退魔師になることを決めた。
だけど話はこれだけでは終わらない。
小夜姫のことについてもそうだし…………今度は、向こうが俺から話を聞く番だ。
「――じゃあ、今度はあなたの番。佐野さん、どうしてあなたがあれだけの力を持っているのか。そのくせ、どうして退魔師のことも妖魔のことも何も知らなかったのか。詳しく教えてもらうわよ?」
「ああ。始まりは15年前のことだ――」
俺の身に何があったのか。なぜ今の力を身につけることになったのか。
そのすべて、荒唐無稽な異世界召喚の話を俺は白羽へと語り聞かせるのであった――
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