おっさん、勧誘される
「小夜姫? 何してんだ」
「――ハッ! わらわとしたことが!」
顔を真っ赤にした小夜姫が慌てて立ち上がる。
「ユ、ユキムラの霊力があまりにもすごすぎて……わらわ、本能的に……」
本能的にって、そうか犬だもんな。
鬼だったり犬だったり忙しいやつだ。まあ、我を取り戻してくれたようで何より。
というか、霊力か。
さっき白羽も霊力がどうこうって言ってたよな。たしか魔力全開放をした後に。
もしかして、霊力ってのは魔力のことか?
「まったく、調子が狂うわね。あんたよ、あんた。えっと、佐野さん? は人間だから良いとして、あんたは鬼でしょ。見逃す気はないわよ」
「あ、あわわわわ。ユ、ユキムラぁ……」
白羽がきっと睨みつけると、小夜姫は即座に俺の後ろへと隠れた。
たしか、百鬼がうんぬんとかすごい鬼だとか自慢してたはずだけど、こんな情けない感じでいいのだろうか。
「なあ、なんとかならないか? そっちも退魔師とかなんとかで事情があるんだろうけど、こいつは多分白羽が思うような悪い鬼じゃないぞ」
「む、何でそう思うのかしら。そいつ、鬼よ。人を騙し、人を食う。妖魔の中でも最も悪辣で強力な存在。それが鬼よ」
「え、人食ったりするの?」
「う、うーん」
思ったより嫌な鬼の習性を聞き、俺は思わず小夜姫に問いかけてしまった。
当の小夜姫はというと、微妙な声を発しながらぷいっとそっぽを向いた。これは、どんな反応なんだ。
左目の【業眼】を開く。
この目は小夜姫のことを相変わらず真っ白すぎる善性の存在であると主張する。
今まで、俺の【業眼】がその選別を間違えたことはない。だから小夜姫の性質が善良なのは絶対だ。
果たして、善良な存在が人を食うのか。
そんなわけないだろ。なんで否定せず誤魔化すようなそぶりをするのかわからないけど、小夜姫は人を食うどころか殺したこともないと思う。
「……小夜姫、ちゃんと否定した方がいいぞ」
「で、でも。わらわ、鬼じゃし」
「ほら! 今ちゃんと鬼って言ったわよ! 佐野さん、なんで鬼なんか庇うのかわからないけど、こいつはそんな庇う価値もないやつなのよ!」
どうしたもんかな。
俺の【業眼】を説明して小夜姫が善良だと証明できればいいんだけど、こんなの信じてもらえないよな。
「いや、でもさ。よく見てくれよ。こんな小さくて、小動物みたいな情けないやつが悪いやつに見えるか?」
「そ、それはたしかに……傲慢な鬼にしては戦意がまったく感じられないし、佐野さんに隠れてばっかりね」
「む!? 何を言っとるんじゃ! わらわは
「! 大首魁ですって!? あんた、酒呑童子の残党なのね!? やっぱりここで仕留めるべきだわ! 1000年を生きた鬼なんて、危険極まりないじゃない!」
やばい。白羽が完全に殺る気になってる。
小夜姫、なんでわざわざ火に油を注ぐような余計なことを言うんだ。せっかく庇ってやってるというのに、こいつは助かる気がないのか?
にしても酒呑童子ってマジかよ。俺でも知ってるビッグネームじゃん。小夜姫がその配下だったって……そんなの、危険だって思われて当たり前だわ。
というか酒呑童子って実在してたんだ。
「ふふん! 恐れよ退魔師! わらわは――もが」
「いや、悪い白羽。こいつそういうお年頃なんだ。ほら、よくあるやつだよ。具体的には中学2年生くらいの頃に」
「そ、そうなのね……それは何というか……」
余計なことを話そうとする小夜姫の口を塞ぎ、適当な言い訳を並べ立てる。
すると、白羽の鋭い視線が生暖かいものに変わった。
「言われてみれば、1000年を生きた割にはあまり強そうな感じには見えないし。酒呑童子討伐後、散り散りになった百鬼夜行は念入りに祓除されたって話だし。そうよね、こんなの嘘に決まってるわ」
「もがもが」
「助けてやるから、今は黙ってろ」
目を吊り上げて何かを言おうとする小夜姫に、小さく耳打ちする。
すると小夜姫は不承不承といった感じで落ち着いた。
「そんなわけで、こいつを討伐……祓除? とにかく、倒す必要はないと思うぞ」
「それは……ううん、でもやっぱり鬼だし。倒した方が世のため人のためでしょ」
うーん、白羽の意思は固いな。
最初の頃ほど強硬的な姿勢は感じられなくなったが、小夜姫を倒すべきという意見は変わらないようだ。
どうしようか。
「まぁ、どうしてもっていうならその鬼を見逃してやる条件はあるわよ」
「え?」
小夜姫をどう生かそうか、白羽をどう説得するか考えている俺に助け舟を出したのは、意外にも俺を困らせている白羽本人であった。
「佐野さん、はっきり言うけどあなたってものすごーく怪しいの」
「それは、まあ。そうだろうな」
「あたしの立場として、佐野さんをこのまま野放しにはできない。そこは理解してほしいの。聞きたいことは多いし、その答えをもらえないなら実力で排除するべき、という話になる。これはあたし個人ではなく、陰陽院の総意としてよ。そのくらい、あなたは異常な存在なの」
言われた言葉に俺は納得してしまう。
だって白羽からしたら、退魔師の中でもかなり上位に位置する自分と戦える正体不明の一般人だ。
どこで力を身につけたのか、何で今まで退魔師の業界の中で認知されていなかったのか。
怪しいよな。どう考えても。
俺からしたら強さを身につけたちゃんとした理由はあるし、この力を日本で派手に使ったことがないから認知もされていなかっただけだとはっきりわかる。
だけど怪しまれることについては、当然だと思う。
協力もコントロールもできないなら、いっそ殺してしまえって考えになるのも理解できる。
過激だとは思うけど。
「話はわかった。だが、それと小夜姫に何か関係があるのか?」
「ええ。順を追って話すわ」
そう言うと、白羽は近くで倒れている大ダコの元へと歩き寄っていく。
「ほら、いつまで寝てるの。起きなさい」
『ぷ、ぷきゅるる』
白羽が呼びかけると、のそりと起き上がる大ダコ。
みるみるサイズが小さくなっていって、馬くらいの大きさになると触手をうねらせて白羽に纏わりつく。
「ちょっと、くすぐったいわ。ぬーちゃん、やめなさい。遊ぶのは後よ」
どうやら大ダコの名前はぬーちゃんというらしい。
いや、別にどうでもいいんだけど。
ぬーちゃんに纏わりつかれた白羽は、体中が粘液でぬるぬるになってるけど気にしていない。
服とか高そうな着物なのに……というか、服の中に触手が入っていってるような。いいのだろうか。
「あわわ、触手が……あんなところに」
顔を真っ赤にして白羽を見る小夜姫の目をふさぐ。
見てはいけません。
「ふう、まったく。佐野さん、この子はあたしの式神よ」
「式神?」
「ええ、式神は陰陽師や退魔師が屈服させ、従属契約を施した妖魔のことを言うの。式神は基本的に主人の命令には絶対服従。つまり、主人次第だけど式神化させた妖魔は無害になるのよ」
「……そうか。要するに、小夜姫が式神になれば安全が担保されるから見逃すことができるって話か」
「ええ。話が早いわね」
白羽は頷いて、俺の言葉を肯定する。
「なるほど。さっきの話も合わせると、小夜姫を式神にすれば見逃してもいい。だが、俺は式神の主人になるには信用が足りないから任せられない。代わりに他の誰かが、小夜姫の主人になればいいってわけだな」
わざわざ俺が怪しいという話をした意味はそこだろう。
主人に絶対服従の式神は無害な存在。だけど、それはあくまでも式神の主人が善良な場合の話。
悪人が主人となった場合、無害どころか逆に式神を利用した犯罪などを行う可能性があるわけだ。
そして、怪しい存在である俺に信用はない。
悪人であるとは断定できないが、善人であるとも確信は持てない。ゆえに、式神の主人として不適格。
だから、式神となった小夜姫の主人として信用できる代わりの人を探せ、と。
そういう話なのだろう。
「……話が早いのは良いことだけど、少し違うわ。その鬼との式神契約は、あなたがするの」
「え、俺が? 自分で言うのも何だが、白羽が言ってた通りめちゃくちゃ怪しいやつだぞ。俺って」
「そうね。でも、それはあたしがまだあなたのことを何も知らないからよ。そしてそれは逆もしかり、でしょ? 佐野さん、その鬼を助けたいならあなたにひとつ提案があるわ。お互いに得がある、とっても素敵な提案よ」
白羽はにやりと笑みを浮かべて言い放つ。
「――あなた、あたしの下で退魔師になりなさい」
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