おっさん、誤解が解ける

 吹きつける風に、俺は体勢を大きく崩してしまう。


「どきなさい!」


「ぐっ」


 白羽にかけていた拘束が緩む。

 それを見逃さず、彼女は俺をつき飛ばし拘束から脱した。


「今のは……」


 思わず体勢を崩してしまうほどの突然の暴風。

 白羽にとってこんなタイミングのいいことなんてないだろうし、まず間違いなく白羽が何かやったのだろう。


「魔法か?」


 こんな現象を人為的に起こせるのは、俺の知る限りでは魔法しかありえない。

 俺の知る魔法は異世界の代物だが、今日だけで怒涛のようにファンタジー事態に遭遇しているんだから、この現実の日本で魔法があってももはや不思議ではない。


 だけど、魔法にしてはおかしい。


「発動が早すぎる」


 魔法っていうのは複雑な手順がいる。

 術式の構築だったり詠唱だったり……まぁ、魔法使いではなかった俺には詳しいことはわからない。

 ともかく、あれは強力な力だけど今みたいに瞬時に使えるものではなかったはずだ。


 だからこそ、異世界では詠唱中無防備になる魔法使いを守るために前衛がいたりした。

 そうやって人は役割分担をし、パーティを組んで魔物と戦うんだ。


 今の暴風が白羽の魔法なら、彼女はますますとんでもない存在だ。

 剣聖に次ぐ剣術を使い、さらに瞬時に魔法を発動するという他の誰よりも優れた魔法使いの能力を持つわけで。

 そんなのあまりにもずるいだろ。ありえん。


「これが、十二神将の退魔術か。さすがじゃな」


「退魔術?」


 小夜姫がこぼした聞き慣れない言葉。

 今の暴風は魔法ではなく、白羽の退魔術という力によるものらしい。

 なんだそれは。解説が欲しい。


 しかし、俺の疑問なんて白羽は待ってくれない。

 ――彼女を中心に風が渦巻く。


「本当はあんたなんかに使うつもりはなかったけど、仕方ないわ! こうなった以上、完膚なきまでに叩き潰してやるんだから!」


 白羽が手をかざす。


「!?」


 瞬間、何かが俺の首を切り裂いた。傷は浅く、致命傷には程遠い。

 しかし今の攻撃、何も見えなかった。


「やっぱり、硬いわね。でも、問題ないわ。一度でダメなら100回、1000回。あたしの風が、あなたを何度でも切り刻む!」


「くっ……!」


 それは、見えない斬撃のようだった。

 どこを狙われているのかわからず、いつ来るのかもわからない。ただ、次々と放たれる斬撃が俺の体へと無数の傷を刻んでいく。


 白羽は、風が切り刻むって言ったよな。

 となるとこれは風の斬撃ってことか。これも白羽の退魔術とかいう力なのだろう。

 本当にめちゃくちゃだ。

 俺の魔力鎧の上からダメージを通せる攻撃が、こんな簡単に連打されるとか冗談じゃない。


 もし俺が魔力鎧を使えず、身体強化だけの状態であったらすでに全身がみぎん切りにされているだろう。


「ほんっとうにしぶといわね。妖術も使ってこないし、身体能力と頑丈さがウリの鬼なのかしら」


「だ、からっ! 鬼、じゃねえ、って……!!」


 一方的にやられるまずい状況だ。

 だけど、このくらいなら一応は問題ない。たしかに傷は付くけど、魔力鎧のおかげで致命傷になるほどの攻撃力はこの風の斬撃にはないみたいだし。

 魔力で身体能力を強化した俺の体は、治癒力も向上しているから傷もすぐ治る。

 だからこのまま負けるってことはない。


 ただ、俺もいい加減ムカついてきた。

 そもそも、小夜姫は鬼かもしれないが、白羽が悪様に言うような悪いやつではない。

 むしろ【業眼】で見たところ小夜姫は極善と言えるほど真っ白だけど、白羽は善でも悪でもない灰色。


 この灰色というのは、普通の色だ。

 人並み程度に善良で、やりすぎない程度に悪心がある。そんな、普通の人間が持つカルマの色。

 人の善悪が見れる俺からしたら、白羽よりもよっぽど小夜姫の方が良いやつだとわかっているのだ。

 それなのに鬼であるというレッテルから悪者扱いされるなんて、あまりにも可哀想だろ。


 それに、俺は鬼じゃない。

 何度もそう言ってるのに白羽は聞く耳を持たずに決めつけて、好き放題攻撃してくれている。

 俺は自分で言うのもなんだが、小夜姫ほど善良じゃない。だからこの理不尽な状況に普通にムカついてきたぞ。


 決めた。本気出す。

 一度本気でぶん殴ってから、白羽を話の席に無理矢理つかせて誤解を解いて解決する。

 それしかない。


 ――全身の魔力を全力で解放する。


「……っ!!?! な、何よこの力!!?」


 白羽が驚愕をあらわにする。


 実は俺は、魔力がありえないほどに多い。

 俺は残念なことに魔法の才能が一切なく、魔法を使うことはできなかったのだが、魔力量だけは異世界で他の誰にも負けなかった。


 本来であれば物理的な影響力を持たない魔力だが、これだけの魔力量になると話が変わる。

 周囲に発散するだけで物理的な影響力を与えることができるのだ。白羽の風の斬撃が、俺の膨大な魔力によってかき消されていく。


 ――全解放。

 この状態の俺は身体能力が爆発的に強化され、魔力鎧を遥かに超える強度の超密度の魔力の層を身に纏う。

 魔力消費が激しすぎて膨大な魔力を持つ俺でも長続きはしないが、これは俺のとっておき。

 魔王だってボコボコに殴り倒してみせた無敵モードだ。


「――さぁ、ここがお前の墓場だ」


 とか言ってみちゃう。38歳のおじさんなのに。

 ちなみにこれは、俺が異世界でこの無敵モードを発動したときに言ってた決めゼリフである。

 若かった当時はこれが最高にかっこいいと思っていた。


 今考えると、とても痛々しい。

 普通に黒歴史である。

 でも言っちゃう。テンションがぶち上がってきたので。


 久しぶりの全力解放は、酔いしれるような全能感が体を満たしていく。清々しく、気分が良い。

 今なら俺はなんでもできる気がする。


 ――ぶっ飛ばしてやるぜ。

 そんな風にやる気満々になっていたところだが……しかし、なぜか白羽が戸惑ったように俺を見ていた。


「これ、妖力じゃない。霊力だ。こんな莫大な霊力、初めて見たわ。意味わからない。あり得ないでしょこんなの……って、そうじゃなくて。霊力ってことは……え、こいつ人間なの?」


「何ぶつぶつ言ってんだ?」


 ふと、白羽の周りを包む風が止む。

 どういうことだ。あれは、白羽の退魔術とかいうものだったはず。なんで止めた?

 何を狙ってるんだ。罠だろうか。しかし、罠にしてはあからさますぎるようにも感じる。


 まぁいいか。

 仮に罠だとしても関係ない。それもまとめてぶっ飛ばしてしまえばいいだけだ。

 よし、やるぞ!


 俺は白羽を倒すために足に力を込め――


「ま、待って! 待ちなさい!!」


 ――ようとして、踏みとどまる。

 突然、白羽が俺に待ったをかけてきた。どこか焦ったような顔をして、必死に声をかけてくる。


 気づけば、ついさっきまで感じていた白羽の強烈な殺気が霧散している。

 もしかして戦意喪失したのか。なぜだ。

 

「ねえ、あんた。も、もしかして人間なの?」


「は? 何言ってんだ。最初から俺は人間だって言ってるだろ」


「そ、そうよね。そうかも……」


 なんだいきなり、この質問は。

 まさか俺が鬼だとかいう誤解が解けたのだろうか。だけど、あまりにも急すぎる。

 さっきまでは俺の話を聞く耳持たず、鬼だと断定してめちゃくちゃ攻撃してきてたのに。

 急に誤解が解けるとかおかしいだろ。


 しかし、白羽の質問の意図を考えると、俺のことをちゃんと人間だと認識したかのように感じる。

 いや、誤解が解けたのならそれはいいんだけど。俺のこの無敵モードと、年甲斐もなく上がりまくったテンションのやり場はどうすればいいんだ。


 これ、戦いが終わる流れってことでいいんだよな?


「ごめんなさい! あたし、あなたのこと鬼だって完全に勘違いしちゃってたわ! この通り、勘違いで攻撃して悪かったわ!」


「え、いや……まあ」


 がばりと頭を下げる白羽。

 戦意はもはや完全になく、すごく申し訳なさそうな雰囲気が伝わってくる。


 うん、謝ってくれるのは良いんだけど。

 ちゃんと謝罪ができるのは偉いと思うよ。猪突猛進で人の話を聞かないところは直した方が良いと思うけどさ。


 俺は魔力全開放を解く。

 事態の急変に釈然としない俺であったが、戦意のない相手に対してこっちだけ臨戦体制を維持し続けるのは無駄だ。

 謝る相手を攻撃する趣味もない。


 本当に、釈然としないけどな!

 誤解が解けた理由がマジでわからん!


「け、怪我もしてるわよね。特に刺しちゃった腕とか……あたしが、責任持ってあなたの怪我は治すから」


「ああ、怪我はもう治った」


「え!?」


「俺は、怪我の治りがめちゃくちゃ速いんだ」


 魔力で身体能力を強化する際、自然治癒力も高まるのだ。俺の鍛え上げられた魔力操作とそれによる身体強化の賜物で、傷が癒えるのはかなり速い。

 ちょっとした切傷なんかすぐ治るし、刀が貫通してできた傷も痕が綺麗だったので問題なくくっついた。


 なので、白羽の心配は無用である。


「何はともあれ……言いたいことはいろいろあるが、誤解が解けたのなら何よりだ」


「ええ、本当に悪かったわ。……それはそれで、十二神将のあたしと戦えるような人間が、なんで今まで発覚しないままこんなところにいるのかって疑問ができるけど」


 訝しげな目で見られるけど、そこに関しては俺だって聞きたいことが山ほどある。

 鬼とか退魔師とか諸々……その辺りについて、俺はまだ一切説明を受けてないのだ。マジで謎ばかり。

 いつから日本はファンタジーになってたんだろう。


「ま、あなたに関しては今はいいとして問題は――待って、何してるの?」


 白羽の視線が俺の背後へと向けられる。

 そうだった。俺に関しての誤解は解けたけど、小夜姫に関してはまだ狙われているままだ。

 なんとか、こっちの誤解も解かないと。


 ……しかし、俺の背後の小夜姫へと視線を向けた白羽の反応が妙である。

 理解できないものを見たときの困惑した顔。

 俺も遅れて振り返ると、そこには意味不明な光景が広がっていたのだ。


「くぅ〜ん」


 小夜姫がなぜか仰向けに転がっている。

 服を自らまくって、お腹を見せるようにして転がっていた。

 もちろん、服装的にお腹どころかパンツ丸出し。


 なんか変な鳴き声も出してるし。


 …………何してんだ、こいつ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る