おっさん、戦う
むふー、と満足気な小夜姫。
彼女が悪ぶりたい年頃のものすごい善人な鬼であるということがわかったところで、俺はもう一つ気になっていたことを彼女に尋ねる。
「小夜姫、こいつはなんなんだ?」
「って、そうじゃった! お話ししてる場合じゃない、やつが! やつが来るのじゃ!!」
「やつ?」
隣でノビている大ダコを指さして、これはなんだと小夜姫に尋ねると、彼女はあわわと慌てだす。
やつが来る……って、どういうことだ。
しかし俺の疑問に答えたのは小夜姫ではなく。
その女は、現れた。
「――見つけたわよ、鬼!」
「わわわ、き、来ちゃった……」
青い顔をした小夜姫がひょいっと俺の背に隠れる。
それを見た女が、キッと俺を睨む。
「何よ、あんた。その鬼の仲間?」
その女は、これまた奇っ怪な女であった。
ひとつにまとめられた長い黒髪、気の強そうな釣り上がった目は茶色。
何より変なのが、その服装。
上は
大正時代の女学生のような服装で、頭には制帽を被っていた。そして腰には物騒な刀。
今の時代、こんな服装の人なんて京都くらいでしか見れないんじゃないかな。ここは神奈川なんだけど。
コスプレイヤーかな?
「えーっと、別に仲間ってわけじゃないが……そっちは何者なんだ? 口ぶりからして、小夜姫を追いかけていたみたいだけど」
「! その鬼の名を知っているのね。とぼけたやつめ。鬼が自身の真名を呼ばせるなんて…………人間にしか見えないけど、やっぱりあんたは鬼の一味か!」
「え……え?」
女は鋭く俺を睨みつけ、なんと腰の刀を引き抜いた。
そしてその切先をまっすぐこちらに突きつける。
本物だ。銃刀法違反なんてものがない異世界で、数多の武器を見て触れてきた俺の感覚が言っている。
あの刀は模造刀などではなく本物だ。
ただしここは銃刀法違反のある日本なんだけど。
ついでに向けられている俺は、無辜の一般市民で彼女から恨みを買った記憶もないんだけど。
「――十二神将、序列十位。
「じゅ、十二神将じゃと!?」
「え、何。知ってるのか、小夜姫」
女――白羽の言葉に対して、小夜姫が驚愕する。
十二神将の序列十位。なんとなくすごそうだけど、それはいったいどういうあれなんだ。
「……十二神将は、国内に存在する退魔師の上位12人に与えられる称号じゃ。1人1人が埒外の力を持っており、あらゆる妖魔を
怯えた様子でぷるぷると震える小夜姫。
鬼、妖魔、退魔師、陰陽院、十二神将。
ずらりと並べられた言葉に対する理解も説明も追いつかないけど、とりあえず目の前の白羽くくりという人間が色々とすごいということだけはわかった。
鬼、とは言っても小夜姫は悪事はしていないはず。
本人は悪ぶってるけど、俺の目は誤魔化せない。それなのに、鬼だからという理由でこうして狙われてしまっているのはなんとも可哀想な話だ。
小夜姫は鬼だけど、意思の疎通ができない魔物のような存在ではないのだ。
一方的に悪と断罪するのはおかしい。
「見過ごせないよな」
それに、どうやら俺も勘違いでターゲットになっているみたいだし。
俺は背中に小夜姫を庇い、一歩前に出た。
別に戦いたいわけではない。
できれば誤解を解いて穏便に済ましたいところだが、向こうが殺気立っているので難しい。
かと言って無抵抗で殺されるつもりはないわけで。
「生意気。抵抗するのね。あんたたちなんか、おとなしく首を差し出して死んでしまいなさい!」
「っ!」
斬りかかってきた白羽の攻撃を、すんでのところで躱わす。
めちゃくちゃ早い。
一瞬で理解した。15年も実戦を離れてる俺にとって、どうにも一筋縄ではいかない相手らしい。
「ふん、やるわね。さすが、鬼と言ったところかしら」
「鬼じゃねえよ。人間だ」
「人を騙すのは鬼のお得意なことでしょう! あたしは、そんな言葉に騙されないわよ!」
やべえ、この女話が通じねえ。
完全に頭に血が昇っていて、俺が何を言ったところで誤解を解くのは無理な気がする。
しかし、本当に強い。
動きに隙がなく、剣技に迷いはなく。俺はひたすら防戦一方で攻撃を避け続けるしかできない。
「ちっ! 見た目に似合わず速いのね!」
「ギリギリだっての!」
身体能力を魔力で強化して、白羽の攻撃を避けていく。
本格的な実戦は15年ぶり。
だけど、昔取った杵柄というのは実際あるようで、俺は次第に体が戦いに慣れていく感覚を覚えていた。
魔力操作がみるみる内に洗練されていき、それに伴い身体強化の練度や身のこなしも上がっていく。
「! こいつ、動きが良くなって……!」
「そろそろ話を聞いてくれないか?」
「誰が鬼なんかと!」
白羽の攻勢がより一層激しくなっていく。
そのくせ、雑な剣など一太刀もなく。
型もないような柔軟な動きでありながら、すべての攻撃が迷いなく俺の命を刈り取らんと致命を狙う。
「――そこっ!」
「っ!」
回避が甘くなったところに、隙を逃さず突き込まれる白羽の刀。俺は仕方なく腕で防御せざるを得ない。
俺の腕が薄皮一枚斬り裂かれ血が滲む。
「浅いけど、やっと当たったわ! ざまあみなさい!!」
「マジか……」
俺は自分に傷が付けられたことに驚愕して、思わず呟いてしまう。
いや、本当にすごい。
今の俺は魔力による身体強化に加えて、さらに魔力を薄い膜として鎧のように体に纏わせることで、頑強な守りを作り出している状態だ。
この魔力鎧を使っている俺に傷を負わせられる相手なんて、異世界にもそんなにいなかった。
それにも関わらず、白羽の刀は守りの上からあっさりと俺に傷を付けて見せたのだ。
剣技だってものすごい。
異世界で共に魔王を倒した仲間の中に、大陸一の剣聖とうたわれているやつがいた。
白羽の剣は、俺が知る中でその剣聖の次に来るぐらいに極まった技の冴えだ。
大ダコに小夜姫。
どちらも異世界基準でかなりの力を感じるやつらだし、極め付けはこの女。もしかして、異世界よりも日本の方がよっぽど魔境だったりしない?
まさか日本にこんなファンタジーなやつらがいたとは。
予想もしてなかったわ。
「…………これが十二神将か。やばいな」
「わらわからしたら、かの十二神将と互角にやりあえてるユキムラも意味わからんくらいやばいのじゃけど。え、よく考えたら何者なんじゃ……?」
思わず呟いた言葉に、背後の小夜姫がなんか言ってる。
しかしこのままだとジリ貧だな。
そろそろ昔の感覚が多少は戻ってきたところだし、ここらでこっちからも攻勢に転じたいんだが。
いかんせん隙がない。
当然の話だが、武器を持った相手に素手は不利だ。
刀のような刃物が相手の場合は、まず防御するという選択肢を取ることができない。刀の攻撃を素手で防御しても、斬られるだけだからだ。
俺の場合は魔力鎧で防御できるが、どうやら白羽はこの防御の上から攻撃を通してくる模様。
なのでやっぱり、防御は悪手となる。
となると対応は限られる。
相手の攻撃を防御できない以上、俺がやっているようになんとか避けるしかない。
攻撃するにしても、間合い的にどうあがいても素手では不利。武器が取り回しづらいような超至近距離まで詰めることができればいいんだが、その隙は見当たらない。
これは……少しの痛みは覚悟しないとだな。
「おおおお!!」
俺を切り刻まんとする剣戟の嵐。
今までは回避に徹していた俺だったが、ここであえて前へと踏み込んだ。
迫る白羽の刀。だけど、これでいい。
「なっ!?」
「っ
驚愕の表情を浮かべる白羽。
彼女の刀が、踏み込んだ俺の腕へと深々と突き刺さる。ひっさしぶりに感じるような激痛。
だけどこのくらい、15年前には慣れてるんだよ!
「もう、刀は使えねえな!!」
「ちっ!」
突き刺さった刀を筋肉と魔力鎧で固定する。
これなら引き抜くことはできないだろ。
しかし、白羽の判断は早かった。抜けないと見るや、即座に刀から手を離して距離を取ろうとする。
「逃すかよ!!!」
「うぐ!?」
距離を取られる前に白羽の襟首を掴んで、地面に引き倒す。
仰向けに倒れた白羽を上から押さえつけ、動けないように拘束した俺は腕に突き刺さった刀を抜く。
そしてその刀の切先を、そのまま白羽の首元へ添えた。
「俺の勝ちでいいよな? 少しでも動けば、殺す」
めちゃくちゃに俺を睨む白羽。
だが、その動きは完全に止まった。こっから逆転はさすがにないだろうし、あとはゆっくり話をして誤解を――
「――ナメんじゃ、ないわよっ!!!!」
突如として、暴風が俺を叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます