第22話 山賀明彦

「よく来てくれたね」


 受付で山賀明彦の名前を言うとすぐに教授室に通してくれた。部屋はニ畳半ほどの小さな部屋で、山賀は一番奥の椅子に座っていた。


「君もかけたまえ」


「失礼します!!」


 俺は一礼をすると来客用の机を挟んだ山賀の前の席に座った。


「コーヒーはどうかな。もっとも男の入れるコーヒーだ。美味しいかは保証しかねるけどね」


「いえ、気を遣わないでください」


「ふむ! まあ、コーヒーの味は保証するからさ」


 山賀はそう言うと俺と自分のところにコーヒーを置き椅子に座り直した。


「希さんのことだね」


「はい。単刀直入に聞きます! 希は人工心臓で助かるのでしょうか!?」


「これを見てくれたまえ……」

 

 山賀はテーブルに置かれたタブレットを俺の前に置いた。そこには極秘開発プロジェクトと書かれた画面が表示されていた。


 俺はその開発時期を見てびっくりする。記載されていたプロジェクトの開始時期は今から10年も前だった。


「確かプロジェクトが発足したのは、今年だったはず……」


「うむ、日本では検査とかが厳しくてね。表向きは今から開発するとしないと、辻褄が合わなくなるんだ」


 そう言えばこのネットの内容は日本のものではない。日本語で翻訳されたものらしく、一部誤植があった。


「これはどこのものですか?」


「これは内密で頼むよ。あまり公にはできない情報なのだ。いいかね」


 俺は昨日見たネットの書き込みが頭を過ぎる。


 |Akihiko Yamaga ni muuaji《山賀明彦は人殺しだ》


 だが、形だけでも納得しないと、話はここで終わってしまう。話を繋げなくてはならない。


「……分かりました」


 喉に渇きを感じた。スワヒリ語で書かれた文字が渦を巻くようにぐるぐると目の前を回っているような気がする。


「これはね。アフリカで行われた基礎研究なのだ。もっとも基礎研究と言ったって、驚くべき実績を上げている」


 アフリカと言う言葉が俺に確信させた。やはり、山賀はアフリカで実験をしていた。


「これはね。素晴らしい技術なんだよ! システム的にはね。AIにより右心室と左心室の同期を調整しているんだ。万が一誤差が出ても、瞬時にそれを計測して左右の同期を取る。拓也くんこれは素晴らしい発明だよ!!」


「もし、動物実験で成功したとしたとしたって、人に使えるわけは……」


「その面でも大丈夫だよ」


 そう言ってから、山賀は小声でこう付け加えた。


「これはね、君を信用して言ってるんだ。もし、他人に漏らす事があれば……」


 君は長くは生きられないだろうね。


 その言葉が山賀から発せられたと気づいた時、俺は震えていることに気づいた。冷や汗をかいているのが分かる。


「君が希さんを助けたいのであれば、この先の話を聞くことだ。ここから先は極秘中の極秘事項だ。この大学でも知るものはわたしと昨日会ってもらった教授だけだ」


「人体実験はもう……」


「行われている。考えてもみたまえ、戦時中すごい速度で科学が発展したのはなぜかね!?」


 昨日見た写真の映像がタブレット画面と重なる。あの子達は人体実験をされて、死んでいったのではないのか。


「それはね、尊い犠牲があったからだよ。拓也くん、君なら分かるだろ!! 医学の発展のためには尊い犠牲が必要だ!!!」


「じゃあ、実現まで後二十年はかかると言うのは……」


「うん、流石に海外のデーターを提出するわけにはいかないだろ。今から基礎研究をすると言う事にしないと辻褄が合わなくなるじゃないか」


 人体実験という言葉が頭に浮かぶ。人工心臓はアフリカでたくさんの犠牲を伴いながら成功した。あの子供達はその実験のために集められたのではないのか。


「我々は神ではないのだ。どうしても大きな技術の発展のためには、礎が必要だ。その実験によって、人工心臓は完成したと言っていい。もし日本なら認可やら何かで、基礎研究さえ、何十年かかるか分からない」


 顔から冷や汗が流れ出す。こんな事許されるわけがない。


「君は多くを知らなくていい。ただ、希さんを助けることだけを考えていればいいのだ。彼女を助けられるのは君だけだ!」


 希は助かる。もう、人工心臓が実現しているのだ。それは大きな希望ではある。


「しかも、希さんのいる病院は唯くんの病院だと言うじゃないか。倫理的な問題は残るが、この手術は絶対成功する」


 そう言えば山賀は、何か条件があると言ってなかったか。


「何か条件があるのですか?」


「察しがいいね。わたしは察しのいい人間は好きだよ」


 山賀は俺の目をじっと見た。その目はまるで俺を観察しているように見えた。


「希くんを助ける条件だが……」


 そう、山賀は慈善事業家ではなくビジネスマンだ。儲けがなければ動かないだろう。


「カインラッドで三ヶ月以内にレベルをあげて、わたしに勝つことだ」


「レベルと言っても……」


「今日、公式発表がある。三ヶ月の期間限定だが、レベルキャップが無くなる」


 と言うことはレベルは青天井という事か。それで俺は山賀に勝てるのだろうか。製作者のチートを超えるなんて、普通は不可能だ。


「一応、わたしのレベルは100に設定させてもらう。いくらでもと言われて本当にいくらでもレベルを上げられるなら、フェアとは言えないからな」


 どうするべきだ。山賀の作った人工心臓は希を救えるとしても、たくさんの子ども達の犠牲の上にできたものだ。そんな血塗られたものを希の人工心臓に使っていいのか!? 俺が複雑な顔をしていたため、山賀は俺の肩をポンと叩いた。


「飛行機だって、たくさんの犠牲の上に成り立ってるんだよ。別に人工心臓だけが特別なものじゃない」


 それでも、俺はたくさんの子ども達の写真を見てしまった。


 今、俺はここに唯を連れて来なかった理由が分かった。


「ちょっと、待っていただけますか?」


「……いい話だと思うだけどな。君なら二つ返事でオッケーすると思ったんだがな」


 そう言って立ち上がり俺の肩をポンと叩いた。


「結論は急がないよ。もっとも、わたしが急がなくても君の方が急ぐかも知らないけどな」


 確かに……希の命はもう、あと僅かだ。


「いい返事を待ってるよ!」


 山賀はそう言って俺が扉を締める寸前まで、手を振っていた。

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