第20話 人工心臓

「このプロジェクトは、心臓移植技術を急速に進歩させる技術です。30年後にはきっと心臓移植で苦しむ人がいなくなる時代が来るかもしれない」


 目の前のモニターで白髪混じりの教授が説明していた。


「へえ、凄いですね。この技術があれば、将来、希のような患者を助けることができるかもしれませんね」


 唯は目をキラキラさせながら俺に笑いかけた。唯の目には最近なかった希望のようなものが見える。


「医師の道か……、良いのかもしれないな」


 心臓プロジェクトで出された人工心臓は今まで見たどの人工心臓よりも正確に脈を刻んでいた。だが、この技術では希は助からない。


 この人工心臓はまだ基礎段階に過ぎないのだ。急に技術水準が上がり、移植できるようになるわけがない。


「でも、この人工心臓では希は……助からない」


 ポツリと唯がそう言った。このプロジェクトに大きなお金が動いているのは分かる。三十年後、心臓移植を待ち続ける苦しみから、人は解放されるかもしれない。でも、それは今じゃない。


「この技術のプロトタイプを見ることができないだろうか」


 俺は誰に向けることもなく、そう言った。見たとしても俺が分かることはない。もしこのプロトタイプが使えたとしても希に移植することは出来ない。


「基礎研究の段階だから、どうでしょう」


 俺が唯の方を向くとその向こうに山賀の姿があった。


「ほう、アミラくんもここに来ていたんだ」


 山賀嬉しそうにそう言った。なるほど、個人情報にアクセスできる山賀なら俺のことを調べないわけがない。


「その名前はここでは……」


「ごめん、ごめん。君に会えて嬉しくて、ついね。お連れさんは大丈夫かな?」


「唯は全てを知ってますので、大丈夫です」


「そうか。それは良かった。じゃあ、拓也くんと呼ぼうかな」


「ありがとうございます。その……、この人工心臓はどのくらいまで完成してるのでしょうか!?」


「ふむ、まだまだ問題は山積みだね。量産にはまだまだ先と言って良い。ちょっと見てみるかね」


「唯、どうかな!? 俺は医学の世界のことはよく分からないからさ」


「うん、ご一緒させてもらってよろしいですか?」


「ああ、構わないよ。せっかくの有馬くんのお願いだ。わたしが断るわけがないよ」


 その言葉を聞いて、目の前の唯は驚いた表情をした。無理もない。ただのネットゲーマーの俺が山賀とここまで親密な関係を構築しているなんて思わないだろう。


「拓也、君のお父さんは山賀先生と親交があるのか!?」


「いや……」


 その疑問を持つのも無理はない。だが、父親ではなく、俺の非凡なカインラッドでのプレイスタイルが評価されているわけだ。


「唯くんだったかな。わたしも有馬くんと友達なんだよ。友達のお願いを断ったりしないだろ」


「えっ!? どう言うこと」


「いや、まあ、カインラッドのプレイスタイルを評価してもらってるらしいんだよ」


「らしい、なんて言わないでくれよ。君のカインラッドへの貢献は計り知れないよ。石頭な開発者達に現実を見せつけてくれた。君の奇想天外なプレイスタイルはいつも感心させられているよ」


「凄いな。ゲームでこんな人にまで会えるのかよ」


「リアルで会うのは初めてだったかな。まあ、僕の方では君のデーターを調べさせていただいているから、全く違和感もなかったけどね」


 この気さくさは明らかに営業マンのそれだ。山賀明彦は天才プログラマーでも、研究者でもあるが、それを売り込む営業マンでもあるのだ。


「まあ、立ち話もなんだ。ちょっと待ってくれよ」


 山賀はそう言って、人工心臓を設計している教授に会わせてくれた。


「学生さんかな。その年でこのプロジェクトを見に来るとはなかなか見どころがあるな」


「うん、有馬くんは例のネットゲームのプロジェクトメンバーになる予定なんだ。もちろん本人のオッケー待ちだがね」


「へえ、君が天才プレイヤーの有馬くんか。名前は明彦から聞いてるよ」


「そして、彼が有馬くんの友達の……」


「山川豊博士ですよね。父がお世話になっております」


「はて、誰の息子さんかな」


 その言葉に目の前の博士は、不思議そうな顔をした。


「芹沢です。芹沢の長男の唯です!」


「ああ、芹沢くんのご子息さんかね。へえ、大きくなったねえ。以前会った時はずいぶん小さかったな。確か研究発表会に来てくれてたんだね」


「はい!」


「そうか、あの芹沢の子がねえ。唯くんはお母さんに似たのかな。こんなイケメンに育つなんてね」


「へえ、みんな知り合いみたいな感じじゃないか。ちょうどいい。では、ここで話すのもなんだ。美味しい店があるんだ。そこで話をしようじゃないか」


 山賀がそう言って誘ってくれ、俺たちは最上のイタリア料理店に入った。


「えっ!?」


 流石の唯も驚いた。バイトもしてない身の上でこんな本格的なイタリア料理店で支払えるわけがない。


 俺たちが躊躇っていると山賀が後ろから押した。


「ははははっ、大丈夫だよ。全てわたしの奢りだよ」


 きっといい人なのだろう。山賀はみんなが座るのを待って、料理人にいつもの料理でと言った。メニューも見ないんだ。俺は驚くしかなかった。


「君が今日、ここに来てくれた理由をわたしは知っているよ。ここはビジネスの場なんだ」


 えっ!? 俺がここに来た理由を知っている。山雅は希の病気を知っているのか!?


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