第18話 新たな可能性
俺は近くの大学の図書館に
だが、ボンベイ型で移植手術をした事例も両親が同種の血液型だった場合に留まり、他人から移植した症例そのものがなかった。
「よくここに来てますね」
土日も大学の図書館を利用して文献を探していたため、教授に目をつけられてしまう。
「ほう、医学に興味がおありかね」
「いえ……」
その言葉に目の前の教授は不思議そうな表情をした。もしかして、ここの大学生ではないと気づかれたのだろうか。この大学は自由に出入りをすることができるため、外部からも沢山の生徒が来る。だから、別にこの大学の生徒でなくてもいいのだが……。
「ふむ、ボンベイ型か。珍しい血液型ですね。ご友人か誰かですか?」
「はい。友人が心臓病を患い明日をもしれない命なのです」
その言葉を聞いて教授はふむと小さく呟いた。
「なるほど……、ボンベイの患者ならば、移植に頼るのは無理だ。ならば、人工心臓に頼るしかない」
この言葉に以前の俺なら飛び上がるほど喜んだだろう。だが、沢山の書物を調べた俺には分かる。人工心臓はその場しのぎにしかならない。右心室と左心室のバランスを取るのが難しく、小さなことでバランスを崩してしまう。
小さな不調で命が失われてしまう人工心臓。この方法では希は助からない。
「ありがとうございます」
俺の残念そうな声に教授は気づいたのか。
「今の医学では難しい。でも、もしかしたら近い将来可能になるかもしれない。日本で新たな人工心臓を造る計画があったと聞きます。そのために非常に大きなお金が流れたとも……」
そう言って、俺の肩をポンと叩いた。
「ものは試しです。ここに行って見なさい」
パンフレットには人工心臓移植プロジェクト発表会と書かれていた。そして、その主催者の名前に俺は驚く。
その可能性は限りなくゼロに近いかもしれない。それでも、行ってみるべきだ。
俺は携帯を手に取った。俺だけではこの人工心臓が本当に役に立つか分からない。
ただ、山賀明彦なら不可能を可能にするかもしれない。そして彼は俺を必要としている。交渉の余地はある!
「もしもし、拓也どうしましたか?」
俺が電話をかけるとすぐに唯が出た。俺には唯の助けが必要だ。希を助けるため……。俺は山賀の開く人工心臓プロジェクトに行くけれども、一緒に来ないか、と誘った。唯がこの誘いに乗らないはずはない。
「人工心臓ですか……でも……」
心臓外科医の父を持つ唯だからこそ、その困難さを肌で感じているに違いない。少しの不具合も許されない。心臓は臓器の中でも特別正確性が重視される。人間の心臓は死ぬまで、変わることなく刻み続ける。時にはゆっくり、時には早く。決して止まることの許されないリズムをこれから永遠とも言える時間、果たして人工心臓が刻めるのだろうか。
それは神にしか許されない奇跡なのではないだろうか。
「分かりました。行きましょう!!」
その後の唯の言葉はいつもと変わりない力強いものだった。俺が読んだ沢山の文献の中には江戸時代の話もあった。医学者緒方洪庵は何もない時代に尽力を尽くして人を救うために命をかけた。
「世のため 人のため 国のため 道のため」
唯もきっと砂漠の中の砂金のような僅かな可能性に賭けている。
「希を助けましょう!!」
そうだ。今の俺は唯と同じ気持ちだ。希とキスしたいとか、付き合いたいとか、結婚したいとか、そんなことなどどうだっていい。
ただ、希を救いたい。きっと希の父母は希望と言う文字から希と名づけたのだろう。今の時代に人工心臓なんて不可能だなどと、正論を振り翳しても人は助からない。ただ、希のため、人工心臓の可能性を信じたい。
――――――
俺は人工心臓プロジェクトのため、今の実情を知っておこうと人工心臓を調べた。
「あー、本当にまともなものがないな」
人工心臓の平均生存年数は1から2年程度。取り替えることは不可能ではないが、患者に多大な負担を与える。また、人工心臓は脆く壊れやすく、補助的な装置としてしか機能していなかった。
「これじゃあ、無理だな」
調べ疲れてベッドに横になった時、スマホが鳴った。この音はライン通話だ。俺がスマホを持ち上げて驚いた。そこには希と表示されていた。
「えっ!?」
何故、と言うのが俺の感想だ。相手がアミラならまだしも、俺に希から電話してくるなんて……。俺は慌ててスマホの通話ボタンを押した。
「だーれだ!」
「いや、表示されてるからね」
「ふふふふ、だよねえ」
どうして、と言う言葉が口から出そうになるが、俺は慌てて引っ込めた。
「今ね。和人、唯、そして拓也に電話してるんだ」
嬉しそうな話し方とは逆に声のトーンがやけに低い。俺は何かあったのだと直感した。
「大丈夫!?」
「うんっ、今は元気だよ。でもね……」
ここで希は一旦、言葉を切る。
「入院することになった!」
「えっ!?」
「長い入院になるかもしれないから、今のうちにね。お話ししておきたいと思ったんだ」
強い口調に涙声が混じる。今度の入院が最期になる。そう感じて電話をしてくれたんだ。
「本当はね。ネットの人にもお別れを言いたかったんだけどね。難しいよね……、最近、来てないみたいでね……」
そうか。俺は希を救うことに必死で、カインラッドにはログインしていなかった。
「なんて名前なの!?」
「うーん、本名は知らないけどもね」
本名はね。有馬和也と言うんだよ。
「ネットの名前はアミラって言うみたい」
この言葉に俺の心臓は強く脈を打つ。俺は震える声でその後の言葉を繋ぐ。
「そうなんだ。彼ならネット界隈で有名人だから、連絡取れるよ。今日、アクセスしてもらえるように言っておくよ!」
希の時間はあと僅かしかない。迷っている時間なんてないんだ。もう、助かる道は人工心臓しか残されていない!!
「へへへっ、流石はネットのことよく知ってるね。拓也くん、ありがとね!」
その後、希とは十分ほどだったが、楽しく話せた。和人のことが多かったが、彼がいかに希を支えてきたかがよく分かった。
「じゃあね、さよなら」
「絶対、お見舞い行くよ!」
「うん、ありがとう!」
さよなら、と言う言葉が俺の心に突き刺さった。希は自分の命が長くないことを知っている。だからこそ、その言葉は今の俺には重かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます