第17話 本当のこと
俺はアミラとは似ていない。
確かに眼鏡を外せば気づかれる可能性はある。でも、この眼鏡越しに映る俺はアミラとは全く似てもいない地味な男だ。
「やはり……ですか……」
やはり、と言う言葉を唯は使った。
「どうして、俺がアミラだと思うんだ!?」
「拓也くん、それは君がアミラだと認めているようなものです。僕はアミラと言ったけど、それだけだ。この聞き方なら、その答えはアミラってなんのことだ、でしょう。でも、君はアミラが誰か知っている」
しまった。これは唯が確信を得るための陽動だったのだ。もう、隠すことは出来ない。
「俺のことを和人や希にバラすのか!?」
「いえ、そんなことはしません」
俺は少しホッとした。和人に俺の存在をバラすことは絶対にダメだ。きっと希とは二度と会えなくなるだろう。
「どうして分かった!?」
「人には小さな癖があります。例えば、緊張した時の手を頬に持っていく仕草や、何も話さない時の何か話さないと、と焦る表情なんてね」
そうか先ほど何も話さなかったのは、俺の表情を読んでいたのだ。それが確信に変わったから俺を公園に誘ったのか。それにしてもこんなに簡単にバレるとは思わなかった。
「それとね。不思議な違和感がありました。確かに希と仲良くしている僕たちに近づいてくるのは、分かる。ただね、希の話を聞く時の雰囲気がまるで……」
そう言って視線をずっと上まで上げた。
「ああ、今日は月明かりが綺麗だね」
「まるで……なんですか!?」
「アミラはせっかちだな。せっかく、手品の種明かししてるのですからね」
そう言って笑いかけてきた。唯の洞察力は正直凄い。あの短い時間で俺をアミラだと確信するところまでもって来るとは……。
「さっき、希と話してたでしょう。その雰囲気はアミラと希が話している姿にダブりました。希は気がついてないと思うけど、拓也、君と話す時の希はアミラと話している時と似ている。それはね……」
そんなはずはない。希がアミラと話す時、凄く親しげで距離感はなかった。それに比べると多少の距離を感じた。
「希は君とアミラが似ていると気づいているのです。もちろん、同一人物だとは思ってない。ただ、話しやすさが似ていると感じている。お互い相性がいいのですね。和人と話している時はそうはなりません。どっちかと言うと姉が弟に話すみたいな、そんな雰囲気がありますね」
希がアミラと同じように気楽に話せることは嬉しいことだ。だが、……。
「カインラッドで話した話、気になりますよね」
そうだ。カインラッドで唯は希にこれ以上近づかない方がいいと言っていた。なら、俺の正体が分かった今、唯は俺を切ってしまうのか。
「あの時は拓也とアミラが似ていると思った。でも、流石の僕も同一人物だとは思ってなかった。だから、釜をかけました」
「えっ!? カインラッドでしたあの話は……」
「全部が本心ではありません。僕も和人も希を死なさせたくはない! 覚悟なんてあるわけないじゃないですか!!」
そう言って唯は顔を伏せた。
「僕はね。医学が人を救うと思っていた。人類はここまで辿り着いたんだ。希だって助けられると思った。和人の魂の叫びに応えようとした。勉強も死ぬ気で頑張った。でもね……、無理なんです。希の助かる道は今の最新の医学を使ったって、どこにも続いていない」
あの冷静な唯が涙を隠して震えていた。そうか! 唯が国立大学に進まなかった理由が今分かった。希と離れたくはなかったのだろう。彼は和人を助けることで、希の力になろうとした。ただ、希を救いたいだけで……。
「この話は誰にもしないでくださいね。特に和人や希には……。僕が国立を蹴った理由は、ただの気まぐれからなんだ。それで良いんです」
そうか。医学の限界を感じた。だからこそ、未来よりも今、希とどう生きるかを考えて、この道を選んだんだ。
「俺をどうしますか? 俺は希と話したくて和人やあなたに近づきました」
それを聞いて唯は泣き笑いの表情を浮かべた。
「はははっ、君は正直だな! 別に近づくなと言わないよ。そもそも、それを言う資格は僕にはない。実際、高校の時、和人と仲良くなったのは希と話したかったからだからね」
そうか。和人、唯、そして俺はそういう意味では似ているんだ。みんな、希に魅せられて近づいたのだ。
「僕なら希を助けられると思ったんだ。移植なんかしなくても心臓病の症例のいくつかであれば、手術で助かることだってある。僕の父親は心臓外科の権威だ。だから父親の病院に入院させるため、父親を説得した」
結果は分かっている。もし、手術で助かっているのならば、悲しんでいる今の唯はいない。
「今の医学の叡智を結集しても心臓移植しか助かる道はない! でも、希の血液型は……ボンベイなんだ」
ボンベイ型の移植は同じボンベイのドナーからでないと移植は出来ない。移植の可能性はほぼゼロだ。
「希は手術の大量出血に備えて、自分の血液を毎月病院に保存するため献血をしている。希の血液はマイナス85度と言う超低温で小さい頃から今までずっと病院に保存されている。これがなければ希は手術さえもできない。普通の人ならば輸血で他人の血液に頼ることすら、希にはできないんだ」
違う血液型から輸血すると凝固してしまうと聞く。RHマイナスの血液型が希少だと聞いた。だが希の血液型はそれよりも遥かに少ない。唯はずっと一人で悩んで来たんだ。きっと和人は力になれなかっただろう。それは俺も同じだが……。俺は唯の手を握った。
「唯さん! どこかに方法があるはずだ。俺も希ちゃんには死んで欲しくない! 一緒に道を見つけましょう!!」
顔を上げた唯は泣いているような笑っているような複雑な表情だった。
「ああ、そうだよ! なんとか方法を探そう!! このまま希が死んでしまうなんて、あってはならないよな!!」
その唯の言葉は自分に言い聞かせているように感じた。
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