第15話 病
俺が駅前のステーキハウスに着くと唯と和人と、そして希がいた。
「おっそいぞー!!」
希の嬉しそうな声があたりに響き渡った。
「あれ、他の人たちは!?」
「もう、店に入ったよ。俺も入ろうかと言ったのだがな、希が店を間違えるといけないから待っておこうってよ」
「ごめんなさい」
「やれやれだぜ」
「そんなこと言わないの!!」
和人が文句を言うと希に嗜められた。顔だけじゃなくて優しさも天使級なんだよな。和人のほら行くぞの声と共に俺たちがステーキハウスに入ると30人ばかりのゼミ生が個室に入っていた。
「主役の登場ですね」
パチパチパチパチ。みんなから大きな拍手を受けた。いや、主役でもなんでもないですよ。
「遅れてごめんない」
「いえいえ、そう言うこともありますよ。じゃあ、始めましょう」
教授が音頭を取り、乾杯の挨拶をした。とは言っても俺たちはまだ十八歳のためお酒は飲めない。代わりにジュースやウーロン茶を注文した。それでも落ち着いた雰囲気のステーキハウスは、高校の時に行ったカラオケボックスなどと違って、大人になったような気がした。
まあ、元から陰キャだった俺は、友達とカラオケボックスに行く機会があまりあったわけじゃなかったけども。
席順は自由だったこともあって、俺、和人、唯、希は同じ席に座ることになった。
「これ、本当に美味しいよ!!」
唯が焼いたステーキを希が一口食べた。
「わたし、焼こうか?」
「いいですよ。僕は焼くのが好きですので」
「唯、いつもありがとうね。せっかく唯が焼いてくれてるんだから、拓也もたくさん食べないとダメだぞ!!」
希が厚切りの肉を口に頬張り、俺に向いた。それにしてもカインラッドで初めて希に会った時、こんな関係になれるとは思ってもみなかった。
肉に夢中の和人と唯、そしてゆっくり食べている希。三人の関係は切っても切り離せないように思えた。
カインラッドで唯に言われたことが胸に響く。こんなに元気そうに見える希は明日をも知れない命なのだ。病名さえ分かれば治せる方法を調べられるのでは、とは思ったが、もし治るのであれば和人や唯がその方法を試していないわけがない。
俺は無力だ。
「ちょっと、手洗いに行ってきます!」
俺は離れのトイレに行き、手を洗って戻ろうとした。
「あれ……、希……ちゃん!?」
ちょうどトイレからでてステーキハウスに戻る途中の廊下で希が月明かりを見ていた。
「ごめん。すぐ戻ろうと思うんだけどね。わたしはあんまり食べられないから、ここでちょっと休憩してたんだ」
俺は希の横に立って、一緒に月を見上げた。
「満月、綺麗だね」
「うん! 少し物悲しくもあるけどね」
確かに月と言うのは太陽などと違って、夜に眺めていると不意に悲しくなることがある。月明かりに照らされた希の横顔は神秘的で、近くにいるのになぜか、凄く遠くにいるように感じる。
「何かあったの!?」
「もう、ネットゲームをするな、と和人から言われちゃった」
寂しそうな表情で俯きながら希はそう言った。
「楽しかったな。少しの間だったけど、全てを忘れて楽しめた」
俺も希とカインラッドをして本当に楽しかった。
「ねえ、拓也もVRMMOをしたことあるかな?」
ああ、俺はカインラッドで希と一緒に旅をして、恋をして、そして結婚をした。もっとたくさんの場所に希を連れて行ってあげたかったな。
「ああ、あるよ」
「……そっか。楽しいよね。ゲームの世界なのに、そこは確かに現実と同じように息づいていた。わたしね……」
希が上目遣いに俺を見た。カインラッドで俺をじっと見つめていたその姿と重なる。もし、俺が正体をバラせば、希は俺を好きになってくれるだろうか。
「ゲームの世界があんなに素晴らしいところだなんて知らなかった。ただ、逃げたかっただけだったんだ」
「逃げたかったとは!? もしかして……」
俺は思わず病気からと言いそうになり、慌ててその言葉を引っ込めた。目の前の希は不治の病なのだ。そんなに簡単に言葉にしていいわけがない。
「病気のことね。あーあ、本当に和人ってお喋りなんだよね。わたしはね。小さい頃から心臓が弱くてね。みんなが飛んだり、跳ねたり、走ったり、楽しそうに遊んでるのをただ、見ているだけしかなかったんだ」
希の表情は笑顔でその言葉にはなぜか達観しているようにさえ思える。
「詳しい病名は知らないんだけどね。先天性の心臓病らしいんだよ。わたしの命は誰かが死なないと……助からない」
そう言って俺の目の前でニッコリと笑った。
「なんかね、そう言うの嫌じゃない? わたしは人の不幸で生きながらえたくないんだよ」
心臓移植……その言葉が俺の頭に浮かんだ。日本でも最近ではたくさんの症例がある。
「でも、でもさ! 移植で助かるのならば、移植待ちの登録すべきだよ!!」
「そうだね。わたしの父親もそう言ったよ。で、唯くんとの出会いがわたしを変えた。彼はね、ほんの僅かの可能性に必死になってくれた。和人は彼のお父さんが心臓外科医の有名な執刀医師だ知って、唯と友達になったんだ。そしてふたりのおかげで、わたしは今でも生きていると言っていいんだよ」
俺なんかより、彼らは希の病気にきっと抗おうとしたのだろう。
「移植の可能性は……」
希はゆっくりと首を振った。
「わたしはきっと心臓移植は受けられない」
「でも、でもさ!! 日本だって心臓移植なんてたくさん症例があるじゃないか!! なら……」
「わたしの血液型は特別なんだよ!!」
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