第14話 唯
「やれやれ、ですね」
「なぜ、和人くんだけじゃなく、希ちゃんもログアウトしてるんだ」
「この前、希が発作を起こしたため、すぐに不調に気づけるように希の部屋で和人もカインラッドにログインしています」
なるほど、それで同時にログアウトしたってことか。
「希がなぜ、好きと言う言葉を使ったか、その理由は僕には分かりません。ただ、希はアミラ、君に多少好意を持っているようだ」
「どうして、そう思うのですか?」
「希の表情を見ていると、君を見ている時の希は、なんか、そう……女子高生がお気に入りの野球選手やアイドルを見ている雰囲気に似ている」
確かに希が俺を見る時はいつも笑顔だった。
「だから故に和人は気がついてしまったのでしょうね」
唯は顎を指で触りながら希の感情を調べているような素振りを見せる。
「希本人はきっと気づいてないかもしれない。そして、その気持ちはまだ、恋と言うにはあまりにも幼いものかもしれない。でも、確かに希は君に惹かれてる」
「希が俺に惹かれてる……」
考えてもなかったことだ。目の前の唯は実験でもするかのように複雑に絡みあった希の気持ちを紐解いていくように説明していく。
「だから、希にこれ以上カインラッドをプレイさせない方がいいのかもしれない」
「えっ!?」
「きっと、その方がお互いのためにいいでしょう」
「でも、俺も希のことが……」
「だからです。このまま行けば、お互いが惹かれて行くのは間違いない。でもね、希にはその選択は難しいのです」
「唯さんは、和人の味方ですか」
「そうかもしれませんね。ただ、今言ってるのはそんな簡単なことではありません」
このまま行けば希はカインラッドに来れなくなる。リアルの俺では希と釣り合いが取れるわけがない。俺がアミラだと言っても本当だとは思わないだろう。そもそも、希はアミラが好きかもしれないけど、俺が好きなわけではない。
「希の好きなようにさせてあげる事はできないですか?」
「普通の女の子ならば、僕はそうしてもいいと思ってます。人の恋路を邪魔するほど、馬鹿な事はない。てもね、希は普通じゃない!!」
目の前の唯は悔しそうに言葉を吐き出すように言った。
「アミラ、あなたは明日死ぬかもしれない娘を愛することができますか?」
「えっ!?」
「和人にはできます!! 死に向き合う覚悟があります」
「そ、それってどう言う事なんだ!?」
「希は長生きできません。いや、そんな甘いものじゃないか。もう、希の身体はボロボロです! 騙しながら生きながらえているに過ぎない。それも、もう時間の問題なのです!」
全てのピースがひとつのパズルを組み立てるようにカチッとハマった気がした。学校を突然休んだ希、ずっとオフラインだった希、そして突然、胸を押さえてログアウトした希。
「希の病気はなんですか!?」
「それを知って、あなたに治せますか!?」
そう言って唯は歯を噛み締め、自分の手を握りしめた。
「ごめんなさい。感情的になりすぎた。そう言う事ですので、失礼いたします。短い時間でしたが、希を楽しませてくれた事、本当に感謝しています」
「ちょ、ちょっと待って!!」
その瞬間、唯の姿は空気に溶け込むように消えていった。ステータスを見るとオフラインになっていた。
希の病気はきっと不治の病なのだろう。和人は希を看取る覚悟があると言った。俺はどうなのだろうか。
最初出会った時希は天使に見えた。もしかしたら、彼女の病気が俺にそう思わせたのかもしれない。
俺に和人ほどの覚悟があるのだろうか。今、俺の手が小刻みに震えていた。額から汗が流れてポトリと地面に落ちた。いけないいけない。
俺はカインラッドからログアウトした後もずっと考えていた。希を救う事はできないのだろうか。病名が分かれば、もしかしたら……。
いや、どんなにカインラッドでなんでも出来ても、希を救うことはできない。俺は無力だ。気がつけば俺はリアルでも冷や汗をかいていた。
きっと、和人と唯は長い間、死に抗う努力をしてきたことだろう。俺が病名を知ったところで、何も出来ない。
俺はただ眠るしかできなかった。
「拓也、今日は休みなの!?」
気がつくと母親が目の前にいた。確か、今日は休みと言ったはずだけど……。
「今日はゼミコンがあるだけだから、遅く行っても……」
「もう、夕方だけど、大丈夫!?」
しまった。今からなら急いで間に合うが、あまり時間がない。
「ちょっとシャワーするわ」
俺は慌てて階段を降り、脱衣所で服を脱いで身体を洗った。髪の毛を乾かし、洗濯した服に着替えて、家を出ようとする。
「頑張って来なさいよ」
「頑張るって何をだよ」
「帰らないなら連絡してよね」
「ちげえよ!!」
応援の方向が違うんだよ。母親も一応女なのだから恥じらいってもんがないのかよ。まあ、生物学的に女というだけだ。希と比べるまでもないことだ。
俺は希と言う名前を意識して、思わず胸が痛くなる。そうだ。希はおばさんになる事は出来ない。そんな長生き出来るわけがないのだ。
この歳で死ぬ事なんて意識した事もなかった。和人は希と一緒にいる事で、俺よりも遥かに死を意識している。それがどれだけ過酷なことだろうか。感覚的には分かっていても、死が迫る恐怖は理解できない。
俺は走ってゼミコンのある大学近くの駅に向かった。
「おっそいよー」
唯と和人の隣には、希がいて頬を膨らませながら手を振っていた。
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