第11話 希

 桜が舞い散る四月を過ぎても、学内にもカインラッドにも希の姿はなかった。希は大丈夫なのだろうか。胸をおさえて消えた時の姿が頭から消えない。唯の父親の病院はどこにあるのだろうか。俺が聞いても、希に聞かないとな、と唯も和人もはぐらかすだけだった。


 ゴールデンウイーク一に入っても希の姿はカインラッドにはなかった。偶然会えるかもしれない、と期待して何度か現実の街に外出してみたが、希に出会うことなんてできるわけもなかった。気がつけば希が消えてから一月が経とうとしていた。


 今日もいつものようにゼミに出ようと大学に行った。


 の、希がいる!! その教室に会いたくても会えなかった希がいた。俺の心臓はドクンと高く脈を打つ。顔色があまりいいとは言えないが、色白の姿は儚げで、まさに完璧な天使だった。


「こいつが、この前言ってたオタクの有馬拓也だぜ!!」


 俺が驚いてるのを見て嬉しそうに和人は俺の肩を強く叩いて自己紹介をする。希の前ではそのオタクって言うのやめて欲しいのだが……。


「もう! 和人!! 有馬くんに悪いよ! そもそも和人は思ったことを言いすぎるんだよ! それを言うならわたしだってオタクだよ!」


「お前はただのポンコツだろ!」


「なんでだよ! ポンコツじゃないよ! わたしだって、ゲームでは結婚もしたんだよ!」


「ああ、ドラ○エのことだよな」


「ドラ○エじゃないよ! 本当に凄いんだからね」


 和人はまあまあ、と本気にしていないようだった。カインラッドは本当に凄い世界だ。希もそう思っていると知って俺は嬉しかった。


「ネトゲ、楽しいよね」


「えっ!?」


 希は自分の髪を少しかき上げて、俺にニッコリと笑いかけた。天使すぎる!! それはそうと俺のことに気づいているのだろうか。


「あー、ごめん、ごめん。なんかネトゲ好きと言ってたから、希に面白いやつが友達になったぞ、って伝えていたんだ」


 そういうことか。俺は少しガッカリとした。


 そんな俺を見て希はごめんね、と手を合わせてペコリとお辞儀した。か、可愛い。カインラッドでの希も可愛いがリアルの希は、普段着だからなのか、その存在感が俺を強くドキドキさせた。


「初めまして、有馬拓也です。お身体の調子は大丈夫ですか」


「あっ、そっか」


 和人の方を振り向き、口を少し尖らせた。


「もう、まだ会ってもいない人にベラベラとわたしのこと言わないの!!」


「いや、言ってねえよ。それに希が休んでいたから何も言わないなんて出来ないじゃねえか」


「ごめんね。わたしは元気だよ! こんな風にピンピンしてるよ!!」


 そう言って立ち上がりくるっと回った。


「おいおい、調子に乗っちゃだめだろ!!」


「そうですよ! また、倒れたらどうするんですか」


 いつの間にかゼミの教室に入って来た唯が希をたしなめるように言う。それにしても唯は存在を消すのが上手いよな。


「えへへへ、ごめんね。で、ふたりと友達と言うことはわたしも有馬くんと友達だよね!!」


 望んでいた事ではあるが、面と向かってそう言われるとさらにドキドキが強くなり心臓が壊れそうだ。希に友達と言われたことがこんなにも嬉しいなんてな。


「そ、そうなのですかね」


 俺が照れていると和人が俺の頭を軽く叩いた。


「あのさ、前から言ってるけど、希と馴れ馴れしくするんじゃねえぞ!!」


「ちょっと!! 酷いよ。和人や唯と友達と言うことは有馬くんとわたしも友達。それでいいよね。なぜ、和人は一々、わたしの友達に切れるんだよ!」


 それは仕方ない。和人は希が好きなのだから、そして希と友達になりたい男の子もきっと下心があるのだ。それは俺も変わらない。リアルでもカインラッドのように恋人になれたら、どんなに良いだろうか。


「お前な! 希は人を見なさすぎるんだよ。この前だって、男にナンパされてただろ!」


 ナンパした張本人達は他の女の子と仲良く話していたが、和人の言葉にいっせいにこちらを向いた。


「どうしたの!?」


「いや、なんでも……」


 ナンパ男達は、唯と和人の登場で簡単に落とせそうな女の子に切り替えたらしく、希に固執していないようだった。まあ、このふたり相手では殆どの男が部が悪いと感じるだろう。


 大学生活は四年しかない。そして、彼女を作るなら一回生の今がチャンスだ。あまりお互い知らない今だからこそノーガードな女の子を落とせる。時間をかけて、落とせもしない希に固執する馬鹿がどこにいるだろうか。そう言う意味では俺は例外なのかもしれない。


「それはそうだけどね」


「それに希は身体のこと、もう少し気をつけた方が……」


「はーい」


 希は生返事で返した。


「まあまあ、その辺でやめておきましょう。今日は希が拓也と友達になれた日なのですからね」


「友達まで!! だからな!! それ以上はないぞ!!」


 和人は友達までを強調した。希を口説くにはまずは和人をなんとかしないといけないのだろう。まあ、俺にそんなチャンスがあったらならばの話だな……。


「もう、だから和人ったら……。ダメだよ、そう言う言い方をするのはね」


 希は和人をお母さんのように嗜める。これも繰り返されてきたのだろうか。もし、俺が希の幼馴染だったら、どんなに良かっただろうか。俺はそう考えて、その妄想を慌ててかき消した。


 それって寝取られエンドしかねえじゃねえか!!


 俺は和人や唯を見て、そう思った。俺がこのふたりに勝てるわけがない。


「まあまあ、来週はゼミ会もありますし、希は大丈夫ですか? ステーキらしいですがね」


「もちろん!!!! だよ!!!!」


 希は目をキラキラさせながら、嬉しそうにそう言った。


「だよな、希はステーキに目がないからな」


「あんまり食べられないけどね」


「あんまり食べると太るぞ!」


「ひっどーいー! 有馬くん、酷いよね」


 この言葉に俺は調子を乗ってしまったのだろう。


「それよりもですね。もしよければですが、俺も下の名前で呼んでくれたら……」


「えっ!?」


「おい、拓也調子に乗んなよな!!」


「拓也くん!! ……どう、かな!?」


「おい、希待てよ」


「なんでだよー、わたしと拓也くん友達だよね」


「そう言う軽口が勘違いさせるんだよ!!」


 俺は拓也と呼ばれたことが嬉しくて、それ以外のことは耳に入らなかった。初めてリアルで希に下の名前で呼ばれた。嬉しい……。


「希ちゃん」


 俺は一言一言を噛み締めるようにそう呼んだ。


「ん!? どうしたの!?」


「お前!! ふざけんなよ!!」


 もちろん、思い切り和人に叩かれたのは言うまでもない。て言うか痛いってばよ。

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