第9話 山賀明彦

「彼女さんは、僕のこと良く知ってますね」


「えっ、彼女!?」


 俺はこの状況から、希も彼女と言われても驚かないと思っていたが、俺の気持ちに反して、希は少し驚いたように大きな瞳をさらに大きく開けた。


「あっ、そうか違う、違う……」


 山賀は嬉しそうに、首を左右に振った。


「彼女じゃなくて、奥さんだよね」


「どうなんでしょう!? 拓也、ゲームではそうなるのかな!?」


 そうだ。希にとってカインラッドでの結婚はドラ〇エのような、ただのゲーム体験に過ぎない。ライトユーザーである希はゲーム内で俺と結婚したからと言って、和人や唯に対する浮気になるとは感じてさえいないのだ。


「そうだね」


 だから、俺は希が望んでいる答えを口にした。そのせいか希の表情が少し安心したように感じた。


「それで、どうして山賀さんがカインラッドにいるのですか!?」


「あー、知らないか……、君くらいのマスタープレイヤーなら、知っているかと思ってたけどね」


 カインラッドの開発メーカーはアーツエレクトロニクス社だ。その開発者に山賀の名前はなかった。


「このゲームの制作は、アーツエレクトロニクスとわたしの会社ソードアークとの共同開発だと言うことは知らないかな!?」


 そんな話は聞いたことがない。このゲームのベーターテスターとして選ばれた時から、プレイしていた俺でさえ、このゲームにソードアークが絡んでるなんて聞いたことがなかった。


「まあ、公にはしてないからね。このゲームはゲームでありながら、あるテストも兼ねていた」


「……テスト!?」


「そうだ……」


 山賀は俺の耳に顔を近づけると、小さな声で囁くように言った。


「有馬拓也くん、君のプレイには驚いたよ」


 俺は本名を希に聞かれなかったか心配になって希の方を見た。どうやら聞かれていないようだ。

 

「……えと、その名前は色々とまずく……」


「アミラ、どうしたの!?」


 希が不安をそうに俺を見ていた。俺は真剣な顔になって両手をギュッと握る。山賀は俺の事をどこまで調べているんだ。どちらにせよ希に俺が有馬だと知られるのは非常にまずいことになる。ゲームとは言えキスをして結婚までしたのだ。その男がゼミで隣にいる冴えない男だと知ったらどうなるだろうか。考えなくても答えは明らかだ。


「流石にまずいか?」


 俺は話題を変えようとした時、別の疑問が出て来た。

 

「どうして俺の前に現れたのですか?」


 最初は結婚イベントのイベントボスだと思っていた、だが、開発者自ら現れたと言うなら、あれは俺のために用意したんじゃないのか!?


「さっきの戦い見させてもらったよ。君は実に面白い!」


「さっきのモンスター、レベル30じゃありませんよね!?」


「うん、もともとこのイベントには戦闘イベントはないからね」


 予想した通りだった。レベル30を想定しているのならば、さっきの敵は明らかに強すぎる。レベルが完ストしている俺でさえ簡単には勝たせてくれなかった。そもそも疾風連撃のヒット中に避けることなどシステム的にありえないことだ。


「流石に疾風連撃を避ければ勝てると思ったんだけどね」


 山賀はふふふふ、と余裕の笑みを浮かべた。開発者ならシステムを操作して何でもできるわけだ。


「それにしても、デスブリンガーだったかな。あれは驚いたよ。あんなプログラムは用意してないんだけどね」


「あれは複数の技を組み合わせて作ったオリジナルスキルです」


「前から面白いプレイヤーがいると思ってたけど、本当に君は面白いね。負けイベントで勝ってしまうなんてね」


「負けイベントだったのですか?」


「うん! 君の身体能力からすると、彼女を守るところまでは予想していたんだよ。でもね、流石に当たらないはずの疾風連撃が全弾命中なんて、予想もできないよ」


 本当に嬉しそうに笑うな。


「くくくくっ、本当に君は面白い。で、君に考えて欲しいことがあるんだ」


 世界中を飛び回っている山賀がわざわざ時間を空けて、俺に会いに来たのだ。何らかの理由あってのことだ。


 わざわざ何の理由もなく結婚おめでとう、なんて山賀のモブキャラを出すならいざ知らず、多忙を極めている山賀本人が来るはずがない。


「君は大学生だから、すぐにとは言わない。まずはバイトとしてソードアークで仕事をしてみないか!?」


「えっ……!?」


「開発陣達は、面白いシステムを作るが頭が硬くてねえ。その点、君の頭はかなり柔軟だ。本当、完璧だと思っていたカインラッドをわずか六ヶ月で攻略するなんて、思いもしなかったよ」


「俺をソードアークで雇ってくれると!?」


「卒業後はそうなるね。それまでに色々スキルを身につけてくれるといい。基本的な教養は凄腕のプログラマーが講義してくれるよ」


 これは願ってもないチャンスだ。希もその話に目を輝かせているのを感じた。


「す、凄いよ!! ゲームで夢が叶うんだね。やはりアミラは凄い!!」


 そして山賀はオレの耳元で囁くように言った。


「彼女さんは、カインラッドの世界の結婚をゲームの結婚と捉えてるんじゃないのかな。キミがうちの会社に就職すれば、彼女との仲も取り持とうじゃないか」


 含みたっぷりの嫌味な笑いを浮かべる。山賀はどこまで知っているのだ!?


「強敵のライバルがいるみたいじゃないか。男は顔……だけじゃないけどね。ただ、彼女さんはこのままだと、幼馴染を選ぶと思うんだけどな」


「なっ!!」


 俺を入社させるためなら、手段を選ばないと言うことか……。


「……少し考えさせてくれませんか」


「まあ、二つ返事でオッケーしてくれるとは、さすがの僕も思ってないよ」


 そう言って俺の肩を叩いた。


「じっくりと、考えてみることだ」


 その瞬間、目の前の景色は崩れるように消えていき、残ったのは一面広がる砂漠だけだった。


「本当にびっくりしたよ。すぐに返事しなくて良かったの?」


「ああ、凄くいい話だけど、気になることがあってね」


「そっか。まあ、これからの人生だもんね」


 そう言って希は微笑んだ。俺はその横顔を見て、恋のサポートか、それで希を手に入れられるなら、いいかなと思った。


「ねえ、希はどう思う!?」

 

 俺が希の方を振り返ると希が胸を抑えて苦しんでいた。


「ど、どうしたの?」


「だ、大丈夫。いつものことだから……、ご、ごめん。急だけど落ちるね」


 その瞬間、希の姿はかき消すように消えた。残ったのはメンバーのNOZOMIの文字。その文字は黒くなって希がオフラインである事を表していた。





――――――――





読んでいただきありがとうございます。

ラブコメのようなRPGのような、中途半端じゃないかな、とは思います。


今回の話は大きな伏線になるはず。


今後とも応援よろしくお願いします🙇

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