第8話 祝福の地

「す、凄いよ、ここ!!」


 何百発もの花火が打ち上がり、夜空を昼間のように彩る。


「綺麗だね」


 横目に希を見ると花火の光に照らされる希の顔は限りなく美しく、そして儚げにも感じた。祝福の地はイベントのため、必ず来た時は夜だ。


「ここはね、結婚したふたりが初めて訪れる場所として設定されてるんだよ」


 到達レベルは20から30くらいか。本来はダンジョンを抜けた先にこの祝福の地があるのだ。今回はエンシエンドラゴンでそこを超えたため、10レベルの希でも容易に辿り着けた。


「ふうん、それにしてもこれは、流石にリアルじゃあり得ないね」


「ああ、そうだね。実際にやったら、凄いお金がかかるよ」


 ドーン、ドドドーン、夜空に打ち上がる花火の音がまるで押しては返す波のように何度も何度も響いた。


「わたし、アミラに出会えて良かった」


 その横顔があまりにも可愛かったので、俺は思わず顔を背けてしまった。それにしても希は何の病気で入院していたのだろうか。ふいに湧き上がってくる疑問を掻き消そうと思ったが、気になって仕方がない。


「なんか、この打ち上がる花火の力強い音って、心臓の鼓動のようだね」


「そ、そうかな」


「うん!! 強くて元気な心臓。止まる心配・・・・・なんて全く感じさせない。強い音……」


 そう言って手で口を押さえた。


「ごめんね。変なこと言ってるよね、わたし……」


「いや、大丈夫だよ」


 希は不思議な表現をした。花火の音を心臓の音に例えるなんて聞いたことがない。しかし、こうして聞いてみると波の音より心臓の音の方が近い。


 ドーン、ドドドーン。その音がドクン、ドクンと刻む心臓の音に似ている。


 希と一緒に花火を眺めていると遠くから、UFOのような不思議な物体が近づいて来た。そこから宇宙人みたいな生き物が降りて来る。もしかしてモンスターなのか!?


「希は下がっていて!! 何とかなると思うからさ!!」


 俺は8本足の宇宙人のようなモンスターの前に立った。火星人と呼ばれた生き物に似た姿をしているが、大きさはドラゴンくらいあった。


「大丈夫!? この前倒してもらったモンスターよりもかなり強そうだよ」


 このイベントがレベル30くらいのパーティを設定しているならば、俺なら余裕だ。


「いくぞ!!」


 俺は火星人に似たモンスターに切り掛かった。


「疾風連撃!!」


 両手の剣を光の速度で繰り出す技だ。上位プレイヤーでも使いこなせるユーザーは限られている。俺の攻撃は全てヒットしたが、まだ倒れない。連撃が止まった隙を見てモンスターは後ろにジャンプした。


 モンスターの身体全体が虹色に染まって行く。これはフルヒーリング《完全回復魔法》だ。


 モンスターは身体を空中に浮かせると8本の足をトゲのようにしてミサイルのように飛んで来た。


「シールド!!」


 危なかった!! もし、少し遅れていたら、流石の俺もかなりダメージを喰らっていただろう。ていくか、こいつ強すぎないか!?


 今度は二本の手を振り上げたかと思うと空中に電撃を放電した。


「希、危ない!!」


 俺は瞬間移動を使って希のところまで移動して希を抱いた。


「フルスピード!!」


 そして、風のような速度でその場所を離れる。


 ゴゴゴゴゴ……。俺が逃げると同時に雷が地面に落ちた。


「こ、怖いよ!!」


 俺一人ならモンスターがスキル切れになるのを待ってもいいが、さっきの攻撃は明らかに希を狙っていた。このままフルスピードで避け続ければ希の体力が持たない。それにしてもふざけている。下手をすればエンシェントドラゴンの方が弱いぞ。


「アミラ、無理しないでね」


 そう言いながら希は俺の手の中で苦しそうに息をした。超加速で移動をした後遺症が出たのだ。かなりの無理が身体に来ているようだった。


 一撃で終わらせる必要がある。俺は剣にありったけの力を込めた。


「希、ごめんね。あと一回だからね」


 俺はモンスターがもう一度雷撃を落とすタイミングを待った。


 モンスターが手を振り上げる!! 今だ!!


「超速!!」


 光に近い速度で移動するスキルだ。この世界で恐らく俺しか使えないだろう。


 そのまま、相手の間合いに入る。希、ちょっとだけだから、ごめんな。俺は希から手を離した。そして、彼女が地面に横たわった瞬間。


「疾風連撃!!」


 俺はモンスターに切り掛かった。光の速度まで高められた剣がモンスターに当たった……えっ!? 嘘だろ!!


 当たったはずなのに、僅かな差で避けていた。


「馬鹿な!!」


 あり得るわけがない。疾風連撃をかわせるモンスターなどこの世界にはいない。そしてモンスターは希に向かって飛びかかった。ダメだ!! 希が死ぬ!!


 もう、間に合わない!!!!


「当たれええええ!!! デス! ブリンガー!!!」


 運営にも見せたくはなかった最強スキルの一つだ。運命さえもねじ曲げて技を当てる。


「疾風連撃!!!」


 外れたはずの俺の剣がモンスターに命中する。その後の連撃も全て命中し、モンスターは霧散むさんした。


「まじかよ!! ありえねえくらい、強いぞ」


 それでも経験値は入らない。モンスターのレベルを確認するとちょうど30だった。運営、ふざけんな!!


「それより……」


 俺は倒れていた希をゆっくりと抱き上げた。


「あっ、ごめんね。気を失ってた……」


「いや、無理しすぎたよ。俺の方がごめん」


 そして、すぐに希は目を輝かせる。


「強い!! 強すぎるよアミラ。カインラッドで強くなったら、こんな凄い攻撃もできるの!?」


「うん、今のはファイター専用の攻撃だから、希なら、ファイアーボールやファイアーストーム。あるいは……ちょっと下がっていて」


 もうさっきのモンスターはいないが、UFOはいまだ空中に浮いていた。あいつも敵なのだろうか!?俺は魔法使いの上位魔法を希に見せたくて、UFO目掛けて、両手を突き出した。


「メテオストーム!!」


 どこから落ちてきたのか流星が流れたかと思えば、複数の小さな岩石に割れ、UFO目掛けて落ちていく。メテオストームはカインラッドで一般ユーザーが目指す最高魔法だ。かなり使う場所が限られるが威力だけなら一、二位を争う攻撃魔法だ。流石にこれではUFOもひとたまりもないだろう。


 バラバラに砕けた隕石がUFOに当たった瞬間、隕石が止まった。そして、時間が逆回転して隕石のカケラは上昇し、割れた隕石はひと塊りになり、彗星になってカインラッドを離れて行く。


「えっ!? そんなことあり得るわけがない」


「酷いことするなあ!!」


 いつのまにか俺たちの目の前に頭の良さそうな眼鏡をかけた三十歳くらいの男がいた。


「お前は、誰だ!!」


「えええっ、僕を知らないかね。結構僕、有名人なんだけどね」


「えっ、嘘……」


 そして、隣に立つ希はひどく驚いていた。


「山賀明彦さんですよね!!」


「えっ!?」


 山賀明彦と言えば、天才クリエイターにして、科学者。そして、医学博士でもある。日本を誇る科学者として、アインシュタインを超えた、と言わしめた男だ。


 その男が何故、カインラッドにいるのだ!!

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