第6話 希のいない大学

 次の日、大学で希を探したが、結局見つけることはできなかった。大学は高校と違い単位制のため、履修科目によっては出席しない日も出てくる。


 ゼミの日になれば会えるはず、と期待していたが、ゼミの教室にも希はいなかった。


「澤田さんは休みかな?」 


 教授はそう言って、レジュメをみんなに配って行く。


「来月、大学近くのステーキ屋で親睦会をやりたいと思います。用事がある人は、あらかじめ言っておいてください。授業の一環として行いますので、費用は大学から出ますので、お金のない人も安心してください」


「やった!! ただ飯だ!!」


「ちょっと! ガツガツ食べないでよね」


「それは無理だろ。前島はステーキに目がないからな!!」


 これが大学生と言うものだろうか。数人の陽キャ達が異性の友人を作っていた。俺はここに来て完全にキャンパスライフに乗り遅れてしまったことに気づく。しまった、落ち込んでいる俺の耳に希の友人の声が聞こえた。


「唯行こうぜ!!」


「ああ、そうだな、和人」


 俺は振り返り、なぜ希はゼミを休んでいるんですか、と思わず聞いてしまいそうになって、慌てて口を押さえた。どんなに聞きたくても、それだけは聞けない。


 俺と希はカインラッドでは夫婦だが、リアルでは赤の他人なのだ。


 そもそも、俺が希のことを聞いたら、希に話しかけていたナンパ男と同じように和人が切れてくるだろう。


 結局、彼らに話すこともできずに俺は履修科目の授業を受けて、さっさと家に帰った。


「きっと、来ているはず!」


 意気揚々とカインラッドに繋いで、フレンドリストから希を探し、肩を落とす。希のステータスはずっとオフラインのままだった。


「なぜ、来ないんだよ……」


 俺は一言愚痴を言って、何を馬鹿なことを言ってるんだ、と気づいた。ネットゲームをプレイするかどうかは本人の自由だ。突然来なくなる初心者プレイヤーもたくさん見てきた。希もその一人なのだろう。


 たとえカインラッドをやめても、大学に通っていればいつかは希に会える。会えたところで、話しかけることもできず、遠目で見守る事しかできないが、それでも元気な希を見たいと思った。


 次の日の昼休み大学構内のカフェで食事を取っていると、唯と和人の話し声が聞こえて来た。


「なあ、……希、そろそろ大学来れるかな?」


「今回は少し時間がかかるらしい」


 ふたりは何の話をしているんだ。俺は希が来れない理由を聞きたくて、彼らの近くに移動した。


「あまり休むと単位が取れないだろ」


「そうだね」


「そうだね、っておい」


「教授にも説明しているから大丈夫でしょう」


「ゼミは別として、他の教科の単位は……」


「だから、僕たちと希は履修科目を全て同じにしたんだよね」


「……確かに……そう……だな」


 えっ!? 


 その言い方では、希が休むことをあらかじめ予定していたようじゃないか。


「……あの……」


「誰だよ、お前!」


「あっ、ごめんなさい」


 咄嗟とっさに声をかけて、慌てて謝った。ふたりに話しかける理由が俺にはない。それでも、希のことを知りたいと思った。どんなに願っても、彼らと話さなければ今、希が何故大学に来ないのか分からない。


 希と俺はリアルでは他人・・なのだから。


「お前、友達、いねえのか?」


「えっ!?」


 和人が冴えない俺の姿に勘違いして、そう聞いてきた。これは千載一遇のチャンスだと思うが、何を話したらいいのか分からない。焦っていると前に座っていた唯が助け舟を出してくれた。


「和人、僕たちが友達になればどうでしょう」


「嫌だよ! 希狙いだったら、どうするんだよ!!」


 図星だった。俺は希のことが知りたくて、彼らに声をかけたのだ。


「ははははっ、そんな度胸ないでしょ! もし、希が目当てだったら、最初の授業で彼らのように声かけてるでしょうし……さ」


「それもそうだな……」


 陽キャは陰キャのことが分からない。俺みたいな陰キャが希のような可憐な天使に声をかけた時の否定の表情。その表情を見るくらいなら声なんてかけないほうがマシだ。俺は声をかける勇気より、もしかしたら俺のことを好きかもしれない、という夢に浸っていたかった。ただ、希に声をかける勇気がなかったおかげで、道が開けるかもしれない。彼らと友達になれば、希がリアルで何をしてるのか、分かるはずだ。


「それに、僕も和人も友達いないじゃないですか」


 イケメンで陽キャのふたりが友達がいないのは珍しいと思っていたが別の理由だった。


「近づいてくる奴らは沢山いるぜ」


「希目当てが多いから、全て断ってたんですよね」


「ああ、そうだな」


「なら、ちょうどいいじゃないですか」


 まあ、そうだろう。彼らに声をかけるのは希目当ての男たちだけじゃない。きっと女達も声をかけて来ているはずだ。俺がそう分析していると和人が俺の肩を叩いた。


「なあ、お前!!」


「有馬拓也です」


「俺は八神和人だ。そして、こっちの芹沢唯は、有名国立大を蹴って、この大学に来た変わり者だ」


「変わり者とは、なんですか?」


「お前、頭いいんだから、医者になればいいのにさ」


「それは兄に任せておけばいいのですよ。僕は実業家になりたいのですよ」


「そこが変わり者なんだよ、お前の方が絶対頭いいだろ」


「和人!! その話はしない約束ですよ!!」  


「悪い」


 感情を出さない唯と感情のままに話す和人。だが、今の唯はいくぶん理性を失っているように感じた。きっと何か理由があるのだろう。そして冷静な表情になって俺に向き直る。さっきの荒々しい口調が嘘のように冷静な声になっていた。


「和人に任せておくと脱線しますので、僕が簡潔に説明しますね。彼は八神和人。高校の時からの友人です。そして、僕が芹沢唯。和人が言ったような変わり者ではなく、何の取り柄もないただの大学生です。後、もうひとり、そう……ゼミで隣の席の女の子が澤田希です」


「何の取り柄もないってことはないだろ」


「だから、話の腰を折らないでくださいね」


 唯の話は理路整然としていて、人間関係を分かりやすく説明してくれた。和人は希をずっと追いかけるように同じ小学、中学、高校、大学と進学したらしい。逆に唯は希と小さな事件がきっかけで知り合ったらしい。和人と唯は最初、喧嘩していたらしいが、今は大の親友だと言うことだった。小さな事件というのが何か気になったが、あえて聞く訳にも行かず、頷くだけに留めておいた。


「そうだな。俺と唯の自己紹介はそんな感じだ。で、そっちは?」


 いきなり俺に振られて戸惑うが、二人のことを詳しいくらい教えてもらった。ここで嘘をつく訳にはいかない。俺はなるべく希には触れないように答えた。


「俺の名前は先ほども言ったとおり有馬拓也で、趣味はネットゲームです」


「ネトゲ? お前、オタクか?」


「オタクと……言うほどでも……ありますけど」


「あるんかよ。まあ、見た目も根暗そうだからな。まあ、ちょうどいいか」


 根暗なのは自覚しているが、面と向かってそう言われると少し傷つく。まあ、そのおかげで友達になれそうなのは事実だが……。


「安心しましたか?」


「うるせえよ!!」


「それで、澤田さんは……最近ゼミを欠席されてるようですけど?」


「はあ!? お前、やっぱり希狙いか!?」


「違います!!」


 本当はそうなのだが、本当のことは言えない。


「まあまあまあ、違うでしょう。隣の席の可愛い娘が休んでたら、和人も聞きませんか。僕たちは友達と言ってるんだからね」


「オタク、そういうことか?」


「だから、俺は拓也です」


「悪い、まあ、俺たちはネトゲとかよく知らんのよ」


「ですね。僕も和人もそう言うの疎くてね」


 その後、唯は何かを思い出したように手を叩いた。


「でも最近、希が新しいゲーム買ったって喜んでましたよ」


「ドラ○エだろ。恋人イベントがあるって言ってたし」


「どうも、ドラ○エではないみたいですよ」


「まあ、RPGなんてドラ○エみたいなもんだろ」


 希の買ったソフトは間違いなくカインラッドだ。俺はカインラッドは凄い世界だと説明したくてたまらなかった。現実と見間違えるほどの美しいスポットの数々。


 世界は確かにそこにあった。そして、確かに希は俺の結婚相手としてそこにいた。でも、それを今言うことはできない。


「まあ、ゲームによっては、現実のような体験が出来るゲームもあるようですよ」


「嘘!? それで、現実との違いが分からなくなって、殺人をしてしまうとかか!!」


「和人!! 冗談でも笑えませんよ」


「悪い!!」


 悪い人ではないのだろう。目の前の和人は手を合わせて謝ってくれた。


「で、最近、澤田さんが学校に来ないのは何故ですか?」


「ああ、それがさ。希は入院してるんだよ」


 和人の声が少し震えているのに気づき、俺は慌てて和人の顔を見た。

 

「悪い……、笑っていようと決めたんだけどな」


「……和人」


 和人は手で目を覆い隠していた。


 もしかして、和人は泣いているのか!?


 俺はしばらく呆然とその光景を見ている事しか出来なかった。





――――――――





少し遅くなり申し訳ありません。

この話はかなり重要で、何度も書き直しました。

楽しんでいただけると幸いです。


今後とも応援よろしくお願いします。

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