第5話 ファーストキス

「ごめん、本当にキスするとは思わなかったんだよ」


「いえ、浮かれてたのは私の方だよ」


 俺たちは一度教会のある屋上から降りて、水辺のほとりを歩いていた。それにしてもここはどこに行っても美しい。


 どうしようか、とは聞けない。そもそも過ぎた話だったのだ。仮想現実と言えどもキスともなれば、唇と唇が触れ合うのだ。それは現実ではないかもしれないけど、それでもリアルと同じように唇の感触を感じることになる。


 希の唇は陽の光を浴びてキラキラと光っていた。あの唇に触れられたら……。一瞬そう考えて俺はそれを全て否定した。馬鹿か俺は希の気持ちを考えたら、そんなことお願いできるわけがない。


「これから、どうしようかな」


「また、昨日のようにレベルアップ手伝うよ」


「それもいいけど、なんかね。アミラ楽しくなさそうなんだよ」


「そんなことないよ。希とも知り合えたしさ」


「そうじゃなくてね。なんか、この世界に疲れてるような気がする。わたしが喜んでるの見てるお父さんみたいにね」


 そうかも知れない。俺はこの世界を知り過ぎてしまった。だから、希が喜ぶ姿を見るのは楽しいが、それ以上の感情はない。


「だ、か、ら、さあ」


 希はそう言ってニッコリと笑った。


「わたし、アミラが驚くところ見たい!!」


「そんなこと言ったってだな!!」


 そう言うと希は俺の顔に自分の顔を近づけた。


「なななな、何?」


「ちゃんと目をつぶる! いいものあげるからね」


 いいものってなんだ? 俺を楽しませるくらい良いものと言うのは恐らくこの世界にはもうない。まあ、でも、希が初めてくれるプレゼントだ。どんなものでも、喜ばないとな。


 そう思って少し待ってると、唇に柔らかいものが触れた。


「えっ!?」


「だからぁ、目を開けちゃダメだってば!!」


「でも!!」


「わたしのファーストキスだよ!!」


 そう言うと希は顔を赤くした。


「さっきは、なぜ……」


「初キス、誰にも見られたくなかったからかな?」


 えっ!? では、教会でキスをしなかったのは、俺とキスしたくないのじゃなくて……。


「ほら、行くよ」


 そう言うと希は俺の手を握った。冷たい手だが希の気持ちに触れたようでいつもより暖かく感じた。


「驚いた顔、初めて見れたよ」


 希のその横顔があまりにも美しくて、俺はずっとドキドキが止まらなかった。






――――――――





 

「では、誓いのキスをしてください」


 戻ってきた俺たちは神父に結婚することを伝えたが、驚くこともなかった。まあ、NPCが予定外の行動を取らないことは、カインラッドをかなりの時間プレイしてる俺が一番知っている。ただ、今回だけは驚いて欲しかった。


 俺は希に顔を近づけていく。ゆっくりと目を閉じた希は、全く嫌がることはなかった。


 そして唇に触れた。それは、僅かな時間だったが、胸のドキドキが止まらず、リアルでないのに、そのままはしゃぎ出したいくらいだった。


「では、指輪の交換をしてください」


 現実の世界だったら、事前にエンゲージリングを買っておくのだろうが、そこはゲームの世界だ。目の前にはあらかじめ用意された指輪が置かれていた。


 俺が希の薬指に指輪をはめると、希は俺の薬指に指輪をはめてくれた。


「新郎アミラ、あなたはここにいるノゾミを、

病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


「はい、誓います!」


「では、新婦ノゾミあなたはここにいるアミラを病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


「はい」

 

 式は短い時間で終わったが、それでも俺はドキドキしっぱなしだった。





――――――





「本当の結婚式なら披露宴とかあって、みんなに祝ってもらえるんだけどね」


「そう言うのはいいかな。わたしは、アミラがいるだけで充分だよ」


 結局、希がログアウトするまでの間、海辺で夕陽が沈んでいくのをふたりで眺めながら、ぼーっと過ごした。


 ゲームの中なのに本当に結婚しているみたいで、本当に嬉しかった。


「明日から暫く来れないかも」


 だからこそ、希の突然の話に俺は困惑した。


「俺、嫌だった!?」


「んっ? そんなんじゃない、ない!!」


 希は大きく手を左右に振って否定した。


「アミラはこの世界の最高の夫だよ。でもね、わたしも現実の世界で色々としがらみがあるんだな」


「確かに、そう……だな」


「また、ログインしたら、救援呼ぶからね」


 希の顔は陽の光に照らされて本当に地上に降りた天使のように限りなく美しかったが、それと同時に希との結婚は疑似恋愛に過ぎないことを強く感じさせられた。


「ああ、待ってるよ」


 だからこそ、俺はニッコリと笑顔で送り出す。希にとって、俺もそして、今回の結婚もゲームのイベントに過ぎない。リアルでは和人や唯が待っている。


 希が本来いるべき場所へ還るだけなのだ。


 希は大きく手を振りながら、ログアウトした。


 さっきまで希の座っていた場所には僅かな温もりが残るだけだ。今、この世界のどこにも希はいない。




――――



読んでいただきありがとうございます。

ここでタイトルの結婚までのお話です。

ここから盛り上がっていきます。

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