第2話 甲状腺機能低下症の診療
最近、近所に出来たラーメン屋に行ってみた。
注文したジャージャー麺には殆ど肉が入っておらず、卵ばっかりだ。
こりゃ駄目だな。
こうなったら自分で納得のいくジャージャー麺を作るしかない!
さて、意外な事に脳神経外科医は甲状腺機能低下症に馴染がある。
というのも下垂体腺腫の手術後に、下垂体前葉機能低下症が起こり勝ちだからだ。
下垂体腺腫の摘出操作が隣接する下垂体に影響を及ぼして、下垂体機能低下を引き起こしてしまう。
下垂体からTSH(甲状腺刺激ホルモン)が出ないと、甲状腺が刺激されないので甲状腺ホルモン(T3, T4)が出ない。
つまり中枢性(下垂体性)甲状腺機能低下症ができてしまうわけ。
結局、外来で黙々とチラーヂン(甲状腺製剤)を補充する事になる。
ということで、結構な数の甲状腺機能低下症を診ざるを得ない。
ところが……
脳神経外科外来をしていると、下垂体腺腫術後でなくても甲状腺機能低下症らしい症例に遭遇する。
いわゆる橋本病(原発性甲状腺機能低下症)だ。
というのも、物忘れ、全身倦怠感、鬱状態などの症状があった場合、原因究明の一環として甲状腺ホルモンを調べるからだ。
すると、甲状腺ホルモン(T4)が 基準値下限前後ということが少なくない。
こんな時にチラーヂンを補充するべきか否か、それが問題だ。
1つの方法として治療的診断というのがある。
つまりチラーヂンを補充して症状が改善するかをみるわけ。
これで症状が改善したら「この人、橋本病だったんだ!」となる。
2つ目には抗体(抗TPO抗体、抗サイログロブリン抗体)を調べるという方法がある。
これらの抗体のどちらかが陽性なら、もう橋本病(原発性甲状腺機能低下症)と考えていいのではないかと思う。
つまり「症状あり+T4が基準値下限+抗体陽性」ならチラーヂンを補充することが多い。
とはいえ、悩ましい事もある。
「症状あり+T4が基準値下限+抗体陰性」の場合だ。
他に物忘れや全身倦怠感の原因があるかもしれないし、橋本病以外の甲状腺機能低下症かもしれない。
そのような時にチラーヂン補充をするか否か、それは個々の症例に応じて考えるしかないと思う。
【つけたし】
・体重40kg程度の高齢女性の場合、チラーヂン補充の最大量は64~72μg/日程度。
・典型的な甲状腺機能低下症の症状として、物忘れ、全身倦怠感、鬱状態の他に脱毛、寒がり、浮腫み、便秘、嗄声、皮膚の乾燥、食欲低下があるが、検査値の異常としては高コレステロール血症(特にLDL高値)がある。
・見落とされがちな甲状腺機能低下症の症状に関節痛がある。多いのは膝、肩、手指の関節だ。
・甲状腺機能低下症と副腎皮質機能低下症の両方がある場合、先にチラーヂンだけを補充すると代謝亢進による副腎皮質への負担が増し、副腎クリーゼを起こすことがある。かならずステロイドホルモンを先に投与する必要がある。
・ある調査によれば65歳以上の女性の10%に甲状腺機能低下症がみられるとのこと。通常の血液検査の基準値というのは全検体の95%が含まれる範囲だ。したがって、T4の値が基準値下限を下回る率は2.5%である。この事と、65歳以上の女性の10%が甲状腺機能低下症であるという事を合わせて考えると、理論的には65歳以上の女性の甲状腺機能低下症の4分の3は基準値の範囲内に血中T4値があるということになる。T4値だけでは診断できない。
・潜在性甲状腺機能低下症とは「症状なし+TSHが高い+T4が基準値内」の状態である。これが進行して顕在性の甲状腺機能低下症になると「症状あり+TSHが高い+T4が基準値未満」の状態となる。
・甲状腺機能低下症の診断についてはT4よりもTSHが鋭敏とされる。つまり、甲状腺が機能不全を起こしかけていても、ネガティブフィードバックによるTSH亢進によって甲状腺が刺激されるためT4が分泌され続ける(馬にムチをあてて走らせる状態)。しかし、さらに病状が進行するとTSHによって甲状腺が刺激されてもT4が分泌されなくなる(駄馬にムチの状態)。つまり橋本病の完成だ。
・抗TPO抗体(抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体)とは、前駆体を甲状腺ホルモンに合成するペルオキシダーゼを阻害するもの。これが陽性だと橋本病になり得る。
・抗サイログロブリン抗体は前駆体であるサイログロブリン自体を標的とする抗体。これが陽性であっても橋本病になり得る。
・亜急性甲状腺炎と橋本病の違い:前者はウイルス感染などによる甲状腺の炎症である。初期は炎症によって破壊された甲状腺から漏出した甲状腺ホルモンによる甲状腺機能亢進症、その後に甲状腺ホルモンの枯渇による甲状腺機能低下症となる。最終的には生体がウイルスを排除するため、数ヵ月後には自然回復し甲状腺機能も正常化するという経過を辿る。後者(橋本病)は自己免疫疾患である。初期にはホルモン漏出により甲状腺機能亢進症に似た症状を呈することがあるが、その後に組織破壊が進んで甲状腺機能が低下する。自己免疫疾患はずっと続くため、原則として自然に回復することはない。
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