第47話 勇者様を信じてほしかった
「い、今出させます!! お待ちください!!」
蜘蛛の糸のようにフィアさんから無数の糸が放たれたとき、私は大失態に気が付きました。
(私を抱えたままじゃレニくんが動けない!!)
慌てて転がり落ちるように体をばたつかせたのが更なる失態です。
あろうことかレニくんは私が落ちないようにと抱きかかえたまま仰向けに倒れてしまったのです。
本気で私が邪魔でした。もはや自分が憎いレベルです。仰向けに倒れたレニくんの体の端という端の隅々にまで縫い針が突き刺さり、レニくんの体を横断する感じで糸が張り巡らされていきます。緊縛系の能力ですかね。レニくんの動きが封じられてしまいました。
「ああ! レニくん!!」
「あんたは邪魔よ!!」
私の方にも糸が伸びて来まして、縫い針で縫い付けられたりはしなかったのですが、見事に糸でぐるぐる巻きにされて床に転がされてしまいました。
これでは、おじゃま虫の上にミノムシです。私には糸を切るような能力も魔法も使えません。
フィアさんは私たちの動きを封じ込めるとレニくんを見下ろすように立ち、針を指の間に数本構えてやる気満々のご様子です。
「さぁ、早く本物の聖剣を出しなさい!!」
「はあぁ、お前バカだな。本物か偽物かなんて、嘘で偽ってずっと偽物だったお前に、人の言葉を信じる心があんのかよ。どの心で俺の真偽を確かめるつもりだ? 人を信じたこともねぇくせに」
おお、レニくんが人の心をまず信じる、信頼から人間関係が始まるという精神を学んでおります。
ステータス画面に現れるレベルアップの数値はまやかしではないという証明ですね。
確実にレニくんの精神は成長しており、人間としてレベルアップしているのです。
「う、うるさい! お前にわたしの気持ちがわかるもんか!!」
「そりゃお前からなんも聞いてねぇのに、わかるかよ」
いいですよレニくん。まずはフィアさんの事情を聞いてみることからですよね。
しかし、そのような時間的猶予は私たちに残されていなかったようです。
「てめぇは本当に使えねぇな。勇者を脅すんなら、こっちだろ!」
「ひゃあああ!!!」
私の体がつむじ風に吹っ飛ばされたと思いきや、磁石のようにバギアの体へ張り付きました。
そういえば、こういう捕縛能力をお持ちでしたね。私は妙なことをされないように結界と防御魔法を唱えました。
「ミクちゃん!! てめこのひよこ野郎!! 俺の女に手を出したら秒で抹殺すんぞ!!」
びょんびょんと床の上でレニくんは海老のように跳ねておりますが、糸に伸縮性があり、なかなか抜けられないようです。
「おい、フィア! マジで舌ピが俺の聖剣なんだよ! 宝石の状態以外俺も見たことが無い! でも、お前ら
アクセル様と話した時点では、バギアはその呪いについて知らなかったと思われますが、今はどうなんでしょうね。
上司の方とはこの数日の間に会合しているでしょうし、呪いの話を聞いた可能性もあります。
「呪いの話まで知っているとは耳ざとい奴だな。いいだろう。フィア、ピアスを抜き取って持ってこい」
フィアさんは安堵したような表情でレニくんが伸ばしている舌からピアスを抜き取ると、駆け足でバギアの元へ届けにやってきました。
「こちらです!」
「ふん、宝石なのは間違いねぇみたいだな」
摘まみ上げた舌ピアスを検分しているバギアの姿を、私は床に転がりながら足元から見上げているのですけど、風がふわりと舞い上げたとき、バギアのマントがぶわっとめくれ上がりました。
そして、見ちゃいました。マントの内側にフィアさんのボロボロのローブと同じく、金糸で描かれたルリカケスの刺繍がいくつもの円形の中に施されているのを。
呪術図式。私の頭の中にその言葉が浮かび上がります。呪いが関わるこの事件で犯人側に、共通する絵柄があったら呪術図式を想起してしまいます。
ミノムシ状態の私ですが、どうにか足先だけは動かせそうです。
あの呪いがなんの効果を及ぼしているのか、気になるじゃないですか。
私は勢いをつけて体をひねると足先でマントの端を挟み込み、「てやぁあああ!!」と、気合の掛け声と共にマントを引き裂いたのでした。
「この女!! 俺様のマントを!!」
「ぶっは! 誰だこいつ! ブタだブタ! ブタがいんぞミクちゃん!」
そうなんです。バギアの姿が一瞬で変わってしまっていました。
頭身もだいぶちっちゃくなりましてね。先ほどまでアクセル様より大柄ないかつい鬼のような男に見えていたのですが、今は金色のトサカが頭に乗っかるお子様サイズのブタさんです。
「この呪術図式は対象者の見た目を任意で変更させる変化の呪いですね」
「てめぇのせいだこの役立たず!!
いけません! バギアの怒りの矛先がフィアさんに向いてしまわれました。
小さなブタになっても鋭利で長い赤い爪はバギアの自前のものだったらしく、フィアさんの首を締め上げて宙づりにしてしまいました。
「バギア! マントを切り裂いたのは私です!! 怒りをぶつける相手を間違えております!」
「うるせぇ!! てめぇの結界と防御魔法は容易に破れるものじゃねぇだろ!! 大体なぁ、こいつにはホントイライラさせられてんだよ!! ローブの秘密を守れていれば俺様の姿を暴かれることも呪術図式を見抜かれることもなかったんだ!!」
仕方ありませんね。防御魔法と結界魔法は一度解いて、とにかくフィアさんから離しませんと!
「い、いや、わたしを、助けて……!」
フィアさんは怯えたように体を震わせて、涙を零しておられました。
「バギア! 私は今無防備の状態です!! 勇者様の脅しに使いたいのでしたら私の方が好都合ですよ!!」
その言葉を聞いたレニくんは床に張り付けられた状態で床を割りました。
「ああ、この床は最地下か。でもまぁ、タイル全部割れば針は抜けてブタはゴミだ」
聖剣が抜かれていてもこの力。やっぱりレニくんの聖剣は特別なんですかね。
所有者と離れていても遠隔操作出来るとか。遠隔な恩恵みたいな感じでしょうか。
「バ、ギア様! そちらのシスターの方が! 勇者を牽制できます!」
「˝あ˝あ˝あん?」
悲しいことに今うなりを上げたヤンキーはレニくんです。めっちゃフィアさんを睨んでます。
「つまりてめぇはもう用済みってわけか」
「はい! ですから、わたしは助け……!?」
赤黒い鮮血が舞い上がりました。かぎ爪のようなバギアの鋭利な爪はフィアさんの顔を引き裂き、頭部を引き裂き、脳漿を弾けさせて八つ裂きにしたのです。
「だったら死ねやゴミクズがあああああ!!!!」
とどめとばかりに、頭部のなくなったフィアさんの体を宙に投げると両手のかぎ爪で細切れの肉片になるまで引き裂いていき、辺りには血の匂いが充満して、おびただしい量の血の海が床を流れていきます。
「フィアさん……」
助けられませんでした。私はまた目の前で殺されていく少女をただ見つめることしか出来なかったのです。
「んじゃ、今度は役に立つシスターの娘にするか」
小さい体の割には大きな爪を構えてのしり、と大股で私に近寄るバギアの後ろで揺らめく陽炎。
「俺の女に近寄んな」
背後から蹴りを入れたのはレニくんでした。どうやら、フィアさんが殺されている間に、拘束から抜け出していたみたいです。
弾丸の如き勢いで吹っ飛ばされたバギアの体は壁にめり込んで止まりました。
「ミクちゃん、待ってて。あのブタ殺してから戻るから」
フィアさんにかけられた糸の拘束は解けていません。おそらく死者の
確認はできませんが、血の海の中にはフィアさんの
レニくんはすたすたと歩いてバギアのところへ向かいます。
向かいながら拳をバキバキ鳴らしていまして、まるでヤンキーです。
バギアは意外と頑丈でして、レニくんが向かってくる間に壁から抜け出ると、やや冷や汗を垂れ流しながら、レニくんの
「く、来るんじゃねぇ!!」
どうやら防壁魔法を展開したみたいですね。聖剣にそんな能力があったのかは知りませんけど、呪いの効果も詳細を知りませんので、バギア自身の使える魔法にレニくんの聖剣の魔力を上乗せするような、ランセプオールの防壁を強化する目的で
拳を振りかぶったレニくんはバギアに向かって正拳突きを放ちました。
しかし、赤く発光する防壁魔法がレニくんの拳を阻みます。
「ギャハハハハ!! 無駄だ!! ただの人間の力で聖剣の魔力を破れるものか!!」
「はぁ? 人類が舌ピに負けるとかバカじゃねぇの」
レニくんの言葉通り、拳はどんどんめり込んでいき、防壁魔法は普通あり得ないようなガラスにひびが入っていくように亀裂が入っていき、ピシッミシッと、音が響いてきます。
「ままま待て! どうなってんだ!? 生身だろ!? どっから力出てんだよ!!?」
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