第44話 ミクちゃんも無理しなくていいんだよ
「……また、情けないって思われるだろうけど、俺はミクちゃんみたいに、たくさんの言葉を知らない。だから、心、ここでミクちゃんに向かっている俺の心、伝えられない」
ああ、なるほど、語彙力。確かに意思の疎通には必要な能力でしたね。
「でも、俺がいた世界じゃ困らなかった。みんな伝えたいことは肌を通して伝えた。肌の温度とか涙とか体の反応とか、くっついて、触って、求めあっていれば、寂しさも埋まったし、俺も満たされるの。えと、幸せとか、たぶん、愛とか、そういうもので」
これは、一瞬回避できると思った回避ルートが使えないパターンでしょうか。
なかなかレニくん、手強いですね。確かにね! もうホント実例付きで理解できるんですよ! 寂しいと泣いている男の子に、大丈夫だよ、と声をかけるより、ただギュッと強く抱きしめてあげる方がどれだけ効果的で癒されるか!
レニくんが仰っているのはそういうことです。所詮、上っ面の言葉だけじゃ心に響かないとまさに被害者側、傷を負った患者側の真理を語られていたわけです。
「……わかりました。ですが、猶予をください。いきなりって私も怖いんですよ。ビビりですみません。でもあの、レニくんに触られるのは嫌じゃないんです。だから、その、ちょっとずつ、私に触っていって、そのちょっとずつ範囲を広げて、ちゃ、ちゃんと最後まで致しますから!」
かなりビビりですよね。さすがにレニくんも呆れたかなと思ったら、蕩けたアイスクリームみたいに甘い笑みを浮かべておりました。
「うん、嬉しい。ねぇ、ミクちゃん、やっぱもう一つ、お願いしていい?」
「な、なんでしょう?」
エッチな要求が増えるのかと思い身構えてしまいました。
「俺の全部をミクちゃんに捧げたけど、ミクちゃんの一部も俺にちょうだい」
「私の一部? この貧相な肉体のことでしょうか?」
「はぁ? ミクちゃんの体は髪の毛一本まで俺のもんに決まってんじゃん。つか誰に触らせるつもりなの? ねぇそいつ誰?」
一気に瞳の温度がツンドラまで下がるのやめてほしいです。そいつ様は殺害対象でしょう?
と、思いきや、今度は優しく私の手を握って来るのです。
「そうじゃなくてさ、ミクちゃん。もう俺の前で大人のふりしなくていいよ」
「っ……!」
ビクッと思わず肩が震えてしまいます。
でも、レニくんは私の気持ちを全部見透かしていて、かつてロックな父がそうしてくれたように、優しく私の頭を撫でてくださいました。
「今まで、よく頑張ったね。ミクちゃん、一人で偉かったね。でも、もう俺がいるから大丈夫だよ。まだ、怖いことがいっぱいあって、出来ないこともたくさんある、子供のままでいいんだよ」
ああ、ダメでした。私の必死に振りかざした建前なんて、肌で本音を感じ取るレニくんに通用するはずありません。
七年前も、レニくんと初めて出会った頃も、自分の自由を願って、そのために張り付けた虚勢のペルソナは見事に剥がれ落ちて、今はボロボロと、子供のように涙がこぼれて、レニくんの胸に抱きついて声を上げました。
「う、うあああああああああん! ひっぐ、うええええええええん!!」
「よしよし。よく頑張ったね。今回も偉かったよね。でもね、ミクちゃん。俺を心配させるのはダメだよ。さっきさ、ミクちゃんだってちょっとずつがいいって言ったじゃん。いきなり、たくさんの人を救おうとしないで、ちょっとずつでもよかったんだよ。誰も怒らないから」
ぐすぐすとしゃくりを上げて泣く私は、必死になってなんでも完璧にこなせる大人になろうとして、大切なレニくんに大きな心配とご迷惑をかけたことにようやく気付いたのです。
「ひっぐ、うぅ、ごめん、なさい。レニくん、ご心配、かけて、ひっぐ、うええええん!」
「ミクちゃんはまだ子供だから許してあげる。その代わり、もう大人のふりするミクちゃんは俺が貰っていっちゃうからね」
もう聞き分けのいい大人のふりはしなくていいのですか。聖典でぶたれないですか。
「いいんですか? 私は結構わがままなんですよ。レニくんに、ぐずぐずに甘えちゃいますよ」
「むしろ今までしっかり者過ぎてつまんねぇ女だったもん。わがままなんて俺の方がたぶんわがままだし、甘えてくるのはいつでも大歓迎♪」
そうですか、まぁでも、そうですね。レニくんの方がわがままだし、甘えん坊だから良いかもです。
「あ、あの、じゃあ、一つ、お願い、いいですか? その、私の頬を包む感じで、それでその、親指だけで頬を撫でてほしいです」
レニくんは言われた通りに大きな手を伸ばしてきて、私の頬を包むと、親指でそっと頬を撫でてくださいました。
私は気持ちよくて、懐かしさで、あの頃のロックな父の大きな優しさを思い出しておりました。
「ふふ、ミクちゃん子猫みたい。これ気持ちいいの?」
「はい。うんと幼かった私はいつも泥だらけで、顔にも泥をつけたまま遊んでいて、そういうとき、ロックな父は優しい笑みを浮かべながらこうして頬の泥を拭ってくださったんです」
そっか、と私と父の思い出話をただ聞いて優しい笑みを浮かべてくれるレニくんも優しかったです。
「そういえば、レニくんのレベルアップはどうなったのですか?」
「あ、忘れてた。ステータスオープン」
私はレニくんの少々輝きの増したステータス画面をまじまじと覗き込みました。
「補正レベルはミクちゃんと同じ+6だから今合計レベル20。でも奥義習得って書いてある。なんこれ【滅・奥義】俺これ読めない。なんて読むの?」
(滅!? 滅失!? え、お相手の方がこの世から滅失されるんですか!?)
「えと、その、これは、一般的に、めつおうぎと読めますね……」
「効果。効力の方も読んで」
奥義ってくらいですから必殺技ですよね。勇者様の必殺技といえばイメージですけど光系とか聖なるなんとか、みたいな強力な雷っぽいもの想像してましたけど……。
「聖女の補正能力【リリスキッス】を受けて気力、体力、魔力等のすべてがオーバードライブ中、発動可能。飛び上がりからの回し蹴り。空中相手にも当たり判定あり。効果、対象者の滅失」
(こっわ!? 空中相手にも有効ってレニくんどんだけ飛び上がれるんですか!?)
「ええ? ミクちゃん、【リリスキッス】っていう超魅力的な補正能力持ってないよね?」
「すみません! 基礎レベルに振ってしまったので、私の補正レベルが足りていないようです!」
いえ、よかったです。こんなもの使われたら、いくらお相手が魔族でも居た堪れないです。
「ちぇー。じゃあ、しばらく基礎レベ上げ禁止ね。俺【リリスキッス】受けてみたいし」
「かしこまりました。それでは私も元気になりましたし、レベルアップも済ませましたし、アクセル様と合流して子供たちの救出へ向かいましょうか」
「うん、でも、その前に」
そっと寄せられた唇。今までとは違う。お互いに瞳を閉じて、お互いの体温を感じ合う。
チュッとリップ音を鳴らして唇が離れたとき、見つめ合った私たちはどちらともなく微笑み合って、今ようやく恋人の一歩を踏み出せたような気がします。
まだまだ恋愛レベルはゼロの私たちですが、これからは、お互いのことをもっと分かり合って、恋愛のレベルも上げていきたいと思います。
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