第42話 悩めるミクの心
び、びっくりしました。そして熱が下がりました。レニくんの代わりに私の体を拭きに来てくれた少女が体温を測って驚いてましたよ。
きっと喧嘩してヒートアップしたから余計な熱が一気に放出されたんですね、みたいな解釈されてましたけど、私たち、喧嘩はしていないです。
あろうことか、看病に使わせてもらっている人様の部屋で真昼間に乳繰り合っていました。
しかも、お相手の殿方を酷く苛立たせたようで、傷付いた上にダブルパンチです。
なんか前にもこんなことありましたけど、レニくん、私たち、お付き合いしてませんよね?
それとも私は熱に浮かされている間にレニくんと恋仲になっていたのでしょうか(なぜ?)
私の胸に聞いてみます。あなたはレニくんを一人の男として恋愛対象として見ているのですか?
答えは曖昧なノーです。たまにドキドキしたことは認めます。でも、自分でブレーキをかけてきました。
レニくんの心には私たちの治癒魔法やメンタルケアなどでは償いきれない無数の傷跡が深く刻み込まれており、完治という意味では不可能と言わざるを得ません。
ですから、回復、良好な状態へ導くことが最善の方法かと思われますが、有効な手段として私が考えたのは見返りを求めない無償の愛(私の役割)、信頼できる仲間の存在(アクセル様に託した役割)、親の愛情(父ちゃんさんに期待している役割)、最後に真実の愛(まだ見ぬレニくんの将来の伴侶の方の役割)と考えていたのですが、間違っていたんでしょうか。
私がややこしく考えるから、レニくんのケダモノスイッチは唐突にオンに入り、ヤンキースイッチも電光石火の勢いでオンに入り、良識のある優しい少年スイッチも矢庭にオンに入るのでしょうか。
だってもう情緒ヤバいですよ。汗拭きたい衝動もよくわからないですけど、恋人だと嘘をつくし、下着脱がすの速すぎるし、脇汗拭かれてキャーキャーいってたら、……普通その流れでおっぱいの先端を舌ピアスで転がしますか。指でつまみますか。なんでエッチの流れ作るんですか!!
ねぇ私、傷付いたらおかしいですか! 彼氏じゃない男に、看病してくれてるのかと思いきや舌ピアスで乳首転がされたんですよ!
この状況で私この人の最愛なんだ♡ とか思う人、どうかしていると思います。
それで、私が傷ついた理由は状況が最悪過ぎたってだけですけど、レニくんは私の幸せを考えてくるって答えに対して過剰な課題を抱えて出ていったまま帰ってこない。
もう、一晩経っちゃったじゃないですか。すでにびっくり事件から翌日のお昼どきですよ。
薬湯のおかげですっかり元気になりましたし、ここのご飯美味しくておかわりまでしちゃいましたし、アクセル様は何やら里の人たちとお忙しそうに走り回っておられますし、フィアさんのお姿はお見掛けしません。
一応、私はまだ病人扱いで、部屋からは出してもらえず、椅子に腰かけているか、お布団で横になるしかやることがありません。
なので、その間に真剣に考えてみました。レニくんにとって、私に求めたい一番のことってなんだろう。
それで、ですね、物凄く調子の良いことを考えてしまったのですが、病明けのハイテンションってやつですかね。
もしかして、私が真実の愛ってやつを提供する役割でもレニくんなら、案外喜んでくれるのかも、なんて。
さすがに調子づいてますかね。でもその、そっちなら、関係性的にエッチはありじゃないですか。
私も拒む理由が無くなりますし、案外これであっさり解決するんじゃないかと考えていたとき、ようやく、襖がスパンと勢いよく開いたのです。
「レニくん! もう、遅いじゃないですか……!」
入って来た勢いは良かったのに静かに襖を閉めると、布団の横にストンと座って、レニくんは私の手を優しく握ります。
「ごめんね、悩むの苦手で。やっとさっき、上手いことミクちゃん幸せにできる方法を思いついたんだ」
ここはレニくんなりに出した答えを先に聞きましょう。
自己の利益よりも他者の幸福を考えられることは、レニくんの立派な精神の成長です。
「嬉しいです。どんな方法でも、レニくんが私の幸せを考えてくれたことが何よりも嬉しいのです」
「ふふ、うん。ミクちゃんならきっとそうやって喜んでくれると思った。でも、きっと本当にお互いにとっても良いことだと思うんだ」
「私と、レニくんにとっても?」
「うん」
それは素晴らしい方法ですね。早く聞きたいです。
「ミクちゃんさ、願いがあるって言ってたじゃん。たった一人でもいいから救って守り切って見せるって。それが簡単なことじゃないんだって、今回のミクちゃん見てて、俺もようやく実感できた」
私の手を包み込む温もりは、そういえば高熱を出している間もずっとここにあったような気がします。
「あんなにたくさんの死者の魂を鎮魂できたのに、あの人たちはもう、当たり前だけど、死んじゃっているんだよね。ミクちゃんのおかげで街も森もここの里の人たちだってみんな元の生活に戻ったけど、ただ元の生活に戻っただけで、個々の苦しみや悲しみは解決されたわけじゃない」
私はその通りです、と頷きます。私はまだ誰も救えていません。守り切れていません。
「あのさ、最初に、いや、2度目に俺と会った時のミクちゃんの言葉覚えてる? 誰でも構わないのでしたら私を選んでくださいってやつ」
そういえば、下卑たスキンヘッド様が看護学生の女の子がその、致してくれるってよ、的な発言をしたときに私はそういってレニくんを引き留めましたね。
「俺も言っていい? ミクちゃんの願い、その救って守り抜くたった一人の相手が誰でも構わないんだったら、俺を選んでよ」
「レニくんをですか?」
思ってもみないお言葉でした。正直、そういうメンタルケアも関わってくるような過干渉はレニくんなら嫌がると思っていましたから。
「よろしいのですか? レニくんをお救いする、守り切るということは、私はレニくんの踏み込んでほしくない過去の傷にまで時には手を伸ばし、あらゆる敵からレニくんを守るということですよ?」
レニくんは両手でしっかりと私の手を掴んで、真剣な表情で頷きました。
「もちろん、今は怖くて言えないことも多いよ。だけど、ミクちゃんは俺のこと待ってくれるって信じてる。前は俺の中身を知られるのだけでも怖かった。でも、今は、ミクちゃんになら知られてもいいと思っているんだ。だ、だってさ、そこから、救ってくれるんだろ?」
レニくんの手は震えていました。だから私も手を重ねてレニくんの手を包み込み、ランセプオールの街でもそうしたように安心感がレニくんに届くよう、祈ったのです。
「救います。ただし、レニくんの心は完治できません。前に言いましたね? レニくんの心は償いきれない罪で傷付けられ過ぎているのです。ですから、とても長いお付き合いになると覚悟しておいてください。レニくんの精神状態は良好な状態を維持していく、これが最善の方法になります」
やはり、ショックだったのでしょうか。レニくんはしばらく俯き、肩を震わせて、泣いているように見えました。
ですが、気丈にもレニくんは顔を上げて無邪気な笑みを見せてくださいました。
「なら、誓って。白い教会で神父の前で誓うように。ミクちゃんは魔王を倒したらシスターやめて遊牧民に戻っていいよ。その代わり、永遠に俺を救い守り抜くこと」
本当にこれでいいのでしょうか。私が出していた答えは思い過ごしだったのでしょうか。
「誓う前に、この間のお返事をさせてください」
一応、確認ということで。誓った後で、またケダモノスイッチがオンになっても困りますからね。
「この間……?」
レニくん、基本的に衝動性の行動は即忘れますよね。
「私が、どなたかに愛していると言われたら、その方のことを考えるのか」
「ああ、それね……」
眉間に深いしわが寄っていますよ。忘れていた割には秒で殺意が蘇りますよね。
「考えません。丁重にお断りします」
二度と空想で殺意がわいたりしないようにハッキリ告げておきました。
「……なんで?」
どうして疑問に思うのでしょうか。
「レニくんが、考えてほしくなさそうだったからです」
それ以外に答えがあったらおかしいでしょう。
それで、レニくんの答えはどっちなんですか
。
それは本当に手慣れた素早い動きで、お互いに両手を掴み合っていたはずなのに、ドサッと。
布団の上にドサッと私の体は押し倒されて、見上げれば光沢のある舌ピアスを覗かせたレニくんが、またしても色香を放ちながら笑みを浮かべ、私の唇を舐め上げました。
「うん、考えないで。ミクちゃんは俺のことだけ考えていて」
やっぱり、こうなるんですよね。おかしいですよね~? 治療をお望みでは?
それとも、看護師に特別な性癖をお持ちでいらっしゃるとか?
そういえば、路地裏でも看護学生と致したかったと騒いでいらっしゃいましたね。
「ねぇ、早く誓ってミクちゃん……!」
そんな目をハートにぎらつかせて何を誓えと仰られているのでしょうか。
「あの、レニくん、確認なのですか、私は白い教会で神父様の前で、何を誓うのですか?」
あ、ヤバい。もうレニくん、なんかのスイッチ入ってますね。上着脱いじゃいました。
久しぶりに上半身の均整の取れた筋肉と呪術図式と御対面です。
「もうハッキリと仰ってください。私は処女を失う覚悟を決めればよいのですか? それとも、症状を緩和させる覚悟を決めればよいのですか?」
レニくんはどう考えても前者の勢いでして、私の首筋を舌でなぞり、舌ピアスの金属的な冷たさと、唾液のしっとりとした感覚がぞわぞわと足元から脳天まで突き抜けていくようで、もうここで食われるかもと、若干諦めかけております。
「俺を救って……!」
「え……?」
思っていたのと逆の言葉が出てきたので驚きました。
でも、レニくんはむしゃぶりつくように私の耳朶から頬から首筋から鎖骨まで、唾液を零しながら舐め尽くしているのです。
「お、俺は悪魔なんだ。あの女の息子なんだから当然だ。お、同じ血が流れてる……!」
「レニくん? あなた、もしかして」
ハッと気づいてレニくんの顔を支えて見てみれば、大粒の涙をこぼしておりました。
私の体を濡らしていたのは、唾液ではなく、レニくんの瞳から零れ落ちた涙だったのです。
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