第40話 遠く輝くもの
「もう大丈夫だっぺよ。ばっちゃの作る薬湯は世界一じゃけん」
「だ、だっぺ? じゃけん? じゃんけん?」
鼻を利かせたら、地図に載っていない隠れ里を勇者は発見していた。
馬車で突っ込んでしまったため、一度は危うく侵入者と間違えられ、捕まりかけたが、オレが王室騎士団の騎士の格好をしていたこと、シスター様が聖・
だが、本当に感謝すべきなのはシスター様の行いだ。
この隠れ里も近隣の呪いの波動を受け、水の不浄や狩りの不作に悩んでいたらしい。
だが、シスター様の鎮魂の祈りのおかげで急速に森は蘇り、里も息を吹き返したという。
倒れた経緯を説明したら、里の命の恩人だと感謝され、シスター様は手厚い看護を受けられることになった。
草団子を運んでいたお嬢さんの家系が薬師らしく、腕のいいおばあさまがシスター様のために薬湯を作ってくださった。
高熱が出て、荒い呼吸を繰り返す、苦しそうなシスター様に薬湯を飲ませると、5分と経たずに呼吸は落ち着き、熱も下がりつつあるようだ。
「あはははは! 勇者様はべっぴんじゃけんど、変わったお人やね! 草団子食べんね!」
「え、なに? これ、食べていいの? ダメなの? どっち?」
「食べんね!」
ずいっと差し出されたお皿には草団子が山のように盛られており、少女は食べなさいと差し出しているのだが、勇者は困惑していた。
両手でシスター様の手を握っているからだ。ご厚意で差し出されても、草団子を掴む手が空いていない。
「お嬢さん、少し二人きりにしてあげてほしい。彼も寝ていないんだ。人が居無くなれば少しは眠れると思うので」
「なめんな! ずっとミクちゃん看病してるもんね!」
「そうか。オレは馬の様子を見てくる。無茶な走り方をさせたからな」
畳に座布団という変わった席を立つと、着物という服を着たお団子頭の少女も席を立ってついて来た。
襖を閉めて廊下を歩きだすと、厩舎に向かうオレに少女は笑顔で話しかけてきた。
「お馬さんのあんよに効く軟膏あるから持ってくるべよ。これもばっちゃの自信作でなぁ、一発で治りよる」
「何から何まですまないな。恩に着る」
「騎士様はおとぎ話の中の人そのまんまだっぺなぁ。きっといつか魔女を倒してお姫様を救い出すから、そんときはお姫様も里に連れて来てな」
自分はそんな大それた存在ではない。だが、少女の良い気分を壊すつもりもなく、ただ黙って頷いた。
自分にやれることはないか考えていた。シスター様のように仲間の支えとなり、人々を救い守る存在となり、そして戦いに赴くことにも躊躇せず勇敢に戦える戦士のように。
外に出れば星空が森の隙間から見える。あの遠い星空のように、ミク殿の存在が遠く輝いて思えた。
「遠いな……」
思わず口について出る。言うは易く行うは難し。なぜミク殿はあんなにも凛として咲く花の如く美しく気高く理想を生きていけるのだろうか。
靴音がしたのであの少女かと思ったが、すぐに思い直した。この里の者は皆藁を編み込んだ草鞋を穿いていた。
「フィア殿ですか」
「っ……! よく、振り返らずにわかりますね。さすがは百戦錬磨の騎士様です♡」
単に消去法だし、振り返る手間を惜しんだのは、まだ星を眺めていたかっただけとは言い難い。
「シスター様の具合いはどうですか?」
「こちらの腕のいい薬師様のおかげでだいぶ回復に向かわれているようです」
それでも、嫌われることを覚悟してでも止めるべきだったと今さら悔やんでも仕方がないことだとわかっても、悔やんでしまう。
だから、続くフィア殿の言葉が信じ難かった。
「なら明日にはバギア討伐に旅立てますね!」
「は……?」
「だってシスター様がご自身で仰っていたでしょう。自分はバギア討伐の役に立たないから、倒れても構わないって。ならここに置いて行って早く子供たちを助けに行きましょう。アクセル様も攫われた子供たちが心配ですよね?」
ああ、あの時のシスター様のお言葉か。俺はようやくフィア殿に向き直った。
「あれはシスター様の建前ですよ。シスター様は神様が大嫌いですから、間違っても神の言葉を指針にして行動したりしません」
「んな!? あの女! じゃあ嘘をついたって言うんですか!?」
「建前です。しかし、少し考えればわかることだ。シスター様が一刻も早く村を回り、鎮魂の祈りを捧げたい理由。フィア殿にはわかりませんか?」
フィア殿は顎に手を当てて少し考えていたようだが、わからなかったようだ。
「点数稼ぎですか? 功績を挙げればもっと身分の高いシスターになれるとか」
「ははははははははは!!!」
これには大笑いしてしまった。
「ア、アクセル様?」
こんなにも、天と地ほどに心の在り方が違うというのに、天は同じ女性という一つの性別で括るのか。
「いやぁ、すまない。親から強く期待されている結婚だが、オレには難しいと思ったものでな」
「ええええ!? ご結婚諦めちゃうんですか!? そんなの困ります!!」
「はは、まぁ話を戻しましょう。簡単なことだ。シスター様は亡くなられた死者の方のために祈られていた。早く苦しみから解放して差し上げるために。結果として、街にも森にも里にも良い作用をもたらしましたが、あの方には何一つ求めた見返りなどありません。感謝すらも」
フィア殿は面白いくらい唖然とした表情をしておられた。
きっとこの娘さんには考えにも及ばない行動なのだろう。
「そうやって親の呪いを解いておけば子供たちの救いになるなんて、シスター様は思わないさ。大体、親が殺されている時点でなんの救いにもならない。修道院育ちのシスター様が一番そのことをよくわかっている。シスター様も親を殺されているからな」
シスターミク殿のことは勝手ながら両親が調べ上げてしまっていた。
まぁ反抗期のころの面白いエピソードや7年前に勇者とニアピンしていたなど、興味深いエピソードも聞けたので、調べたことについては折を見て直接本人に謝罪したいと思う。
「悪いがオレも聖人君主ではないんでね。シスター様の容体が完治なさるまで、ここから動くつもりはない。何故なら子供たちの救出にシスター様のお力は必要不可欠なんだ」
「そ、そんな、防御や結界など、勇者様の聖剣があれば……!」
オレはそろそろ軟膏が届けられる頃だと思い、厩舎に足を向けてさすがに呆れた声を出した。
「君は何を言ってるんだ? その勇者がミク殿を置いて一歩も動くわけないだろう。前提が間違っているんだよ。勇者を動かしているのはミク殿だ。ミク殿がいなければ勇者に君を助ける理由すらない」
だからミク殿は必要不可欠だと言ったじゃないか。
絶句しているフィア殿には悪いが、馬たちの様子が心配なので、厩舎に向かわせてもらった。
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