第38話 ミクの必死の祈り
ミクちゃんは綺麗だ。周りが汚くて、ぶさいくで、下品で、貧しい心を俺に見せてくるほど、気高くて、強くて、健気で、質素な身なりが逆に上品に見えてくるミクちゃんの心の可愛さが際立つ。
鉄の村の墓場で始めた鎮魂の祈りは、昼頃に始めたのに、俺の鼻が嫌な気配を感じなくなって、辺りに清浄な空気が戻ってきたのは夜が明ける頃だった。
ミクちゃんはその間、一歩も動かないで、ずっと祈りを捧げていた。
そりゃ、シスターなんだからそれが仕事なんでしょ、って言われたら、そうなんだろうけど、あのさ、お前がそれ言うの? ってさすがにフィアに対して怒りもわいたよね。
なんか馬車に帰ってきたらアクセルにベッタリくっついてて、自分はぐーすか眠ってて、次の村に向かうってアクセルが御者やってくれたから、俺がミクちゃん抱きしめて眠ってたら、「昼までイチャイチャ寝てるとか、シスターさんって節操無しですよね」って言われてカチンときたよね。
はぁ? ってなって、でも、俺が不機嫌になるとミクちゃんすぐ敏感に反応して起きちゃうし、超冷静な感じで昨夜の説明したら、さっきの反応だよ。シスターなんだから当然でしょってやつ。
「ていうかぁ、アクセル様も勇者様も戦いに赴いて、みんなのお墓まで作ってくださって、超重労働でお疲れ様じゃないですか。そういう自分より頑張っている人に対する気遣いとか無いんですかね。わたしだったらここまで能天気に寝ないですよぉ。ね、アクセル様♡」
え、こいつ殴っていいかな? と、思ったらやっぱりミクちゃん起きちゃって、俺の腕をくいくいって引っ張って、可愛いから、なぁに? ってミクちゃんのさくらんぼみたいに美味しい唇に耳を寄せたら、
「今、フィアさんはアクセル様に恋のアプローチをしているので、邪魔しちゃダメですよ」
だってさ。女子ってどういう思考してんの? これが恋のアプローチ? ミクちゃんもロザリオ握りしめて頑張れ! みたいに応援してるけど、ガチでアクセルが気の毒に思えてくるよ。
俺は鼻が利くからさ、話全部聞こえてたアクセルからは俺と同様にフィアに対する怒りしか伝わってこないし、それにさ、ミクちゃんは一睡もしてない状況で早朝にアクセルへ頼み込んだんだ。
「他の村の安否が気掛かりです! 一刻も早く、たどり着ける村から回っていきましょう! アクセル様、どうか御者をお願いできませんか? レニくんは私に付き合って一睡もしていないのです!」
最近、涙腺の弱い俺の心は泣いちゃおうかと思ったね。何かと思えば、まず一番に他人の心配。そして仲間への気遣い。最後に俺の睡眠不足まで気を回しちゃって、一緒に寝たいですって可愛いこと言っちゃって。荷台に荷物より邪魔なその他が居なければ食ってやるところだったよ。
大体、俺は眠いのを我慢してたわけじゃない。夜が明けるまで、俺の一番星が輝き続ける、その美しさに見惚れていただけなんだ。
んで、このムカつくやり取りしている間に、もう一つの村の近くに着いて、やっぱり呪いの気配が漂っていて、俺たちが先に見に行った。
状況は鉄の村と変わらない。全滅。首ちょんぱの大人の死体だけ転がっている。
救いがあるのは子供たちの被害はないこと。ミクちゃんから聞いたけど、バギアには少し感謝しておいてやろうかな。
でも、警備の人間はもう送っていなかったなんて、怪我が完治したら領主のやつ、足の一本くらい、もう一度折ってやろう。
あと、呪いの力が強いからか、村に近寄る魔獣たちはいない。作物も呪いの影響で腐っているし、家畜も死んでしまっている。
俺たちは家畜の分も墓を作って埋めてやった。きっとミクちゃんの祈りを聞けば、こいつらも安らかに眠れるはずだ。
それで、やっぱりミクちゃんは昼頃から鎮魂の祈りを捧げ始めて、辺り一帯が清浄な空気で浄化されるまで、夜が明けるまで祈り続ける。
そして、帰り道には焦っている。
「こんなに時間がかかっていたら、救えるはずの人たちも救えなくなります! どうか、次の村で同じ状況になった場合は私を置いてレニくんたちは先へ進んでください!」
「何度も言わせるな。ミクちゃんを置いて先なんかない。ミクちゃんはハイスピードでよくやっているよ。全力で全速力で頑張ってるじゃん」
「でも、……ごめんなさい。私の力不足です」
なんで謝るの? なんで頼らないの? なんで俺を怒らないの?
俺が国王の言うとおりに他の精鋭メンバーも連れ出して来ていたら、シスターは最低でも5人は居ただろうし、ミクちゃんの負担も分散できてた。
俺のわがままじゃん。今からでもランセプオールにいる神職のやつ連れてくればミクちゃんの負担は軽減されるわけじゃん。
俺はそれを嫌がるけど、ミクちゃんは、人を救うためにという当然の正義で要求できるし、謝る必要は当然ないし、てか司祭レベルのミクちゃんの力で救えないなら誰も救えないじゃん。
お姫様抱っこで運んでいるから、俺の腕の中でもうくたくたで眠そうになっているミクちゃんは、それでも俺より先に眠るわけにはいかないって、落ちそうになると頭ぶんぶん振って覚醒してまぶたこすって起きようと頑張っててくそ可愛いから真剣に聞いてみたくなった。
「……ミクちゃんってさ、俺のこと、好きなの?」
俺の顔を見上げるミクちゃんの瞳はいつも以上にとろんとハチミツがかっていて美味しそう。
「? レニくんのこと好きですよ?」
「いや、そうじゃなくてさ、俺の嫁を狙ってんの?」
「狙ってませんよ?」
即答だった。俺としては、ちげぇの!? ってくらいショックだった。
「私には夢があるんです」
「知ってるよ。人を救って遊牧民に戻るんでしょ」
「それは私の願いです。夢ですよ。私の力の及ばない幸せな夢。レニくんの夢です」
「俺の夢?」
ミクちゃんはまぶたを閉じて、それこそ夢を見ているように語りだした。
「レニくんが魔王を倒して、世界が平和になって、きっとその時にはレニくんは素敵な大人になっていて。いつかとても素敵な人と巡り合います」
だからさ、毎回ミクちゃんの夢物語に出てくるそいつは誰なわけ?
百歩譲って俺が大人になっているのは良いよ。そりゃ、そういう日も来るよ。
でもさ、信じられるわけないよ。ミクちゃんより素敵な人は居ないよ。
だけど、プラムみたいに色づいた頬で、ミクちゃんは夢の続きを語る。
「そしてレニくんは、とても素敵な恋をして、私は白い教会に招待されて、花びらが舞う青い空の下で満面の笑みで笑うレニくんと、レニくんの最愛の人が永遠の幸せを誓う、その日を心から涙を流して祝福したい。それが私の夢です」
ねぇもうこれ俺のこと好きなのミクちゃんで良いんじゃないの?
こんなに俺の幸せを願ってくれる女の子が他にいるかな? 居ないよね?
これこそ教会で神父がなんだかんだ聞いて来る純真じゃないの?
混じりっ気無しの愛で、純心から願われた俺の幸福で、祈りににも似たミクちゃんの俺を想うど真ん中の本音なんだというなら、好きっていう言葉の方が使い道を間違えているんだよ。
「俺はミクちゃんから、白い教会に招待してもらえるの?」
目をぱちくりさせるミクちゃんは、その可能性をミリも考えていないようだった。
「あ、そうですね! 私もそういう機会に恵まれるかもしれません。そのときは、いたっ!?」
がりっとミクちゃんの耳朶を強めに噛んだ。血の味がする。ミクちゃんの味だ。
「レニくん……?」
「愛してるって言われたら、ミクちゃん、そいつのこと考えるの?」
自分でも冷えた声出てるなってわかってる。でも、腹の底から冷えて寒いんだから仕方ない。
ミクちゃんを抱きかかえていても、温もりが肌から失われていくように、冷たくなって、墓で眠る死者のように、魂の繋がりが消えていくんだから仕方ない。
「シスター様、お疲れ様です! 早く荷台へ! 勇者よ、お前も早く横になれ!」
気が付けば馬車に戻ってきていた。ミクちゃんの答えは聞けないまま、だけど、同じ毛布に包まって、すぐに寝息を立てたミクちゃんを抱きしめたまま眠りについた。
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