第37話 鉄の村の真相
「フィアさん、村の様子が気になりますか?」
「……いえ、どうせもう、一人も生き残っておりません」
その声音は完全に諦観に沈み、瞳に光もなく、領主様に
「私にはとても急な心境の変化に思われるのですが、もしかしてフィアさんは村人の皆さんが呪われた状態であると知っていらっしゃったのですか?」
しかし、フィアさんは力無く首を横に振ります。
「……領主様は嘘をついています。警備の人間を村に送れば村人が戦うより勝機がある。そんなの嘘です」
確かに領主様はそのような話をなさっておりましたね。
「……殺されました」
「え……?」
あまりに衝撃的な言葉に思わず聞き返してしまいました。
フィアさんは震える自身の体を両手でギュッと抱きしめると、強めに言葉を吐き出します。
「殺されたんですよ! 警備の人間は最初に! 何度送ってもらっても殺されるんです!! そのうち、来なくなりました。わたしたちの村は見捨てられたんです。そして、
これはちょっと、私たちフィアさんのことも領主様のことも誤解していたかもしれません。
もっと詳しく本当の事情を聞いてみる必要がありそうです。
「フィアさん、私はあなたのことを誤解していたようです。てっきり、このままでは村が危ないので
それは嫉み。フィアさんが私に向ける視線には七年前、先輩シスターさんから向けられたのと同じ嫉みの込められた澱みのある眼差しでした。
「あなたはいいですよね。恵まれた才能をお持ちで、おかげさまで勇者様にも特別に愛されて、あの身分の高い騎士様もあなたを守るのでしょう。虐げられて奪われるツラさなど、一生理解できないでしょうね」
理解できるので、きつく当たられても甘んじて受け入れましょう。
とはいえ、肯定してしまえば逆鱗に触れるでしょうし、否定しても逆鱗に触れるでしょうし、ここは岩になった気持ちで押し黙ります。
すると、フィアさんの方がまだ悪態を吐き出し足りないのか、つんけんとした態度で言葉を吐き出しておりました。
「わたしにだって特別な才能があれば違ったのよ。誰かに頭下げる必要もないし、勇者様だってわたしの方がスタイルもよくて楽しめたでしょ。そもそも貴族に生まれていれば、魔族なんて低俗な連中と関わることもなかったし……!」
孤児院の五歳児女児にもたまにいますね。わたしがお姫様だったら違ったのに、という人生の根底から覆すプリンセス思考。
おそらくフィアさんは幼いころから抑圧された生活を強いられてきたのでしょう。
それか、度し難い貧困からくる自由への渇望でしょうか。
しかし、過去は変えられませんが、未来は常に自分の力で良い方にも悪い方にも変えられます。
「フィアさん、特別な才能と仰るのでしたら、既にフィアさんもお持ちではないですか。フィアさん自身の個性です。私は恋愛経験に疎い方ですが、殿方が
「……何が言いたいのよ?」
うぅ、怖い。爪を噛みながら睨みつけないでほしい。
「ア、アクセル様にアプローチしてみてはいかがでしょうか? 貴族様になりたいのでしたら、その、あのお方とご結婚なされば、公爵夫人ですよ!」
じとーっと座った目で睨みつけられておりましたが、やがてフィアさんはボソッと呟きました。
「……勇者様は脈無しだし、あっちもイケメンはイケメンだし、それもいいか」
どうやらダークな乙女の思考はようやく着地点を見つけたようです。
それなら、話を本題に戻しましょうか。と、思いきや、レニくんたちが帰ってまいりました。
荷台から降りると、浮かない顔をしたレニくんとアクセル様が土まみれの体で、私たちを迎えました。
「酷い有様でした。確認できたのは村人の大人たちだけですが、頭部を持ち去られた状態で絶命しており、魔獣に肉体を食べられていた者も。隠れられそうな場所も探しましたが、生存者は見つからず、オレと勇者で墓を掘り埋葬いたしましたが、シスター様たちは近寄らない方が良いかと思います」
フィアさんの言っていた通りの結果、いえ、それ以上に残酷な惨状です。
「お気遣いありがとうございます。ですが、呪いの波動が消えておりません。おそらく呪い自体は持ち去られたという頭部にかけられているのでしょう。しかし、死者の怨念が呪いをかけられた場に呪縛されてしまい、魂が天へ昇れていないのです。送って差し上げませんと」
それこそ神職に就くシスターの務めというものでしょう。
「俺がミクちゃんを連れて行く。アクセルは馬車とその他を守っておいて」
「わかった。シスター様。くれぐれも、無理はなさならないように」
ぺこりと頭を下げてアクセル様にお礼を告げると、土だらけのお二人を浄化の祈りで綺麗にして差し上げました。
「っきゃ!」
いきなりレニくんにお姫様抱っこされて、慌ててレニくんの首元にしがみつくとレニくんは無邪気な笑みを浮かべております。
「こうした方が速いだろ」
そ、それはまさか。そのまさかでした。レニくんは私を抱き上げたまま猛スピードで駆け出したのです。
「あわわわわ! こ、怖いですぅ!」
正直、馬車より速いんじゃないかというスピードでしたよ。
「っはは、ミクちゃんは怖がりだなぁ! それで呪われた墓場に行こうとするんだから大した虚勢だよ!」
う、見抜かれている……。実はビビりまくりだとレニくんにはバレバレでしたか。
これはいつか、レニくんに私の精一杯の虚勢も見抜かれてしまうかもしれませんね。
そんなことを考えていたら、いつの間にか、もう、あっという間に鉄の村に到着しました。
村の柵は壊されてしまって、ここで戦闘があったことを感じさせます。
荒らされた家や踏みしめる土にも血痕がこびりつき、魂と結びつきの強い血の跡からは紫色の靄が浮かび上がり上空に紫色の雲を形成させてしまうほど呪いの力の集大成となっておりました。
とはいえ、神職の者や、呪術に詳しい者でなければ、呪いの波動も感じませんし、紫色の靄を視認することもありません。
実際、目もよく、鼻も効くレニくんですが、私が見上げている光景を追いかけても首を傾げているだけでした。
レニくんにとってはなんとなく嫌な感じがする、程度の感じ方なのでしょう。
「ミクちゃん、こっちだよ」
レニくんは私の手を握って村の中を案内してくださいました。
今、私の手を繋いでくださっているのは私を安心させるためのものなのでしょう。
レニくんの暖かい温もりからレニくんの優しさと気遣いを感じ取り、足の震えも収まります。
やがて、村の中央の広場に木の棒がたくさん立てられた簡易的な墓地へ案内されました。
呪いの気配も一番濃く、死者の苦しみや怨念も、こちらに溜まっているようです。
「レニくん、私は皆様に鎮魂の祈りを捧げます。ですが、これだけ呪いの力が強いと鎮めるのに時間がかかると思います。レニくんは無理をせず、馬車に戻っていてもいいですからね」
「バカ言うなよ。自分の女置いて寝に行く男がいるかっつの」
言葉はぶっきらぼうですが、レニくんは近くの壊れかけの家屋の壁に背中を預けると、お高そうなダークブルーのジーンズを土の上に投げ出してそのまま座ってしまわれました。
私はいつの間にヤンキーの女になったのでしょうか。でも、悪くない気分です。
ロザリオを両手で掴むと私はその場で両ひざを折り、鎮魂の祈りを捧げました。
「美しきは魂の旋律、麗しき水は罪の浄化、眩き魂の星は流れゆき、絶佳なる大地へと帰り咲き誇り、永遠の輝きとなりて
大地から空へと鎮魂の祈りの波動が淡い光となって広がっていきます。
あとはひたすら祈りが眠る皆様の心に届けられるまで、安らかな眠りが訪れるその時まで、祈り続けるだけです。
誰が首謀者か知りませんが、私は今回の事件、領主様が仰ったように、裏で人間が絡んでいる気がしてなりません。
魔族というものは力がそもそも強い方が多いので、短絡的思考の方が多く、あまり策略に長けた方はいらっしゃらないというのが一般的、共通の認識で御座います。
ですが、今回は違います。まずは警備の人間を殺していき、やがて警備の人間が来なくなると、領主様を心理的に怯えさせ、村人の
そのあとで、村人に呪いをかけて惨殺です。呪いの内容も十中八九、
つまり、魔王軍に加担している呪術師の方とは、魔王のお傍ではなく、今、私たちの近くに潜んでいる可能性が高いのです。
ここで眠っていらっしゃるのが全員大人の方であるのならば、子供たちは攫われた可能性が高い。
子供たちの方はバギアが攫ったと考えた方が自然ですよね。
ランセプオールの街を狙っていたのも、バギアの方は最初から子供たちが狙いだったのでしょう。
と、なれば、バギアの上司が怪しいですね。
祈りを捧げながら、私は必死で事件の解決も願うのでした。
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