第36話 実は、そのハリネズミ姿、ずっと気になってました
「早速、出立したいところですが、まずは買い物をしましょう。最速で行けたとしても五日分の食料は必要です。それと、フィアさんの服を新調しましょう」
と、旅立ち前に提案してみたのですが、フィアさんは青い顔でぶんぶん首を横に振るのです。
「いいいいらないです! 服はこれで大丈夫です!!」
「なんで? ボロボロじゃん。バギアにもバカにされてたじゃん。買いなよ」
レニくんはとても率直な意見を言う方ですので、悪気はないのです。
「もしかして、そのローブはフィアさんの大切な方からの贈り物ですか?」
「え? ……と」
そうですよね。疑問符の後に悩まれるほど困る反応もありませんよね。そりゃ、視線でレニくんに助けを求めます、ってレニくんが答えを知っているわけないじゃないですか! (ノリツッコミですよ!)
「ねぇ何この視線うざい。ミクちゃん、どういうこと?」
「えっとですね、レニくんとの会話を聞いてしまったときがあったじゃないですか。あのとき、フィアさんはご自身の才能は裁縫が得意なことだと仰っていたので、明らかに糸の始末の悪いローブのほつれは他の誰かの手によるものだと考えたのです」
私の背後に回り、フィアさんから距離を取るレニくんはアクセル様を呼びつけました。
「アクセル、フィアのローブの内側、広げてみて」
「あ、だ、ダメです!」
しかし、基本的にアクセル様は勇者様をお守りする騎士様ですので、その行動は素早かったです。
気付いたらフィアさんは首根っこ掴まれて宙に浮かんでおりまして、片手でペローンとローブの片側を開かれたら、そこには思った以上に凄い派手な光景が広がっておりました。
「うげ! 気持ち悪りぃ! なんこれ絵なの? つかこれ、お前の髪の毛?」
「ちちち違います!! 藤色の糸です!! 刺繍です!!」
レニくんはとても率直な意見を以下略。簡単に説明しますとこぶし大の円形の中に烏の刺繍が施されているのです。ただ異様なのは同じ色で隙間なくびっしりと円形が敷き詰められるように刺繍されており、中に描かれた烏も一般的な黒い烏ではなくカケス、それも藤色で表現しているのでしたらルリカケスでしょうか。非常に声真似が得意な烏です。色も鮮やかなのが特徴でお喋りであるともいわれております。
それで、レニくんが嫌そうに表現したのはこのカケスが一羽として同じ姿をしていない、羽根の広げ方も違えば顔の向きも違う。一切の法則性が見られない丸の集合体を見たときの人間の自然な反応と申しますか、一種の嫌悪感を抱いたのだと思われます。
「フィア殿。申し訳ないが、オレの方からもこのローブを脱げない明確な説明を求める。これは少々、模様にしては異様と捉えるしかなさそうだ」
「それは、その……」
だらだらとフィアさんの顔から汗が流れ落ちていきます。
空中に吊るされたまま詰問される辛さは身をもって知っておりますよ。
逃げ場所無くて泣くしかないですよね。
案の定、フィアさんは泣いてしまわれました。
「なんなの? 俺の前じゃ全裸になったじゃん」
「フィア殿。説明できないというのなら、このローブは預からせてもらおう」
というわけで、フィアさんは強制的にローブをはぎ取られまして、アクセル様が預かり、アルフレッドさんにローブの謎を解いてもらうため領主様の家に届けに行ってくださりました。
私たちはその間に食料などを買い込み、もちろん、フィアさんには新しいローブを買い与え、毛量の少ないハリネズミから、普通の旅人スタイルになっていただきました。
旅の支度を終えた私たちは街の門を出ると馬車に乗り込み、荷台にアクセル様とフィアさんに乗ってもらって出発です。
「どこ行けばいいの?」
「まずはフィアさんの出身地である鉄の村の様子を見に行きましょう」
「え……」
なぜ今荷台からフィアさんの引きつったような声が聞こえたのでしょうか。
「大丈夫ですよフィアさん。私もレニくんのおかげでレベルが上がっております。今では司祭様レベルの防壁魔法を張ることが出来ますし、見るからに逞しいアクセル様がバギア討伐に向かうとわかれば村人の方も安心してくださるはずです」
馬車が勢いよく斜めにずざーっと横滑りしていくので、私は必然的に落ちないよう、レニくんにしがみつきます。
そのレニくんからは氷点下の如き冷たい声が降ってきました。
「……ミクちゃん、俺は……?」
目が怖いです。ここで答えを外したら、私、この場で食べられるのでしょうか(泣)
必死でヤンキーにぶっ刺さる名言を考えました。すると昨夜の記憶が蘇ったのです(走馬灯)
「レニくんは私の御馳走です。フルコースで頂く予定ですから、前菜だって誰にも見せたくない。味見もさせてあげません」
ど、どうですか? 悪食の悪女ですよ?
「い、今、味見して!」
おや? レニくんがどもるなんて珍しいですね。
私は起き上がると、機嫌を損ねないように、レニくんの透き通るような白い頬をぺろりと舐めました。
「私好みの冷たいアイスクリームの味がしました♡ 順調に育っていて嬉しいですよ♡」
「はあうぅ♡ ミクちゃんガチやべぇ♡」
あ、正解引けたっぽいです。安心しました。
「俺フードかぶって隠れてるから安心して! ミクちゃんの御馳走守るからね!」
「はい。ありがとうございます」
実際、レニくんの姿を女性が見ると、たちまちフェスティバルと化すのでありがたいです。
ご機嫌になったレニくんは鼻歌を奏でながら御者さんを真面目に務めてくださいました。
私は危うくレニくんの胃袋で溶かされる事態を避けられ、安堵すると地図を広げて場所を確かめました。
「鉄の村はここから北東の岩石地帯にありますね。ちょうど、私たちが向かってきた方角と真逆です」
「そりゃ、道中で出会わないよね」
むしろフィアさんがランセプオールの街にたどり着いてから出会えて良かったと思えます。
しかし、馬車が元気よく走っていたのも一時間足らずのことでした。
「止まってくださいレニくん」
「うん、なんか変な感じするね」
馬車は整備もされていない街道の真ん中で止まります。
「どうしましたか、シスター様?」
荷台からアクセル様が顔を出して尋ねられました。
「アクセル様、鉄の村の方から呪いの波動を感じ取りました。これ以上馬車で近付くのは危険です」
すると、アクセル様は荷台から軽い身のこなしで降りてこられて、私の手を取ります。
「シスター様、馬車に防壁魔法をかけて荷台の中へ隠れていてください。オレと勇者で村の様子を見てきます」
「でも、もし今も呪いに苦しむ村人の方がいらっしゃったら」
「敵がいる可能性の方が高い。まずは安全の確保です。それにフィア殿を連れて行けません。誰か一人は守りを担当していただかないと、我々も戦いに赴けません」
ズルいです。そんな風に言われてしまえば、頷かないわけにもいきません。
「アクセル様、レニくん、どうか御無事で」
私は二人に加護の祈りを捧げて送り出しました。
レニくんは無邪気な笑みを浮かべております。
「心配すんなって。速攻で敵を蹴散らしてミクちゃんのところに帰って来るよ」
「はい。待ってますからね」
私は二人を見送ると荷台に潜り込み、防壁魔法を馬車全体に張り巡らせました。
気掛かりはやはり荷台の隅っこで俯いているフィアさんですよね。
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