第35話 絶対に子供たちを助けましょう!
ここで怪我人や死者が出なかったことに、ひとまず安堵して、冷静な対応を取ってくれたレニくんを全力で褒めたい気持ちを犬のように表現する私は、レニくんの背中にぐりぐりと顔を押し付けてめいっぱい抱きしめるのでした。
「うは♡ なんかミクちゃんが可愛いんだけど、なにこれ♡」
「レニくん、偉いです! 偉いです! はうはうはう!」
「あ~♡ 前からがいい~♡ 前から欲しいよミクちゃ~ん♡」
わちゃわちゃしている私たちの横では、困ったようにアクセル様が大きく咳払いされました。
「うおっほん。うむ、仲が良いのは良いことなんだがな、まず、この場の悲壮な空気に合わせた適切な今後の対応について、アルフレッドと話し合わないか?」
ちらっと、周りを見ると、子供を連れて行かれたご両親たちのすすり泣く声が響いており、膝から崩れ落ちる街の住民たちも多数おりました。
慌ててパッとレニくんから離れると、私はアルフレッド様に向き直りました。
レニくんはアクセル様に邪魔されたと思ったようで私に後ろから抱きつきながら、耳元で、私の敏感で弱いと知っている耳のそばで、もぎたての果実のように爽やかで甘い吐息を吹きかけながら、アクセル様の悪口をぼやいておりました。
「はぅううんっ……! ア、アルフレッド様、お子様たちの安全は私たちが、ひゃああんっ! も、もうレニくんも会話に参加してください!」
油断していると、すぐに私の耳朶を甘く噛みつき、ぺろりと舐めてレニくんはいたずらしてきます。
「あー、そういえばさ、お前の父ちゃんの話と食い違ってたのなんでなの?」
レニくんはわざわざ腰をかがめて、私を後ろから抱き寄せながらですが、会話には参加してくれました。
「父の話ですか?」
「オレも気になっていた。領主の話では現在の魔王軍の情報として呪術師が協力関係にあり、死んだ後も
アルフレッド様も聞いたことがあったのか、ハッと顔を上げると、「確かに、その話は聞いたことがあります」と同意を示されております。
「なぁ、そうなると、バギアの話は妙だろ? ガキどもは死んだら
この意見についてはアクセル様が異を唱えました。
「いや、
それは突然のことでした。予備動作も予告もありませんでした。
アクセル様はとても真面目な話をしていらっしゃるというのに、レニくんは私の手を握って来たのです。
「……っ!?」
「バギアが主犯格じゃないっつー根拠は?」
いつものセクハラではありません。レニくんはただ私の手を握っているだけです。
でも、その、なんというか、これは……指と指を絡め合わせたいわゆる恋人繋ぎというやつでして!!
(どどどうしよう////ドキドキする……! 胸、弾けて壊れそう……!)
きっと、今の私の顔は真っ赤で、でも今はそんな状況じゃなくて、こんなときにドキドキしている自分が情けなくて俯いてしまった私の耳元でレニくんがそっと囁きました。
「ミクちゃん居るから、俺は大丈夫」
ハッとしました。なんで今まで気付かなかったのでしょうか。子供たちが連れ去らわれて、今一番責任を感じてて、一番不安なのはレニくんなのです。
この手繋ぎはレニくんから私に安心を求めたもの。ちゃんと応えてあげなきゃダメじゃないですか。
私は指先一つ一つに温もりが伝わるようにキュッと握り返しました。
気丈なレニくんはそれだけで持ち直してくれて、斜め横に立つアクセル様は何事もなかったかのように真面目な話を続けておられます。
「勇者よ、逃げも隠れもしない豪傑な男が、五日以内に来られると困る理由ってなんだと思う?」
顔を上げたレニくんは手を繋いだまま答えました。
「知らね。女と約束してんじゃねぇの」
私は安心を与えながら、自分のドキドキは収まりそうにありません。
「そうか。勇者は二日後にフィアさんとデートの約束をしていたとして、本日シスター様から二泊三日の温泉旅行に誘われたら、困ってしまうのか」
「困るかよ。ミクちゃんと温泉行ってそのまま帰ってこねぇよ。決まってんじゃん」
「ひ、ひどい……」
私はフォローするのも忘れて脳内は温泉まで飛びそうでした。
そしてアクセル様は本当に何事にも動じずに話を進めますね。
「魔族も基本的には縦社会ということだ。ようするに、バギアは五日以内に来られても根城に居ないのだよ。逃げたわけでも隠れたわけでもないけれど、上司に会うためにどうしても席を外す用事があったんだ。それ以外の用事なら逆に聖剣が一番欲しいのだから席を外さない」
レニくんも私を時おり見つめながらアクセル様とも話を普通に進めております。
「そっか。上のやつから出向いて来るはずもないもんな。アクセル、お前って結構頭いいんだな。バギアに上司がいるの確定っぽいじゃん」
私だって不意打ちで恋人繋ぎをされなければ最初に言いたかったのですけど、バギアは自ら《次期》魔王幹部だと言っていたじゃないですか。
こんな遠回りしなくても、確実にバギアの上には現魔王幹部の方がいらっしゃいますよ。
「お褒めにあずかり光栄だよ。そんなわけで、主犯格だけが
いきなりくるりと体を回され、前からギュッと抱きしめられて、手も繋がれたままだし、こんなにイチャイチャしているように見られたら、色々と誤解されないでしょうか。
「義理も人情もない魔族だし、大いにあり得るな。ふぅん、なるほどね。でもさ、マズくね? バギアはかませ犬ってわかったけど、ガキどもがガチでヤバいじゃん。バギアから上司のところにガキどもの身柄が移されたら殺されちまう!」
それは確かにマズいです! 私も両手をぶんぶん上下に振って慌てました。
なるほど、これはレニくんの不安が増したために安心感がより必要になったのですね。
しかし、アクセル様はあくまでも冷静です。
「いや、まだ時間はある。バギアの要求通り、引き渡したのは10歳以下の子供たちだ。五日以内で
「なんで?」
ついレニくんと一緒に首を傾げてしまいました。
ちなみに、はたから見ると私たちの動きは背中側と顔側で、まるで表と裏を見ていることでしょう。
「勇者と会うのに会合の予定を被せておくわけないだろう。バギアの態度から考えても特に勇者と戦うのに自信が無かったというわけでもなさそうだった。単に時間が無かったので子供たちだけ攫ったと考えた方が自然だ。近いうちに勇者と正式に戦い、聖剣を奪うためにな」
「ふむ。んで?」
レニくんとシンクロ率が高まる私は同時に頷くのです。
「いきなり、
パッと花が咲くように笑顔になったのは私だけではなく、レニくんも同じでした。
レニくんは繋がる私の片手も持ち上げて一緒に気合を入れるようにピースを空にかざすと元気よく宣言します。
「よっしゃ! 勝機が見えてきたぜ! んじゃ早速行こうぜ!」
「行きましょう!」
私も気合十分です。アクセル様も力強く頷いておられました。
そんな私たちの姿を見て、アルフレッド様は深々とレニくんへ向かって頭を下げておりました。
「勇者様、アクセル様、シスター様、どうか街の子供たちを無事に取り返してください。よろしくお願いします……!」
もちろんですよ。無傷で笑顔で! そして、レニくんの聖剣の力をとくと見せつけてやるのです!!
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