第33話 街に攻め込まれた理由
いつも簡単に言える言葉が妙に重く感じたり、そんなはずないのに、初めて口にした言葉のように緊張して喉の奥まで震えたのはなんでだろう。
おかしかったのはミクちゃんと二人きりでベッドの上に横になったあの瞬間からすべてだ。
本当はさ、もう寂しさとか嬉しさとか、ミクちゃんのくれた言葉のすべてが嬉しくて、ミクちゃんが見つけてくれた俺のすべてが寂しくて、あの夜はミクちゃんを本気で求めてた。
どうせ真っ向から攻めても、好きな人とじゃないとダメですよってミクちゃんは言うに決まっている。
でも、ミクちゃんを好きって思っている好き以外の好きってなに?
それって本当に必要なの?
いいじゃん、ミクちゃんで。俺の中身を見ても逃げないで受け止めてくれたし、十分じゃん。
だから、適当に甘えてミクちゃんが油断したところで、押し倒して、あとはミクちゃんの苦手な色気ってやつでぐいぐい攻めちゃえば、なし崩し的にやれるだろうなって考えてたんだよね。
でも、甘えるまでは良かったんだけど、ミクちゃんの子供のころの話を聞いたら、ミクちゃんの心に負った深い傷跡が見えちゃって、本当はミクちゃんも全然傷が癒えていないのに、それなのに俺とは違って綺麗に美味しく生きていると知ってまた惨めになっちゃった。
ミクちゃんは俺の心もお掃除して美味しくしてくれるといった。
ご褒美までくれるといった。
とても魅力的なご褒美。ミクちゃんから俺を求めてくれるなんて、ちょっとくらい我慢してもその機会を待ちたい気持ちになった。
だけど、いくらミクちゃんの言葉でも簡単に信じられるわけないじゃん。
俺ってどんな奴だった? ミクちゃんと出逢ったからってなんか変わったの?
一人で居たくなくて、寂しいからって誰にでもあいさつ代わりに好きだよって言えちゃうやつ。
舞い上がっている女の子を見てちょろいなって思って、好きだよって返されたら、当然だよねって感謝もしないやつ。
毎晩、違う女の子と、欠けた愛を埋める日々。嫌いな夜の過ごし方を自分で乗り越えてきた結果だった。
俺の心はハートの形をしていない。とても歪で穴だらけで、代用品じゃ埋まらないとわかっていても、一時的だとしても蓋をしておかないと、中からゴミがあふれ出しちゃう。
一晩中、ミクちゃんを見ながら思ってた。これから先、夜を迎える度に寂しさが募っていくだろうなって。
蓋をしていない心からは、領主の家で見せたような俺が顔を出す。あふれ出したゴミで心が綺麗で美味しいものを判断できなくなって暴れ出す。
そんな姿を何度もミクちゃんの前で見せたら、やっぱり嫌われちゃうんじゃないかな。
呆れられちゃうんじゃないかな。
そんなの嫌だな。
そう思って結局、ミクちゃんに手を出そうとしたときに、見つけたミクちゃんの姿だった。
不安とか消し飛んだ。俺は俺のことなんか信じられないけど、ミクちゃんのことは疑わないから。
ミクちゃんはずっと綺麗で美味しいまま輝いている、俺の一番星。
そんなミクちゃんが言ってくれた。
「レニくんのこと、大好きですよ」
心がドキドキと跳ねていた。今まで何度も聞いた言葉のはずだったのに、これは初めて聞いた言葉だった。
生まれて初めて、好きな人から、好きと言われた。
心がソーダ水のように弾けて透明になっていくのがわかった。
あれ、これってもうレモンを搾ってマーマレードジャムを入れたら完成じゃん。
俺はあれほど悩んでいたのにって不思議に思いながら、ミクちゃんの世界で一番可愛くて、それはもう真っ赤に色づいた苺みたいに可愛くて、蕩けたジャムみたいに甘い笑顔で、俺の大好きなレモンの香りがする体からミクちゃんの温もりを感じながらいつもみたいに言った。
「俺もミクちゃん好きだよ、ずっと好き」
バカみたいに心がデッカイハートの形に膨らんだ。言葉の最後が震えてた。
埋まらないと思っていた欠けた心は、ミクちゃんと好きと言い合えた瞬間、求めてたピースでピッタリと埋まってうるさいくらいドキドキと鳴っていた。
ミクちゃんの想像してたマーマレードジャムじゃなくて、どうも苺のジャムだったみたいだけど、俺の心はあのとき確かに爽やかで甘酸っぱくて弾ける美味しさで、透明で綺麗だった。
残念ながら、その状態はホント短い時間で、ミクちゃんとまだえっち出来ていなかったと思い出したら、また穴ぼこだらけの心に戻っちゃったけど、俺にもソーダ水の心が作れるとわかったら俄然やる気が出てきた。
アクセルの基礎レベルが6だろうが負ける気がしない。
敵の親玉が攻めてきたみたいだけど、丁度いい。
ガンガンレベルアップして、ソーダ水がいつでも作れるようになればミクちゃんのご褒美が待っている!
☆☆☆
私たちは食堂を出て街の中央広場へと急ぎました。
広場というくらいですから、大きく開けた場所に噴水があったり、休憩が出来るよう、ベンチが置かれてあったり、広場の隅の方には子供たちが遊べるように遊具が置かれて小さな公園のようにもなっておりました。
しかし、今は噴水は壊され、瓦礫の中から水が大量に噴き出しております。
公園の遊具も燃やされ、灰となって散った遊び道具の破片が、わずかに炎を上げて燃えておりました。
襲撃を仕掛けた者たちは街の入り口側に立つ者たちですね。
目立つのは中央にいる金糸を織り込んだ黒のマントを羽織る大柄な方でしょうか。
全身リンゴのように真っ赤な肌。額からは長く伸びた二本の角。たてがみのような長い金髪と、お尻からは尻尾が見えております。
完全に魔族の方ですね。周りにも数人いらっしゃいますが、全員似たような風貌でして、肌の色から骨格まで人類とは明らかに違い、魔族であることがわかります。
少し距離を開けて相対していらっしゃるのは昨夜ご挨拶して頂いたアルフレッド様と、アルフレッド様を守るように陣形を組む衛兵団の方たちです。
私たちはまずアルフレッド様のそばに歩み寄りました。
「アルフレッド様、どういうことですか? 街の防御や結界の強化のために村人の
アルフレッド様は目の前の魔族を睨みつけながら、苦々しく吐き捨てました。
「その
なぜか一斉に衛兵団の方々の視線がレニくんに向かいました。
「うちの勇者様は違いますよ! 昨夜は私と一緒に居たんですから!」
「そうですか。そういう御関係でしたら、確かにシスター様が共犯でもない限り不可能。しかし、昨晩のお言葉を聞いていれば貴女に犯罪意識がないことくらいわかりますよ」
レニくんの誤解が解けて嬉しいですけど、御関係については盛大な誤解です!
「とはいえ、うちの父に暴行を加える前に盗み出した可能性は無いのですか? 預かった
それはおそらく魔力不足による防壁の自然消滅でしょうね。
防壁魔法の構築自体に一定量の魔力を注ぎ込みますから、魔力の供給が切れたからといって即座に消滅することはありません。
しかし、徐々にため込んでいた魔力が枯渇していき、最後には防壁魔法を維持することもできなくなり自然消滅します。
そうなると確かに時間的に考えて、犯行は昨日の晩から深夜の間でしょうか。
「勇者様がその、発作的な暴行行為に及んでしまった後で、誰も
「いえ、行きました。執事と私とメイド長が一回ずつ。ただ、いずれも目視しただけでした。実は防壁が消滅した後も見に行ったのです。幻覚ですよ。見た目にはそこにあるように、今も」
となると、三度の確認も意味を成さないわけですね。しかし、大胆な犯行ですよね。
そう思ったのは私だけではなかったようです。
「そこの親玉のスパイか、あるいは領主の家にスパイが潜り込んでいる可能性が高いな」
アクセル様はとても冷静に状況を判断をしていらっしゃるようでした。
「うちにスパイが? どういうことでしょうか?」
「お前の親父さんならこうはならなかったというだけの話だ。毎日、様子を見に行っていたんじゃないか? んで、親父さんの人を信用しない性格なら、手で触って
そういうことですよね。よほど逃げる自信があったとか、別の要素で幻覚を用いた可能性もありますけど、今のところ今朝になって行方をくらました知人はいないようです。
「おしゃべりは十分に済ませたか?」
おや、悪党らしい第一声です。必要以上に大きながなり声ですし、おそらく奪われた、というより盗人より届けられた村人の
「俺様の要求は一つだ。ここで虐殺と蹂躙の
「んな!? 外道にもほどがあります!! なぜ子供たちなのですか!?」
虐殺や蹂躙も当然見過ごせませんが、幼児誘拐などもってのほかです!
「決まってるだろ。
あら、魔族の方でもレニくんの災害現場でも七色のオーロラを放ち癒し効果まで周囲に与える美貌には嫉妬するんですね。
そのレニくんは今さら眠くなったのか頭をかきながら、欠伸を零しておりますけど。
私はやる気の失せた顔でも美貌がさく裂しているレニくんの顔を両手で挟み、良く見えるように、魔族の親玉であろう人物に見せつけました。
「諦めることです! この通り、千年に一人お生まれになられる奇跡の美貌の持ち主! 私たち人類は美しいほどに力が増し、美しいほどに
まぁ、その聖剣は舌ピアスの状態から剣の形になることがあるのか、あったとしても剣の形になる意味はあるのか、甚だ疑問ではありますけど、ハッタリにはなるはずです。
しかし、親玉と思われる魔族はじーっとレニくんの姿を見て首を傾げました。
「いや待てよ。お前、本当に勇者か? 確か報告では勇者は白髪のおかっぱ頭。プライドが高く、美しい容姿。白銀の剣とマントを装着していると書いてあったが、お前、報告書と一致するところ一つもねぇじゃねぇか。お前のは美しい容姿じゃなくて、お美しすぎる容姿だ」
私も初めてイライアスさんの外見を知りましたけど、毎回、話の腰を折られて知らない人なのに若干苛立ってきました。
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