第32話 レニくんの朝の星
「そんでさ、もう真面目に聞いてよ!」
「すみません。その朝露を浴びた新緑の如き美貌を引っ叩きたくなりまして。続けてください」
「? ミクちゃんの方が何かの如き美貌ってやつだったよ。何かは俺、言葉知らねぇから、なんも思いつかないけど、とにかく朝日を浴びたミクちゃん、すっげぇ綺麗だったんだ!」
んん、怒り切れないこの可愛さ。もう、どうしてそこで褒めるんですか。嬉しいじゃないですか。
「いてて、ミクちゃんポカポカ叩かないでよ。ホントに綺麗で美しくて可愛かったんだから」
「やぁ~ん! もうこの子可愛すぎます! 早くレベルアップの話をしてください!」
顔が真っ赤で居た堪れないです。
「俺さ、ミクちゃんが本当に輝いて見えてさ! なんかこのままじゃもったいないって思って! よくわかんないけどアート? 父ちゃんもよく図式ってのは心で描くんだって言ってたから、俺ミクちゃんがもっと輝くように部屋を工夫したの!」
なるほど。それでベッドが一つ消えたり、配置が変わったり、服など余計なものは廊下に出されたわけですか。
「んで、ついにその時が来た。真っ直ぐに伸びた朝日が部屋の窓からミクちゃんを照らしたとき、俺の中でピキューンって音が鳴ったの! これは星だ! ミクちゃんは星なんだって閃いたんだ!」
お星様ですか。例えとしても悪くないですし、レニくんらしいですし、とても子供っぽい発想が可愛らしいというか、輝いているからお星様だぁって可愛すぎるじゃないですか。
どうしましょう。これが世間様でいうギャップ萌えというやつでしょうか。ばぶみ萌え♡
「でね、ほらこれ見て」
んべぇ~、と舌を伸ばすので舌ピアスを覗き込むと、何やら宝石の一部がキラキラと光っております。
角度を変えて見ても、雪の結晶のような光は消えることなく、レニくんの
「凄い! これはもしかして星ですか?」
「そうだよ。きっとだからみんな俺の
えええええ!? 今名付けた!? まだ名付けていなかったのですか!?
と、私が驚いていたら、膝の上にレニくんの甘い香りのする頭が乗せられました。
「俺ね、夜、嫌いだったんだ。帰るところ、無かったからさ、空見上げても暗いし、星が出てるよって言われても、あいつらが顔を出しているうちは街も明るくならないじゃん」
純粋に子供のころは暗闇が怖かったのだと、心の内を話してくださるレニくんの頭を撫でてあげることくらいしか、私には出来ませんでした。
「だから、
レニくんは前髪の隙間から私を眩しそうに見上げて、本当に嬉しそうに笑うのです。
「俺の星は朝を連れてきてくれる星なんだって。俺、ずっと待ってた。夜、一人で空見上げながら早く朝にならないかなっていつも思ってたけど、もうそんな不安ないよ。だってミクちゃんがいつだって俺を明るいところに連れ出してくれる。ミクちゃんは朝に輝く俺の星だから」
泣いてはダメだと思うのに、私の方が泣いてしまいそうでした。
私はレニくんの救いになれたのでしょうか。レニくんを守れているのでしょうか。
レニくんの生きる勇気に力を貸す存在になれたのでしょうか。
そうだとしたら、父と母に守られたこの命を今まで生かしてきた自分自身のことも褒めてあげられそうな気がします。
「レニくん、ありがとうございます。私、レニくんのこと、大好きですよ」
「俺もミクちゃん好きだよ。ずっと好き」
とても嬉しいです。私たちに恋愛感情はありませんが、幼い純粋なころの気持ちで好きと言い合える関係です。
そう思えば裸を見せ合っても別に恥ずかしくありませんね。忘れましょう。
「そんで凄いんだよ~! レベル上がったら俺の武力上がったの! 物理攻撃力の威力が全部上がった! これでパンチも蹴りも握力も強くなった!」
(だから聖剣の存在意義!! なぜ武力!? なぜに物理!? どうしてフィジカルに寄るんですか!?)
もうレニくんが謎ならレニくんの聖剣も謎だらけですよ……。
とはいえ、レベルアップは喜ばしいことですからね。
「というわけで、ミクちゃん。ご褒美ちょうだい♪」
ああ、うっかりしていました。気が付けば顔を引き寄せられて、唇は甘くてしっとりとしたレニくんの唇によって濡らされると、舌をねじ込まれて、あっさりと口内の侵入を許してしまいます。
「ん、ふぅっ、あ、はっ……」
頭の奥が甘く痺れていく。酸素が足りなくて苦しいから、レニくんの唾液を呑み込みながら、もっともっと、とねだっていく度に下腹部が熱くなる。
「んあ、はぁ、ミク、ねぇ、美味しすぎ、やべぇって、はぁっ……」
キスが美味しいとか知らないですよ! 私の口の中はレニくんの味しかしないです!
何度も何度もお互いの唾液を交わし合って夢中に求めあった私たちは、気付けばまた淡い光りに包まれていました。
「はぁ、はぁ、んん? ねぇねぇ、ミクちゃん、ステータスオープン」
「はぁはぁはぁ……え?……えええ!?」
思わず二度見してしまいました。レニくんのステータス画面がおかしなことになっていたからです。
「おおおお……すげ! 見てこれ! 勇者補正レベル+13! えっと、前が+4だったから、一気に9レべアップじゃん! んで基礎レべも1上がったから合計して俺今レベル14! しかも今回は補正能力も付いたよ!」
おおおおお待ちください勇者様! 人類の最高レベルが10レベルですよ!?
あなた一晩で10レベルも上げたんですか!? どんな成長スピードですか!?
「すげぇ! 補正能力めっちゃ使える! 物理攻撃に+爆破、粉砕、圧力だって!」
(なにそれ怖い……! 圧力!? 威圧ではなく!? フィジカル的な意味で!?)
かろうじてイメージできたのは圧力なべの中で煮込まれた骨までやわらかい肉でした。骨までボロボロに崩れる肉でした(泣)
「ねぇねぇミクちゃんはどんなの?」
「そ、そうですね、ステータスオープン……」
正直、見るのが怖いです。私、完全にレニくんのおこぼれでレベルアップしているのに、おこぼれで上がっていいレベルじゃない。(ダジャレではありません)
「あれ? ミクちゃんのステータス画面、なんか真っ赤だよ」
「ひぃ! 神のお怒りが!?」
と、思いきや、よく見たらアラート通知でした。
「ええと、聖女になるためには基礎レベルが足りません。補正レベルを基礎レベルに振り分けますか? って、振り分けとかできるんですか!?」
「あー、でもせこいよこれ。補正レベル5使って基礎レべ1しか上がんないって」
「十分ですよ! 最大値まで基礎レベルを上げてください!」
というわけで私のステータスは基礎レベル5、聖女補正レベル+3となりました。
「やりましたレニくん! 新しい魔法を習得しました!」
「おお! 基礎レべ上がったからかな! 見せて!」
私はとことこと洗面台に向かいグラスを手にすると呪文を唱えます。
すると、何もなかったグラスの底から水流がせり上がってきて、二つ目の呪文で霜がかかるほどキンキンに冷えたのです。
「無味無臭ですがのど越しだけでも味わってみてください」
「どれどれ♪」
ごくごくとレニくんは喉を鳴らして飲んでいき、完飲すると私を抱き上げてくるくると回りだしたのです。
「きゃああ! レニくん危ないですぅ!」
「ミクちゃん凄い! これソーダ水だよおお!! しかもめっちゃ冷えてて美味しい!!」
とても喜んでくれたようで何よりです。でも恥ずかしいので降ろしてほしいです。
「ところでさ、」
「レニくん、私を高い高いするのやめませんか」
「ディープキスがレベルアップ発動の儀式だよね?」
さっと私は視線を逸らしました。が、逃げ場がありません。足が情けなく宙でバタバタと動きます。
「最初のレベルアップは初めてのディープキス。二度目のレベルアップは朝食のあとでしたディープキス。あのあと急に視界が開けて鼻が利くようになった。んで今、三度目」
薄々気付きながら必死で目を逸らしてきたのに!
「やっぱあれ? ミクちゃんの言ってた、
「もおおおおぅ、おろじてぐだざいよおおぉおおおお!!」
観念して私は泣いたのでした。
レニくんは私をベッドに優しく降ろすと小躍りしております。
「やったやった♪ 成長を感じたらいつでもミクちゃんとディープキスできる♪」
「成長を感じたらですからね!」
「うんうん♪」
レニくんの
なんて性教育に緩い世界なんでしょうか! レニくんの教育によろしくありません!
とはいえ、レニくんの自力で掴んだ精神的成長は喜ばしいことです。
私たちは改めて喜び合い、支度を済ませると、食堂へ向かいました。
諸々の経緯は当然省いて、朝食の席でアクセル様に告げると、人の良い騎士様はレニくんの肩を叩いて大いに喜んでくれたのです。
「よくやったな勇者! レベルアップは大きな一歩! 大きな前進だ! お前の成長がオレは素直に喜ばしいよ」
「ま、この面子じゃ俺が絶対最強だしね。アクセルは役立たずとわかったら追い返してやる」
そんな意地悪なことを言うレニくんですが、実際どうなんでしょうねぇ。
「アクセル様は現在、レベルはおいくつで御座いますか?」
「はは、役職としては平均ですよ。レベル6です」
ソーダ水を盛大に噴き出すところでした。レレレレベル6ですって!?
それもう剣聖とか呼ばれる方の平均ですよ!!
そういえば、アクセル様は21歳の若さで一部隊を預かる隊長さんでしたね。
あ、剣聖か。王室騎士団の七剣聖のうちの一人だ。
なるほど、つまり今のは御謙遜ではなく、お言葉通り役職としては平均……。
「俺の半分以下か。まぁアクセルならそんくらいだよな」
レニくん、あなた基礎レベル1ですからね。
「勇者様すごいです~♡」
フィアさんはめげずに今日もレニくんにラブアピールしていますが、今朝からレニくんには距離を取られています。
今もプイっとあからさまに顔を背けられていて若干かわいそうです。
でも、これも精神の成長でしょうか。
相手のことをよく知りもしないうちから過剰な肉体的接触を許してしまえば、心も許されているのだと相手に勘違いさせても致し方ありません。
昨夜のことでレニくんも少しは反省したでしょう。というか懲りたでしょう。
これでもう、出会ったばかりの見ず知らずの女性を自らの腕にぶら下げて歩くことはしないはずです。
適度な距離を保てば、迂闊にレニくんの善意に付け込まれることもありません。
経験と反省を繰り返し、学ぶことこそ精神の成長へと繋がるのです。
全然余裕じゃありませんけど、前人未踏ではないと目の前の生き証人が見本を見せてくれているのですから基礎レベル6を目指してファイトですよレニくん!
私もせめて自力で基礎レベル2くらいは上げたいですね。なんて考えていたら、食堂の扉が勢いよく開かれました。
「大変だ!! 勇者様御一行はいるか!!? 魔族の親玉が街の中に攻めてきた!!」
ええええ!? 防御魔法も結界魔法も全部突破されてたら昨夜の騒動もフィアさんの村の苦労も意味ないじゃないですか!!
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