第30話 悪女をお求めですか?
「実は七年前、私も魔王討伐隊の試験に呼ばれていたんです。理由は私の能力です。勇者様という存在がこの世界に居たことが無かったので当時はまだ未知数の能力でしたが、上手く使えば、勇者と聖女を同時に育てることが出来ると国王様は考えたようです」
「なんでミクちゃん落ちちゃったの!? ミクちゃん居たら俺違った人生だったのに!!」
「本当ですね。今になって思えば、あのとき、真剣に悔やんで抗議しておくべきでした……」
とはいえ、もはや後の祭りとしか言いようがなく、覆水盆に返らずと申しますか、不幸中の幸いと申しますか、今レニくんに出逢えてよかったと思うしかないのです。
「先輩シスターさんの策略にハメられまして、呪術師の方にロザリオへ呪いをかけられてしまいました。そのため、試験を受けられず、旅に同行することが出来なかったのですが、今後の対策として呪いの勉強をしながら、願いを叶えるため次の機会をひたすら待ちました」
「ミクちゃんもあいつらにハメられたの!? ……っち、やっぱ殺しておけばよかった」
何やら不穏なことを仰ってますね。イライアスさんだけでなく先輩シスターさんのコンビまでレニくんにもなにかやらかしていたのでしょうか。
「と、とにかくですね、私にはどうしても叶えたい願いがあるんです! それが内緒話です!」
ふんふん、と頷くレニくんはご褒美を待つ小型犬のような愛らしさで私を見つめております。
「私はたった一人でいい。救い、守り切ることが出来たら、修道服を脱いでシスターをやめます。そしてレニくんが言ってくれたように、遊牧民に戻ります。腕も足も出して草を裸足で踏んで羊たちの世話をしながら、私らしく自由に生きたい。それが私の願いです」
じーっとレニくんの瞳が私の瞳をロックオンしたまま外されませんでした。
「それだけ?」
「とても大変なことですよ? レニくんもフィアさんを助けようとしましたけど、何もかもから救い出し、守り切るというのは大変なんです。でも、そのくらいしませんと、父と母を救い守り切れなかった私の罪を償えません。そして私を救ってくださった騎士の方々に感謝を伝えきれません」
そっかぁ、と呟くレニくんは何やら落ち込んだように俯いてしまわれました。
「俺、ミクちゃんのこと、全然知らなかった。ずっと、生まれたときからシスターだと思っていたし、シスターだから俺のこと心配したり、いっぱい叱るんだと思ってた」
おぎゃあと生まれてシスターとはどういった発想なのでしょうか。
さすがレニくんです。その理論で行くとおぎゃあと生まれたときからレニくんはヤンキーですね。
「でもさ、ズルいよ。どうしてミクちゃんはそんなにいっぱい嫌なこともあって傷付いて来たのに心は真っ白でふわふわで、焼きたてのパンみたいにもっちりと弾力もあって甘みもあるのに塩味も効いたミルクとバターの優しい香りがして美味しいの!!?」
どうしてこの子はいつも私を美味しく食材に例えるのでしょうか。
「俺なんてゴミまみれだよ。汚くて臭くて誰も近寄りたがらない。自分だって自分から離れたくなる時があるんだ。生きていたのだって、単に力が強かったからだよ! 死ねなかったんだ!」
ようやく、レニくんの心の弱さと少しだけ対面できたようです。
「本当に死ねなかったんですか? 私もレニくんの子供のころについて聞いてもいいですか?」
レニくんは青ざめた顔をしてプイっとそっぽを向いてしまわれました。
「……いやだ。ガキの頃の話はしたくない」
では、別の方向から解決の糸口を手繰り寄せましょう。
「あ、そういえば、私がレニくんのタトゥーについてピンと見当がついたのは、レニくんの両耳のピアスの配色だったんですよね」
「これ? でも数も3、4でバラバラだし、意味のない数字だよ? 本当に色しかヒントになってなかったのに、よくわかるよね」
どうやらこの話題はセーフのようですね。まぁ先ほど呪術図師の話が出たときから、レニくんにとって嫌な話ではないと当たりをつけていましたけど。
「そんな大それた推理とかではなくてですね、私さっき呪いについて勉強していたと話したじゃないですか。実は世界でも稀な呪術図師の方のことも調べておりまして、そのうちの一人でとても高名な呪術図師の方で陰陽道を下地に使って図式を描く方がいらっしゃるのを知っていたんです。その方のサンプルも見たのですが、レニくんが私を最初にからかったときに見せてくれた上半身のタトゥーが五芒星を模したサンプルと一致しておりました。そこへ黒白の配色があれば太極図を模したものとの掛け合わせだと、簡単に正解へたどり着くのです」
レニくんはしきりにほぉ~とかへぇ~とか感心しながら聞いておりました。
「でも、あのとき言った言葉は本当です。レニくんから呪いを受けているような邪悪な波動は感じ取れません。むしろ祝福されているような、暖かいものを感じ取れます。もしかして、レニくんの願掛けとかでしょうか?」
それを聞いたレニくんは歯を見せながら嬉しそうに笑いました。
「俺、実はこれがなんなのか聞いてなかったの」
「そうなんですか!?」
それは驚きました。てっきりご自身の願いか、ご説明があったものだとばかり思っておりましたよ。
「俺のさ、俺の、父ちゃんは風来坊なんだ」
へへ、と照れくさそうにレニくんは初めてご家族のお話をしてくださりました。
「ミクちゃんの家族と似てるかも。ふらっと帰ってきては、またふらっと旅に出ちゃうんだ。でもさ、帰ってくると旅の間の面白い話をいっぱい聞かせてくれるから、俺は父ちゃんが大好きなんだ」
「素敵なお父様ですね。確かにうちのロックな父と相性がよさそうです」
レニくんはそうじゃないというように唇を尖らせております。
「父ちゃんだよ。お父様なんてお上品なものじゃないの。父ちゃんは粋なんだ」
「これは失礼いたしました。レニくんの父ちゃんさんですね」
「そうそう、んでさ、このタトゥー、正確には呪術図式は父ちゃんが墨で入れたんだ」
父ちゃんさん!!! 息子さんの体に何をしやがっておられますか!!!
えええええ、大人になってからご自身で入れたとかではなく? 説明もなく親から?
しかし、私はレニくんの機嫌を損なわぬよう、極力平静を装いました。
「な、なかなかロックな父ちゃんさん、ですね」
「違う違う。俺の父ちゃんはロックじゃなくて粋なんだよ」
なるほど、私の語彙の中に粋が無いのですが、あとで調べてみましょう。
「ちなみに、どうして入れられたのかもご存じないのでしょうか?」
「ん、俺の守り神なんだってさ。でも、嘘じゃないんだ。こいつは二度も俺を守ってくれた」
レニくんにとって喜ばしい思い出なのでしたら、ひとまず安心ですね。
「でしたらレニくん、先ほどは嘘をつきましたね? 私の目と耳は誤魔化されませんよ。レニくんは父ちゃんさんに会いたいはずです。呪術図師といえば、その才能が発現するのは百万人に一人と言われているほどの超レア職です。アルフレッドさんに情報を求めたのは父ちゃんさんを探しているからでしょう?」
つーっとわかりやすく視線を外すレニくんはぼそぼそと呟きます。
「う、嘘じゃないし、死のうって、本当に、何度も思って……」
「それでも生き続けたレニくんは偉いですよ」
パッと私の方へ振り返ったレニくんの頭を抱きしめて、何度も頭を撫でてあげました。
「よく頑張りましたね。私は父ちゃんさんに守られているレニくんの心がゴミで埋まってしまうことなんてないと思います。というより、ゴミが溜まっているのなら、お掃除しましょう」
ぎゅううっと私の背中に手を回して抱きつくレニくんは少し震えているようでした。
「俺、綺麗になる……?」
「なりますよ。レニくん好みに美味しくして差し上げます。レモンにマーマレードのジャムを加えたソーダ水のような綺麗で透明な心はどうですか? 爽やかな甘味と、いたずらなレニくんの少しの苦み、そして元気いっぱいの弾ける美味しさが渇いた喉を潤してくれます」
ぐりぐりと顔を胸に押し付けているのは、照れ隠しでしょうか。
「ミクちゃん、もし俺が、本当にそんなに美味しくなれたら、俺のこと食べてくれる?」
え、逆に襲えという要求ですか? ハードル高くないですか? でも、どうなんだ。襲われる危険性を保持したままでいるより、条件をクリアしたら私が襲いますとハードルを高く上げといた方が実は安全性が高まるのでは!?
「もちろんです。覚悟しておいてくださいねレニくん。私はレニくんがそこまで美味しくなるまで育て上げて、レニくんをすべて食べちゃう魔性の女ですよ」
悪女っぽく言ってみました。
「うは♡ やべ、今の下半身にキタわ。ミクちゃん最高過ぎる♡」
よかったです。ヤンキーのハートにぶっ刺さりました。太いくぎが。
「もう今! 俺今でも全然ミクちゃんなら襲われたい!!」
「さかってはいけません!! お掃除の時間が先です!!」
危ないです。一瞬で押し倒されていました。レニくん、襲われたいといいながら、なぜ押し倒すのですか!
「え~、まぁでもミクちゃんのお掃除も気持ちいいからなぁ……」
「そうですよレニくん。冷静になりましょう。綺麗なお部屋で眠る方が気持ちいいでしょう?」
私を押し倒しながら、レニくんは何事か真剣に考えておりました。
「いつも手が届かなかった煙突から昇る焼きたてのパンの香り……それが目の前で、ふわふわのもっちもちで二つも……喉が渇いたらレモンにマーマレードジャムを加えた冷えたソーダ水が綺麗で透明な輝きでキラキラと……!」
いやもう、ホントどうして性欲と食欲が直結しているんでしょうね。
ふわふわもちもちのパンが二つって私の乳房を見ながら言いましたよね。
やっぱり私、レニくんに食材としてカウントされているんでしょうか。
明日からいよいよ魔族の親玉と対決しに旅立つというのに、レニくんは朝日が昇るまで、性欲と食欲の間で謎の戦いを繰り広げておりました。
でも、よかったです。レニくんの悩みが17歳の年頃らしい健康的な悩みに変わったみたいで、少し安心しました。
安心して、気が抜けて、朝日がもう昇るなぁ、というところまでは覚えていたのですが、私はレニくんが基本的に規格外の猛獣であることを忘れて眠ってしまいました。
押し倒されたまま。
翌朝、一糸まとわぬ姿で眠るレニくんを見て、私は涼しい体に大量の冷や汗を流しました。
☆☆☆
以上で二章は終了となります! ここまで応援いただきありがとうございました( *´艸`)
と、ここで今さら気付いたのですが、このままの更新ペースだとコンテスト期間中に第一部が完結しない!!←今さら過ぎる
というわけで、次回より毎日、朝11時と夕方18時の二回更新で、毎日二話ずつお届けしたいと思います!
少しでも面白い、応援してあげようと思ってくださった方はハートや星や作品へのフォローで応援していただけると嬉しいです!(^^)!
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